前のエピソード――００４．ゲーム脳の変態は、嬉々として、鬼畜仕様の無理ゲーに旅立つ！

約（やく）半年（はんとし）ほど経（た）った頃、運命（シナリオ）の歯車（はぐるま）が、遂（つい）に動き出した。カルマは逸早（いちはや）く異変（いへん）を感じ取っていた。生後（せいご）十日（とおか）過（す）ぎくらいに、不審な六人一組（シックスマンセル）の斥候部隊（せっこうぶたい）がラック村に隠密潜入（ステルス）して居（い）たからだ。

何故（なぜ）、身動き取れない赤ん坊の身でそれが解ったのか、其（そ）れはゲームシステムの恩恵（おんけい）だった。脳裏（マインド）に浮かぶ周辺地図（しゅうへんちず）（脳裏地図（マインドマップ））で、簡単に味方と敵を識別（しきべつ）出来た。人物情報で、所属している勢力も解る。全て情報表示で数字と文言（もんごん）で確認出来るからだった。

此（こ）の【アルグリア世界】の住民からしたら、十分チートな能力だった。鑑定系（かんていけい）のスキルがあれば、もっと詳細（しょうさい）に情報を獲得（かくとく）出来るが、無くても十二分（じゅうにぶん）にありがたい力だった。

カルマとしては、両親に異常（いじょう）を伝えたい処（ところ）だったが、伝える術（すべ）が無かった。言葉は「あぅあぅあぅ！」くらいしか話せず、筆記（ひっき）で伝えようにも、何故（なぜ）か物が持てない！　流石（さすが）に筋力【１】ポイントでも羽ペンくらい持てる筈（はず）だが、持てない。地面に書こうにも、外は極寒（ごくかん）の氷雪地帯（ひょうせつちたい）だった。

異変（いへん）を知らせる事が出来ずに、遂（つい）に運命（シナリオ）の日を迎えた。

「うわぁぁぁ～！　盗賊（とうぞく）だぁ～！　襲撃（しゅうげき）だぁ～！」

「ぎゃあああああ～！」

ラック村は、盗賊（とうぞく）を装（よそお）った武装集団（ぶそうしゅうだん）の襲撃（しゅうげき）を受けたのだった。父親のカルスは、其（そ）の声を聞くや否（いな）や、母親のマルナと赤ん坊のカルマを逃がすべく行動に移した。

こんな寒村（かんそん）の限界集落（げんかいしゅうらく）に、夏期（かき）でも雪が溶けない豪雪地帯（ごうせつちたい）を超えて、盗賊（とうぞく）が来るなど、自分達親子が目当（めあ）てだとしか、カルスには思えなかった。

「マルナ！どうやら囲まれているようだ！俺が囮（おとり）になる、お前はカルマを連れて逃げろ！」

カルスとの一瞬（いっしゅん）の目配（めくば）せで、マルナはカルマを抱（だ）き、頷（うなず）き返す。

「解ったわ！　カルス、死んじゃ駄目よ！　直ぐ追い掛けて来てね！」

「ふっ、閃光（せんこう）と謂（い）われた俺だぜ！　直ぐ追い付くさ！」

「カルマ、お出掛（でか）けしましょう？」

「ははは、とんだお出掛（でか）けだ！　直ぐ追い付く！　マルナ、カルマを頼んだぞ！　愛してる！」

「カルス！　・・・・・・」

二人は抱き合い、接吻（せっぷん）を交（か）わし屋外（おくがい）に慎重（しんちょう）に出たのだった。外は盗賊（とうぞく）を装（よそお）った集団によって、家は燃やされ、住民は問答無用（もんどうむよう）で殺されていた。

「裏山（うらやま）から、ハルベルト山脈に抜ける道に、山小屋がある！　其処（そこ）で落ち合おう！」

そう言い放（はな）つとカルスは、剣を握（にぎ）り締（し）め、住民を襲（おそ）っている明らかに訓練を受けた集団に突（つ）っ込（こ）んで行った。

其（そ）の言葉を聞くと同時に、マルナはカルマを抱（だ）き抱（かか）え、裏山（うらやま）の道無（みちな）き道を進むのだった。

父（とう）ちゃん、いくら昔は冒険者で鳴らしたと言っても、相手は殺しを専門とする暗殺部隊（あんさつぶたい）百名が相手だ！　勝ち目は無いよ！

情報が全て解るカルマは、冷静に状況を分析（ぶんせき）していた。

あれ、此（こ）れってヤバくない？

「はぁ、はぁはぁはぁ！」

母（かあ）ちゃんも運動（うんどう）不足（ぶそく）で体力が落ちてるから、追手（おって）を振り切れるかは難しい。

くっ、父ちゃんが殺（や）られた！

脳裏地図（マインドマップ）の父親の印（しるし）が灰色（はいいろ）に変わる。そして、母親と自分の青色の印（しろし）に迫る、敵の赤色の印（しるし）。

其（そ）の赤色の印（しるし）が、点滅（てんめつ）をし始めたのを確認したカルマは、追手に追いつかれた事を知った！

「はぁ、はぁはぁ。カルマ、貴方（あなた）は私が守る！」

いつもおっとりした母親の決死（けっし）の覚悟（かくご）が、カルマの集操感（しょうそうかん）を押し上げる。

ヒュ―――――――！　ガッ！

「当たったぞ！　追え逃がすな！」

「「「はっ！」」」

矢を右肩に受けたマルナは、其（そ）れでもカルマさえ無事なら問題ないと、雪の道を逃げ進む。

「おい、其処（そこ）までだ！」

マルナは追い詰められていた。道無（みちな）き雪に埋（う）もれた山道は、女の身で追手（おって）を振り切る事は出来なかった。　

「貴方（あなた）達（たち）、一体（いったい）何者（なにもの）？　間違っても盗賊（とうぞく）では無いわね？」

「ふっはははは！　其（そ）れを知って如何（どう）する？　今頃は【カリトリアス】殿下（でんか）も、此（こ）の世とお別れしているだろうよ！　安心して、親子三人で冥府（アンダーワールド）へ旅立（たびだ）て！」

「おい、喋（しゃべ）り過（す）ぎだ！」

「構（かま）うものか、どうせ此処（ここ）で死ぬんだからな！」

「貴方（あなた）達（たち）、私が誰（だれ）か知らないようね？」

「ああ、知る必要が無いからな！　死ね！」

暗殺者（あんさつしゃ）がマルナに殺到（さっとう）しようとした時、後ろへ後退（あとずさ）ったマルナの足下が崩（くず）れ、マルナが悲鳴（ひめい）を挙（あ）げながら峡谷（きょうこく）の谷底（たにぞこ）へと落ちて行く。

「ちっ！　手間（てま）を掛けさせる！　死体は回収（かいしゅう）する命令だぞ！」

「仕方（しかた）ない、降（お）りるぞ！」

「お前は、頭（かしら）に報告（ほうこく）に行け！」

「はっ！」

四人の暗殺者（あんさつしゃ）達（たち）は、即座（そくざ）に行動に移（うつ）った。一人は本隊（ほんたい）に状況を知らせに。残りの三人は母子（ぼし）の遺体（いたい）を回収（かいしゅう）する為に。

くっ、此処（ここ）は何処（どこ）だ？　あっ、母（かあ）ちゃんは？

あっ、母（かあ）ちゃん・・・・・・！

母親は子供を守る為に、魔力で自分の身体では無く子供を包（つつ）み、子供を優しく抱（かか）えながら、守るように死んでいたのだった。

「あぅあぅあぅ・・・・・・」

カルマの声は母（はは）には、もう届かない。カルマ自身も極寒（ごくかん）の谷底（たにぞこ）では、此（こ）の侭（まま）では凍（こご）え死（じ）ぬしかない。

追手も諦める気配は無い。脳裏地図（マインドマップ）の赤色の印（しるし）が、カルマの青色とマルナの灰色（はいいろ）の印（しるし）を、目指して近付いて来る。

そんな状況でも、カルマは冷静に分析（ぶんせき）を開始する。現在地の確認。追手（おって）の到着（とうちゃく）予想（よそう）時刻（じこく）。自分のHP（生命力）。自分の身体の調子。全てを確認したカルマが出した結論（けつろん）は、あ（・）る（・）場（・）所（・）に向かう事だった。

運命（シナリオ）には、必ず思惑（おもわく）がある。劇（げき）なら演出家（えんしゅつか）の。映画（えいが）なら監督（かんとく）の。小説（しょうせつ）なら作者（さくしゃ）の。此（こ）の世界｜（ゲーム）なら神（運営）の思惑（おもわく）が必ず存在（そんざい）する。

無ければゲームが進まないし、面白くないと確信するゲーム脳の変態は、常人（じょうじん）の思考回路（しこうかいろ）とは別の思考で、自分独自（じぶんどくじ）の答えを導（みちび）き出（だ）す！

あ（・）そ（・）こ（・）だ（・）！

カルマは自分の導（みちび）き出（だ）した答えに向かって、匍匐前進（はいはい）を開始する。此処（ここ）からは時間との戦いだった。

悴（かじか）む身体で、凍（こご）える手足で、赤ん坊は一心不乱（いっしんふらん）に匍匐前進（はいはい）で進む。

脳裏情報（マインドインフォメーション）に浮かんでいるのは、HP（生命力）の残数値（ざんすうち）と、匍匐前進（はいはい）のスピードを上げる為（ため）に使用するMP（魔力）数値、スピードを維持するEP（持久力）数値、そして燃料であるFP（満腹度）数値だった。

極寒（ごくかん）の冷（ひ）えはHP（生命力）を、極寒（ごくかん）の痛（いた）みはMSP（精神力）を徐々（じょじょ）に削（けず）っていく。悴（かじか）む手足が、徐々（じょじょ）に機動力（きどうりょく）を落としていく。スピードを上げるMP（魔力）を使用すると、FP（満腹度）の減りが早くなる。スピードの強弱（きょうじゃく）によって、EP（持久力）が下がっていく。　

手足の感覚（かんかく）も、寒さで既（すで）に無い。身体を動かしているようで、動いている気がしない。

ヤバい！

＜＜個体名【カルマ】のHP（生命力）が【０】になりました！＞＞

あっ！

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「お帰りなさいませ、【カルマ】さま。プレイ時間は【百八十一日十八時間二十五分十三秒】でした。プレイ結果によって、獲得（かくとく）した英雄（えいゆう）ポイントは【三百七十七】です！　リスタートされますか、それともプレイアバター【カルマ】でのプレイを終了されますか？」

ふー、全く駄目だった。雪の降り積もっている中を、闇雲（やみくも）に進むのは自殺行為（じさつこうい）だ。先ず吹雪（ふぶ）くと息（いき）が出来ない。

必ず正解（せいかい）のルートがある筈（はず）だ。考えてみれば、解る事だ。マルカ王国の辺境（へんきょう）の村、ハルベルト山脈、答えはあ（・）そ（・）こ（・）に必ずある。ふっふふふふ。楽しい、久々（ひさびさ）にワクワクが止まらない。

「・・・・・・リスタートのようですね、【カルマ】さま？　最高（さいこう）難易度（なんいど）のシナリオは、如何（いかが）だったでしょうか？」

「ああ、勿論（もちろん）リスタートで頼むよ【ジョドー】！　最高に興奮（こうふん）したよ！　最高（さいこう）のシナリオだ！」

無表情の執事が間抜（まぬ）けにも、口をアングリと空（あ）けた侭（まま）、暫（しば）し固（かた）まっていたのは決して錯覚（さっかく）では無かった。　

「・・・・・・ゴホン！　左様（さよう）でご座（ざ）いましたか、お気に召（め）して頂いたご様子。此（こ）のジョドー、感無量（かんむりょう）にご座（ざ）います！　準備が整いました！　ご（・）武（・）運（・）を（・）！」

「ありがとう、ジョドー！　行って来るよ！（へぇ、良（・）い（・）旅（・）を（・）以外にも、バリエーションがあったんだ！）」

【カルマ】の身体が、徐々（じょじょ）にエフェクト処理（しょり）され分解（ぶんかい）されて、消えて行く。

【アルグリア戦記の総合案内人】であるジョドーは、プレイヤーネーム【カルマ】を見送った後、現在プレイ中の一千万のプレイヤーの中で、鬼畜（きちく）最高（さいこう）難度（なんど）のシナリオ【創造神の試練】をプレイ後に、クレーム以外の言葉を、況（ま）してや賛辞（さんじ）の言葉を、初めて聞いた事に漸（ようや）く気が付いた。

「くっくくくく。色々（いろいろ）常人離れ（アウト）過ぎて、禁止（きんし）事項（じこう）の斜め上を行く（オーバー）、流石（さすが）は【廃神（オーバーアウト）】と呼ばれる【カルマ】さまです。此（こ）のジョドー、思（・）わ（・）ず（・）台（・）詞（・）を（・）間（・）違（・）え（・）て（・）し（・）ま（・）い（・）ま（・）し（・）た（・）！」

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「おぎゃああああああああああああああああああ～！」

「マルナよくやった！　元気な男の子だ！　・・・・・・よし！　【カルマ】と名付けよう！」

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【アルグリア戦記】には、セーブ機能（きのう）は存在しない。全て最初からのスタートと為（な）る。現（・）実（・）の（・）世（・）界（・）で、セーブなどは出来る筈（はず）もない。此処（ここ）は【アルグリア世界】、もう一つの現実の世界。現実の一秒が、三千百十万四千秒に相当（そうとう）する仮想の現実世界。現実の一時間が、百二十九万六千日（三千五百五十年と二百五十日）に相当（そうとう）する【悠久（ゆうきゅう）の歴史（れきし）を刻（きざ）む世界（せかい）】。