仮面

増田時雨

仮面

「ねえ、聞いてよ〜。今日、アキホがめっちゃウザかったんだけどぉ。」

同じ部活の女子が僕に話しかけてきた。

僕は彼女に気付かれないよう、そっと目を閉じる。


その瞬間、僕は真っ白な空間の中にいた。そこは、目を凝らしても壁が見えることはないほど広い。そのだだっ広い空間には、僕と様々な仮面だけが存在していた。

僕は床に散らばったその仮面の中の、1つを手に取る。

「今日はこれにしよう。」

そうつぶやいて、僕はその仮面を顔に近づける。優しい笑みを浮かべた、マリアの顔の仮面だ。

それが僕の顔についた瞬間、僕は現実に引き戻される。


「へぇ、何があったの?」

「それがさぁ……」

彼女は意気揚々と、同じ部活の女子の悪口を言い始める。

彼女の顔にも、仮面がついている。その仮面は唇が片方だけつり上がったピエロの顔だった。僕はそれを見て、少し不快な気持ちになる。しかし、そんなことは顔に出さず、笑顔で彼女の言葉に耳を傾ける。

「そっかぁ。大変だったね。」

どこにでもある、ねぎらいの言葉。しかし、彼女の仮面は目尻がデレェと下がり、ニヤニヤとしているピエロの顔へと変わっている。

「やっぱり、ミノル君は優しいねぇ。」

完全な甘えモードになった彼女を優しい口調でたしなめ、話を終わらせる。

「じゃぁね〜」

デレェとした仮面をつけたまま、彼女は教室を出ていった。

「ふぅ……。」

僕はため息をつきながら仮面を外した。


そして、僕の素顔があらわになる。

自分で言うのもなんだが、僕の顔はだいぶ整っている。二重まぶたで縁取られた、くりっとした茶色の目。ピンク色の唇。少し垂れ下がったまゆげ。そして、色素の薄い肌にふわふわとした栗色の髪。どこから見ても「かわいい系イケメン」である僕は、昔から女子に人気だった。

だから、たくさんの女子から告白された。

そのせいで、よく男子に羨ましがられ、時には反感を買うこともあった。

「お前はいいよな」

「ずるい」

僕はこのような言葉を沢山あびせられた。

しかし、僕の状況は人が羨むほど、いいものではなかった。

なぜなら、僕には人間の感情が仮面となって見えてしまうのだ。これは一見、とても良い能力のように思えるだろう。

だが、これは間違いだ。なぜなら、人間が本来自分の中に閉じ込めているはずの感情までもが、あらわになってしまうのだ。

そのため、いくら可愛い女子と付き合っても、その子の裏の顔を見て、嫌いになってしまい、結局長続きせずに僕の恋愛は終わる。

だから、僕は恋人を作らなかった。これは、年頃の男子にとっては苦しいことだ。もちろん僕も例外ではない。でも、今ではそのおかげで平和な高校生活を送れているのだけど。


僕は長い物思いから覚め、ふっと視線を前に向ける。

そこには、僕のサックスが横たわっていた。金色に輝くサックスが、容赦なく僕の目に西日を反射させる。僕は思わず目を細め、サックスを見つめる。

僕は吹奏楽部のサックスパートに所属している。この部活は部員のほとんどが女子で、サックスパートはなんと、僕以外全員女子だ。そのため、僕がある一人の女子と仲が良いと、その女子は他の女子からの反感を買うことになる。だから、僕が恋人を作らないことは、周囲の女子と僕の平和を守るにつながっている。と思いたい。

そんなことをぼんやり考えながら、ゆっくりと楽器をしまっていく。

最終下校時刻が迫ってきている学校はほとんど人がおらず、ガランとしている。

僕はこの静かな学校が結構好きだったりする。ぼんやりと1人で物思いにふける時間が、仮面をつけなくてもいい唯一の時間だ。

しかし、そろそろ家に帰らなくてはいけない。あと10分で最終下校時刻だ。

僕はまた、そっと目を閉じる。

すると、再びあの真っ白な空間へと移動していた。

ここは感情の保管庫のような場所だ。人間はいつも、無意識のうちにここに来て、1つの仮面をつける。その仮面が自分の感情となって表情や言葉に現れるのだ。しかし、人間は自分の感情のままに話すと、対立することを2000年の間に学んだ。だから、人間は自分がつけている仮面とは違う感情を頭の中で作り上げるのだ。だが、これは本当の感情ではないため、とても脆い。その脆さが、人間の弱さとなっていると僕は思う。だから、僕は本当の感情を自分の手で書き換えることで、自分を守ることにした。つまり、僕には意識的に仮面をつけることができるようになったのだ。

まぁ、そんなことはどうでもいい。僕は足元にある、キツネの仮面を手にとった。

キツネ。それは昔から、人間を化かす生き物として、たくさんのものに描かれてきた。

僕はこの仮面が気に入っている。キツネは、僕に似ている気がするからだ。そして、僕はその仮面をつけて、昇降口へと向かう。

「さようならー」

男性の先生に挨拶された。僕は優等生に化け、にこっと笑って答える。

「さようなら。」

先生はうむとでも言うように頷く。うまく化けられたようだ。

僕はくすりと笑いながら、自分の靴を取り出した。

家に帰ったら母が美味しいごはんと一緒に待っているだろう。

僕はそう思って、足早に家路についた。


「ただいまぁ。」

家の玄関を開けると、ふぁっとスパイスの刺激的な香りが僕の鼻孔をくすぐった。

「おかえり〜、今日のご飯はカレーよ。」

母の優しい声が聞こえる。

僕は目を閉じ、仮面を猫の顔へと変えてから、答えた。

「やったぁ!今日、カレーの気分だったんだ〜」

母にそう答えながら、手を洗い、自室へと向かう。僕の部屋には必要なものしかおいていない。ガランとした部屋で、着替えを済ませる。そして、僕は猫の仮面をキツネの仮面にかえ、宿題に取り掛かる。最後の問題が終わった時、キッチンから母の声が聞こえた。

「ミノルー、ご飯よー」

「はぁーい」

僕は宿題を片付け、仮面を猫の顔にかえてリビングに急ぐ。


食事等を終え、パジャマ姿になった僕は自室に戻り、ドアに鍵をかけた。そして証明を消し、ベッドに横になる。

そよそよと、風が夜の空気を部屋にさそいこむ。

僕はゆっくりと目を閉じ、あの真っ白な空間へと移動する。

「おやすみ。」

僕の大切な仮面たちにそうつぶやいて、僕は眠りについた。


「……っん。」

朝の眩しい光が、僕の顔を照らす。それに耐えきれず、僕は目を覚ました。

1回大きく伸びをして、ベッドからおりる。

カーテンをさっと開けると、一気に太陽の光が差し込んでくる。

いい朝だ。僕はシャツのボタンをかけ間違えないようにとめ、ネクタイをキュッと締める。ブレザーを手に持ち、リュックを背負ってリビングへと向かう。

「おはよ」

そう言いながらリビングに入ると、トーストの香りが僕を出迎えた。母がキッチンから顔を出して、言ってくる。

「ご飯よ」

「はーい」

僕はリュックをおいて、洗面所へ向かう。

鏡の前に立つと、寝ぼけた自分の顔がじっと見つめてきた。

僕はふっと目をそらし、冷たい水で顔を洗って眠気をさます。タオルで水を拭ってる間、僕は目を閉じていた。

一面真っ白な空間。そこに散らばる色とりどりの仮面。

今日もまた、多くの仮面をかぶり、多くの仮面を見ることになるだろう。

僕にとって、学校は仮面舞踏会だ。たくさんの人が仮面で素顔を隠し、踊り狂う。みんなは他人の本性も知らぬまま、愛し合い、傷つけあい、生きていく。それはとても美しく、同時に脆い。

「さて、今日はどの仮面をつけていこうか。」


そうして、僕は今日も変わらず、仮面をかぶる。

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仮面 増田時雨 @siguma_rain

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