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 3月10日。まだまだ雪の残る道路にうんざりしながら、俺、黒沢鷹斗は今日が最後になるであろう中学への通学路を歩いていた。3月といえば関東なら気温もだいぶ暖かくなり、春の匂いなんてものもしてきているのだろうが、ここ、本州最北端の青森県は全然冬である。よく卒業式=桜なんてイメージがあるが、青森県民にはピンとこない。桜なぞ見る影もないからだ。

あぁ、あと1日早かったら卒業式には定番のあの歌と同じ日にちになるのに。どちらかと言うと粉雪でも降ってきそうな空を見上げながら、そんなどうでもいいことを考える。

「おーす、おはよう!!」

「……おう」

 後ろから見慣れた坊主頭が駆け寄ってきた。同じクラスの花田勝重だ。制服の下に年中アンダーアーマーを着ている見るからに野球部のこの男は、卒業式の今日も例に漏れず、首元から黒い布をはみ出させていた。もちろん野球部である。

「花田、お前卒業式でもアンダーなのな」

「え、あかんの?動きやすいしいいべ」

卒業式に動きやすさや吸水性はいらないと思うが、まぁこいつらしいからいいだろう。花田は高校に行ってもおそらく、いや確実にアンダーアーマーを着続ける。そう思うと少し面白くなり、それが見れないことに寂しさを感じた。

「そういや花田、高校どこ行くんだっけ?」

「藤沢高校だよ。野球の推薦でなー」

藤沢高校といえば、県内でもそこそこの強豪校である。そこに推薦で入れたのだ。さすが西山中のエースを張ってただけのことはある。

「黒沢は?」

「帝栄だよ。県内随一のバカ高校」

「まじか。お前バカだもんな」

こいつにだけは言われたくないと心底思ったが、実際に勉強はとんでもなく苦手なので何も言い返せない。

入試の英語は9点、数学は34点。これで入れてくれたのだ。バカ高校だろうが文句は言いまい。

「黒沢は高校いっても柔道続けんの?」

「いや、柔道はもうやんないよ。俺才能ねーし」

最高成績は地区大会3位。弱小柔道部にしてはよくやった方だが、上の層の厚さに心はポッキリと折れていた。

「じゃあ何やんのよ?」

「なんも考えてねーなー。入ってから決める」

本当に何も考えていない。やりたいことも興味があることも特にない。

正直、もう自分に嫌気が差していた。何をやっても中途半端。小学校の低学年の頃には、自分は物語の主人公にはなれないことを自覚した。

高校に入学したら何かが変わる。運命的な出会いがあって、楽しい高校生活が幕を開ける。そんなことを期待できるほど、ポジティブな性格はしていない。俺はこのまま脇役で終わるのだろう。

「……おい何暗い顔してんだよ!早く行こうぜ!卒業式まで遅刻は洒落なんねーって」

「あ!ちょい!!」

まだまだ寒い3月10日。黒沢鷹斗は西山中学校を卒業した。


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