初めての気づき
LINEの通知が来ている。一瞬佳奈からかと思ったが、もちろんそんなことはなかった。クラスラインである。
打ち上げをどうする。といった話題で盛り上がっている。別に参加しようと思えばできるけど、なんとなく今はそんな気分じゃないので事の成り行きを眺めることにした。
すると、打ち上げの参加を問うアンケートが開始された。わりかし近くにある地元中学生御用達のお好み焼き屋で、今度開催されるらしい。
別に行かない理由もないので、ノータイムで行くことを決めた。
※ ※ ※ ※ ※
今は、夜の8時といった所だろうか。打ち上げが1時間を経過しようとしている中で、思い思い友人と中学校の思い出や、高校の話なんかをしていた。
目の前にはお好み焼きや、もんじゃが広がっていて、とても悪魔的なにおいが漂っている。
ちょっと、頭を冷やしたいな。と思って、半分くらいコップに残っていたコーラを一気に飲み干してドリンクバーの方へ向かう。
ほかのクラスと思われる団体が、席が少し離れたところでうちのクラスと同じく打ち上げをしていた。
氷をコップに入れて、ドリンクバーのボタンを押す。
「あ、翔汰じゃん!やっほー」振り返る。
聞き覚えのある声に
「おお。なんだ佳奈か。そっちも打ち上げ?」
「うん。そうだよー」
「そっか」
「うん。どうせ翔汰、友達誰かに取られて気まずくなってこっちに来たんでしょ?」
不敵な笑みを見せながら、挑発するように言ってくる。
「そっちだって、誰とも話せなくなって気まずくなったんじゃないの?」
挑発には挑発返しだ。
「うん……」
思ったより効いちゃったみたいで、少し後悔する。
「なんかすまん」
「ううん。いいの。半分当たってたし」
「俺も同じ。ほんとに友達少ないとこういう時不便だよなー」
やっと佳奈が笑ってくれた。これが半分作り笑いだということは理解できていても、この方がよっぽどましだ。
「じゃあ、わたしそろそろ戻るね」
「わかった。じゃあな」
お互いに手を振りあって、それぞれの場所へと戻っていく。と、同時に少し反省する。いくらお互いに共通している、いわばいじり合いみたいなものでも核心に触れてしまうと、結構来るものなんだよな。
向こうのクラスの方を見ると、佳奈は周りの数人の女子と話していて、周りから見たら打ち上げの一員にしか見えないけど、俺から見れば、あんな風に周りに合わせて笑う彼女の姿は偽物にしか見えなかった。
そして、少し胸が痛んだ。
※ ※ ※ ※ ※
時刻にして夜9時ごろ。打ち上げを終えたあと二次会とでもいうべきなのだろうか。近くの公園に集まって別れがたく話している。
お好み焼き屋の中でのような大盛り上がり。といった感じではないけど、けれど静寂に包まれているというわけでもなく、それぞれが思い思いの時間を過ごしているように見えた。
同じ時間帯にきていた佳奈のクラスも、公園にきていて同じように談笑しているけれど、それぞれが同じクラスの輪の中にいてそれが凄くみんなが大人になっているように見えた。
これで、卒業。ここにいるこいつらとも久しく合わない関係になってしまうのだろう。今はそんな実感ないけど、なんとなくそんな感じがする。
だけど、これでみんなとお別れだというのに頭の中を今占めているのは、ここに居る級友のことでも、これからのことでもなく、佳奈のことだと自分が思ってしまうのがとてつもなく嫌だ。
今、なんとなく視線が向かっていたのは違うクラスの輪の中にいるはずの山崎佳奈なのだ。けれど、彼女はそこにいない。きっとほかの場所にいるのだろう。
思わず彼女を見たくなって、クラスの輪をそっと抜ける。
少し離れたベンチに佳奈が座っていた。何も手に持たずに、ただ夜空を眺めている。
普段は星があまり顔をのぞかせないけど、今日はいつになく星空が見えている。
たまに調子のいい日なんかはこうして星空が、月が輝いてはっきりと見える。
そんな夜空に、照らし出されてただ空を見上げている彼女は何を思っているのだろう。
かすかに吹く風にセミロングの髪をたなびかせながら、どうしてあんなにはかない表情をしているのだろう。
どうして、彼女は自由に空を飛べないのだろう。
そんなこと自分が今までで一番わかっているはずなのに、今の今まで目を遠ざけてきた。自分ではどうしようもできない。と理解しているけれど、けれど俺は。
あの時の後悔はきっと忘れないと思う。
※ ※ ※ ※ ※
小学校6年の9月、クラスは転機を迎えていた。女子がクラス内で2分されたのだ。一つはクラスのいわゆる女王みたいな人がトップに君臨している、賑やかなグループ。もう一つは山崎佳奈が中心となっている、比較的静かめな人が多いグループ。
その時の俺は、絶賛いじめと対決中で面倒くさい相手をしているところだった。幸い、友達が少なすぎるわけでもなく、外堀も全然埋まっていなかったのでそこまで大変な思いはしなくて済んだ。
けれど、楽というわけでは決してなく、自分のことで精一杯になっていた。今になってこそしっかりと理解できているけど、当時の自分は「女子も大変そうだな」としか思っていなかったと思う。
そんな中、俺へのいじめが落ち着いてきたところで、ある事が少しずつ見えてきた。
少し前まで佳奈のそばにいた女子が何人か離れていたのだ。
こんなこともあるんだな。と思っていたら次々と日がたつにつれて去っていき、ついに最後の一人も離れたとき、佳奈はクラスで完全に孤立した。
佳奈は、保健室登校をするようになった。たまに彼女と会うと向こうは笑顔で話しかけてくれるのに、なんとなく関わりたくないなと思ってしまった。
頼むから関わってくれるな。という気持ちの方が強かったのかもしれない。もういじめは散々だと思っていたし、巻き込まれたくもなかった。
クラスに来るようになってからも佳奈は一人で過ごす機会がほとんどになった。図書室が好きだった俺はいつも、図書室にいる彼女にできるだけ気づかれないように本を眺めていた。
そのあとからは時間があっという間に過ぎていった。
一番彼女との記憶で印象に残っているものがある。
小学校生活最後の給食。その日はバイキング給食と言って、それぞれが思い思いの物を選んで食べれるという特別な日だった。
普段とは食べる席が違う関係で、目の前には佳奈が座っていた。
とにかくこの空間が早く終われと思った。おいしいはずの給食もなにもおいしいと感じることはなく、ただ無言で食べ続けた。
そうしていると給食の終わりは近づいてくるわけで。その直前に彼女が、
「翔汰ってもっとノリよかったんだけどな」
図星をつかれた俺はそれを認めたくなかったんだと思う。
「そんなことないと思うよ。昔からこんな感じ」
と強気に言い返した。彼女はそれ以上の反論は見せずに、片付けの直後少し目に涙を浮かべて教室を走り去った。
誰もそんな彼女の様子に気を留めていなかったのだろう。多分この教室を出ていく佳奈を見たのは俺だけだったんだと、今でも思う。
かつて、4年生の頃から6年生の序盤まで仲良くしていたのに、そんな友情よりも自分の方がよっぽどかわいくて。
自分は友達に助けてもらったのに、佳奈に声を掛けようすらしなくて。
俺はこの時初めて自分が、間違っていることに気が付いた。
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