久しぶりの台風

 本屋の入り口にきている。ここの本屋は結構大きめの本屋で、だいたいここに来れば売れ筋の作品はしっかりと買える。 


 すぐそばにはいわゆる、ブックカフェがあって試し読みをコーヒーとかを飲みながらできる。オシャレな店内で値段設定はとても中学生向けじゃないけど、たまにここでテスト勉強をしたくなるような落ち着いた場所だ。


 店内に入るや否や、佳奈の歩くスピードがちょっと上がって、新芸文庫の前について物色している。そんな様子を見ながら彼女を追いかける。


 ここの文庫は比較的中学生でも読みやすいような文で書かれていて、内容的にも思春期の僕らに影響を与えてくれる作品が多く出版されている。俺はこの文庫の作品を読んで小説が好きになったから、結構思い出深いというか、そんな感じ。


 佳奈は本の表紙と、背表紙をしきりに見ては戻してを繰り返している。真剣な表情で本と向き合う姿に、今は声をかけづらいな。と思って、俺も本棚を眺める。


 色んな本がある中で、一際自分の中でこれだ。と思う作品がある。大体そういう作品というのは誰かから進められて読んだ本よりも、面白いと思える。そして、そんな本が今、目の中に飛び込んできた。


 夕焼けの向こうに


 「これ面白いんだよな……」


 思わず声に出してしまった。読んだのはずいぶん前だけれど、久しぶりにもう一回読んでみたくなる。小説の面白さを教えてくれたのはこの本だ。


「これ?」


 佳奈が横からすいっと手を伸ばして、本を眺める。思いもよらないその行動に体が固まりつつも、何とか落ち着きを取り戻して彼女の方に視線を向ける。


 ほかの本よりも、いくらか長く見ている気がする。表紙と裏表紙を交互に見て、少しだけ中身をのぞいてみたり、あとがきを読んでみたりしている。


 うん。とかすかに聞こえたあと、彼女が手に持った本をこちらに寄せてくる。


「ん」


 ん???どういう事なんだ。


「はいこれ!!持ってよね!!!」


 どうやら俺は荷物持ち。と言う事らしい。


 この後いくらかの本を俺によこしてきて、今手元には4冊の本がある。にしても結構買うな。俺は普段多くても3冊しか一度に買わないから、彼女のことを凄いな。と思ってしまう。


 凄い要素は別に一つもないけど、それでも凄いな。と感じてしまう。


「4冊も一気に買うなんて結構買うんだな」


 口に出さずにはいられない事実を口に出す。


「うーん。ちょっと今日は特別!」


 ふーん。と思いつつにやけそうになる顔を必死に隠す。


 口元に手を抑えて、「内緒ね!」と言わんばかりの行動にノックアウトされそうになる。


 てか何なんだ今の。普通にくそ可愛かったんだけど!


 我が物顔で、さっきのは気にしたそぶりを見せずに「はい」と本をよこしてくる。この緩急すごい。


※ ※ ※ ※ ※


 佳奈の物色が終わりになり、別のところへ移動することに。別に本屋はいつでも行けるので、前を歩く佳奈の背中を追いかけることにしている。


 漫画か……


 心の中でつぶやいて、思考してみる。漫画は受験が始まり一気に見る機会が減ってしまった。


 久しぶりに来た漫画コーナーで、呼んでいた作品の新刊がかなり先まで行っていて思わずまじかと思ってしまう。


 佳奈は少年系はほどほどにして、恋愛ものの方へ移動する。


 やっぱり女の子なんだな。いや、どこのおっさんだよ。


 くだらない脳内会話を切り上げて、少女漫画へ視線を向ける。


 小学生の頃、お母さんによく見せられていた作品とかが目にたくさん飛び込んできて、何だか懐かしい気分になる。


「最果ての空にだ」


 思わず口に出してしまった作品は、お母さんが大好きな物語でテレビの前で一緒になって見た。そして、漫画とかもレンタルして読んだから結構印象に残っているし、とても面白かったと記憶している。


 手に取ってみると、残念ながらビニールのカバーがかけられていて中身を見ることはできなかったけど、これだよ。これ!ってなるような感覚が頭の中から湧き出てくる。


「知ってるの?それ」


 近くで顔に?マークを作っている彼女が聞いてきた。


「ああ。知っているよ」


「私も!私もそれ知ってる。凄い面白いんだよね」


「めっちゃわかるわ。全然追えてないけど面白かった。っていうのは覚えてる」


 彼女がこっちに寄ってきて、真横で本を眺めながらうわぁーとか、懐かしいーとか言っている。その辺の事情にはよく分からないけど、小学生向けの雑誌にでも乗っていたのだろうか。どうなんだろう。と疑問に思っていると、彼女がこんな質問をしてくる。


「この漫画の中でどの子が一番好き?」


「やっぱり、主人公の葵ちゃんかな」


「え……葵ちゃんもいいけど、ゆずはだよ!!」


 柚葉というのは、先輩キャラで、ちょっぴり悪魔的な性格の人だ。


「柚葉みたいな小悪魔なんかよりも、清純無垢な葵ちゃんの方が絶対いいね」


 自信満々に佳奈に向かって答える。下から少しにらむような格好になった彼女を見て体がたじろいでしまう。


「柚葉を馬鹿にするなーーーー!」


 ちょっと大きな声で、佳奈が言う。その姿はちょっと笑っていて、まるで宣戦布告を受けて立つ将軍のようだ。


「柚葉みたいにたまにからかったりしながら、男の子に近づいていくのがいいんじゃん。葵ちゃんもいいけど、あの子は奥手すぎ」


「そこがいいんじゃん。奥手だけど、たまに勇気を出してみたりがっかりしたり、そういうのがいいんじゃん」


 そう。これだよ。これ。


「それにしても、あのとろさはちょっとなー。もっとぐいぐい行かなきゃ。柚葉みたいに」


「大体先輩キャラなのがなー。王道を走っていく少女漫画ではやっぱり爽ちゃんが一番」


「それは、固定観念にとらわれすぎ。もっとキャラを見てあげないと」


 これ以上は、話していても永遠に続くだけなのでそろそろ終わりに向かわせなくてはいけない。


「まあでも、俺は最新刊まで読んでないわけだし、何とも言えないかな」


「私もそういえば全然買ってなかった。ついでに買おっと」


 そう言って1冊手渡してくる。偶然にも同じ巻で止まっていたのか、俺もその巻を手に取る。家に帰ったら読もうと心の中で誓って、手に加える。


 久しぶりの台風だ。自分を高揚させてくれるこの感覚は、きっと小学生の頃に交わしていた口論とすごく似ている。


 意味のない、はたから見れば何をしているんだっていう会話だけれど、これがきっとぼくらのコミュニケーションで、誰も入ってこれない、自分たちだけの空間だと思う。


 けれど、そんなことは彼女に言ったりしない。言いたくないわけでも触れたくないわけでもない。この思いは彼女と僕の間だけで共有されていればいいだけの話なのだから。


※ ※ ※ ※ ※   


「俺は一体何をやっているんだ」


 天井を見上げて、自分のコミュニケーション能力が著しく低いことに思わずうなだれる。


 目の前のスマホに写る画面には、今日の本屋の帰りに交換したばかりの、山崎佳奈とのLINEのトーク画面が映し出されていた。


 交換したときに送りあったよろしくのスタンプのみで、それ以外はなにも話していない。別に普段ならこれほど気にしないありふれた日常に、少し気が行ってしまう。


 そもそも、小学校から同じなのになぜ中学を卒業するタイミングなのか。これは中学に入ってから接点がなくなったという理由以外に何もないのだが、それでも、それでもちょっと考え込んでしまう。


「はぁぁぁぁ」


 思わず、大きなため息が出る。もう一度天井を見上げて、この真っ白な世界に逃げ込みたいと思ってしまう。


 ガタン


 ドアが勢いよく開けられる。目の前に仁王立ちしているのはわが妹、咲だ。こちらをゴミを見るような目で見てくるのは気のせいだろうか。


「なにベッドの上でうなだれてるの。死ぬほど気持ち悪いよお兄ちゃん」


「うっ」


「本当に何をやっているんだかねぇ。お母さんからいろいろ聞いたけど」


「うっ」


 別にやかましいことなど一つもしてないけど、それよりもいろいろとダメージが凄い。


「ほんとに見てられない。じゃ。」


 バタン!!


 さっきよりも勢いよく閉められたドアを眺める。そしてもう一度ドアが開く。


「お母さんが洗濯物出しとけだってよ。」


 バタン


 さんざん人のことを罵倒しておいて、最後に連絡だけよこすとかどんだけ律儀な奴なんだよ。まったく……


 はぁぁぁ……


 何度目かわからないため息をして、今日だけで10回以上は見た天井を見上げて、とてつもない虚無感に襲われる。

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