風が吹く。花びらが舞う。

千葉ソウタ

3年ぶりの再会

 3月9日。太陽はもうすぐ真上に差し掛かるといった所、雲一つない青空の下で、俺、井野中学校3年2組藤崎翔汰は、中学生活最後の日を少し名残惜しく感じつつも、ちょっとだけすがすがしい思いでいる。


 さっきまで、ここの体育館で卒業式が行われていた。聞きたくもない校長先生の話や、普段は決して泣いたりしない体育教師の泣き顔、 普段の学校生活とは一味違う、特別な瞬間がそこにはあった。


 今、ここでは卒業式が終わって、体育館の前で最後の時間を過ごしている。


 周りでは、ここで離れ離れになってしまう人たちで泣きあったり、スマホで写真を撮ったり、先生と話し込んでいるように様々な人がいる。


 その一例の中に俺ももちろん当てはまり、友達なんかと写真を撮っていたりする。


 そういえば、なぜこの時先生は俺達卒業生に注意をしないのだろう。普段なら、「なんでスマホなんか学校に持ってきているんだ!」と目くじらを立てて怒るはずなのに、今日は少し特別なんだな。


「翔汰ーテニス部で写真撮るぞー」


「わかったー今行くー」


 校門のところから、一緒に汗水を流した友人たちから声がかかる。待たせると悪いのでちょっと急ぎ足で行く。


 こいつらともこれが最後になるのかな 。


 ふとそんなことを思ってしまう。この前までそんな事実のことなんて思っていなかったのに、いきなりこんな現実を突きつけられるのだから、ちょっとまだ気持ちがふわふわしている。


「はい。チーズ!」


 保護者が元気のいい声で写真を撮ってくれる。


「はーい。もっと笑ってーちょっとそこ近づいてー」


 写真が次々に撮られていく。ポーズがせわしなく変わっていく中いよいよ最後の一枚まで取り終えた。


「ありがとうございましたー」


 撮ってくれた方たちにお礼をして、もう一度校舎の方を向く。風が吹く。春の匂いがする。


 1年ぶりのこの匂いを嗅ぐたびに、あっという間の一年だったなと思ってしまう。正真正銘、この敷地に入るのはもうないんだろうな……


「あ……」


 思わず息がこぼれる。周りの友達がどうした?と聞いてくるが、別になんでもないとだけ言って、もう一度そこに立っている少女に目を向ける。


 耳にかかった髪をかき上げて、空を見上げている。風に吹かれて揺れ動く髪を抑えながらどこかはかなげに、周りに誰もいないのも相まってそこだけアニメの世界みたいに神秘的で。


 彼女の名前は、山崎佳奈。クラスは違うけど、小学校の頃はよく遊んでいたとても真っすぐで芯のある少女だ。


 初恋の人である彼女に声を掛けようと思ったけど、かける言葉が見つからなくて、どんな顔をしたらいいのかわからなくて、逆側の校門に向かう彼女を目で追いかけることしかできなかった。


 まだ桜は咲こうとすらしていない。手に持った卒業証書は何も特別ではないみんなと同じ普通のものだけれど、彼女は何を思って今歩いているのだろうか。もう真上まで来ている太陽はしっかりと卒業生を照らし出していた。


※ ※ ※ ※ ※


 春休みといっても特にすることがなくて、宿題をするわけでもなく、部活に勤しむわけでもなく、ただ時間が過ぎていく。


 卒業生というのもそれをさらに加速させていて、高校に入る準備くらいがせめてものイベントで、俺もさっきまで制服採寸のためにお母さんと高校に行っていた。


 今俺と、お母さんがいるのは家の近くにある大型のショッピングセンターだ。2年位前にできて、中途半端に大きいくせに中身はそんなに豪華ではないちょっぴり残念なところだ。


 制服採寸の帰りに買い物するから。と言われてついてきたものの、特にすることがあるわけでもないのでこんなくだらないことを考えている。というわけである。


 現在は昼の1時。ピークは過ぎたもののまだまだ主婦たちでにぎわっている。


 ああ、早く家に帰りたい。家に帰っても何もすることはないけど、けれど帰りたいというのが人間の摂理というものだ。それに何か今日は嫌な予感がする。


「あらやだ藤崎さん?」


 ママ友なのだろうか。関わると面倒くさいのでちょっと距離を置いて陳列棚に目を落とす。


 桃缶だ。缶詰と言ったら桃缶。桃と言ったら桃缶。と思うくらいには桃缶が好きだ。なにがおいしいかってこのシロップ。桃と絡まりあって甘くてとろけそうになる。ああ。やばい。桃缶食べたくなってきた。ちなみに桃缶を食べるときは単体で冷やして食べるのがセオリーとなっている。


 もはや本能のゆくままに、桃缶を母の持っているかごの中に入れていた。


「翔汰君大きくなったねー」


 不覚だ。桃缶に意識をとらわれすぎていた。ところで誰なのだろう。なんとなく見たことのある顔だが。


「はは……」


 片手を頭に乗せて照れているふりをして、やり過ごそうとする。とても感心なさっている誰だかわからない人から目をそらして、一息つく。けれどそんな時間も一瞬で終わって。


 あ……佳奈だ。お母さんに話しかけていた人は佳奈、山崎佳奈の母ということになるのか。ピンクのスカートに白のシャツ。今日はオフモードからなのか眼鏡を掛けている。後ろで髪を縛って、はたから見ると箱入り娘のように見える。


「山崎さん。これならちょうどいいんじゃない?」


「確かにそうね。佳奈は翔汰君と時間をつぶしてもらえればいいし」


 頭の中に?マークが乱立する。お母さんの方を向くとにやにやした顔でこちらを見ている。


 はめられた……おそらく母同士でお茶したいから、終わるまで時間をつぶしておけという事だろう。


「じゃあ佳奈ちゃんと一緒に時間つぶしておいて。お母さんたちそこでお茶してるから」


 ……もう何も言うことはない。甘んじて受け入れよう。


 だけど、彼女はどうなのだろうか。ちらりと佳奈の方を見る。


 大丈夫なの?


 目でアイコンタクトを送る。久しぶりに彼女の眼を見るのはちょっと照れ臭かったけれど。


 平気だよ!


 目で会話しているだけなのに、なぜこんなに元気よく来ていると感じるのだろう。


「わかった。適当に時間つぶしておく」


「ごめんね。翔汰君。佳奈と時間つぶしててね!」


 山崎母からありがたい言葉をもらう。本当は、というか少し前まで面倒だなって思ってたのに今はそんな気がしない。


 そう、俺から言わせてみれば同級生の女の子。それも初恋の人なんだ。ちょっとだけ後ろめたさもあるけど、少しだけ嬉しくなっている。


 そんな思いとは裏腹に、母親たちがこの場を去っていく。ここに取り残されているのは俺と、佳奈だけだ。周りには人がいて静かなわけないのに、こんなにもこの空間だけ静かなのはなぜだろう。


 佳奈の方を見る。そして声をかける。


「なんかすごいことになったね」


 何が凄いのかは自分でもよくわからないけど、なんかすごい。別に何も言葉が出てこないんじゃなくて、本心からの気持ちである。


「ほんとだね」


 佳奈が一歩こっちへ歩み寄ってくる。その距離約2メートル。そして彼女が口を動かす。


「なんかこうして話すの久しぶりな気がする」


「たしかに。たしかにそうかも」


 別にたしかにっていうほどのものではない。前から認識はしていたけど、同意なのは確かだ。なぜなら中学に入ってからほとんど話していないのだから。


「中学校は一回も同じクラスにならなかったもんねー」


「うん。なんなら小学校以来なまでありそう」


「そんなことないよー。委員会同じだったからその時喋ったじゃん!」


「そういえばそうだな」


 そう、せいぜい同じ委員会で顔を合わせたら少し話す程度の、その程度の仲なはずなんだ。


「このあとどうする?」


 女子に対してゲーセンというのも引かれるだろうし、本屋とかは気が利いてないとか言われそうだから、ここは相手の要望に沿うことにしよう。


「特にしたいことないから、そっちで何か用事あったらそれでいいよ」


「うーん」


 手を顎につけて悩みこむ佳奈。腕を組み、それはまるでどこかの監督みたいに。


「本屋とか?最近新刊出たみたいだから行きたいんだよねー」


「うん。いいよ。行くか」


 何も不満のないどころか、むしろ自分の生きたいところなまであったから大歓迎だ。


「やった!いこーいこー」


 東館の一階にある本屋に行くために、二階の連絡橋を渡りエスカレーターに乗って行く。一段飛ばして前にいる彼女はどこか子犬のように、えさを待ちわびてしっぽを振っているみたいに見える。

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