27. 終末

 美しく神秘的なオブジェが立ち並ぶ神殿のような造りのダラムシュバラ城は、その見る影を失っていた。かろうじて天井のある場所は救護室となり、残る場所ほぼ全てが戦地と化していた。玉座のある謁見の間は何とかその形を保っており、ダラムシュバラの重鎮たちが身を寄せていた。


「ここが激戦地になってしまって申し訳ありません。 帝国軍も急ぎこちらへ向かっています」


 メイフォースは、女王アンネリーゼとその息子セルゲイに頭を下げた。


「メイフォース様っ! 頭を上げてください」

「そうですっ! メイフォース様が頭を下げる必要はありません」

「復興の際は、必ずフェリックス国も協力します。 どうかそれまでご辛抱を……」









 メイフォースは、再びドロシアの元へと向かった。


(普通の感覚の普通のお姫様だったら、私もこんな思いはしなくて済んだんだろうね………………見た目が美しくなくなっても、あんなに生き生きとしていたら、ライバルは減るどころか増えたりしてね?)


 メイフォースは独り言を言いながら、苦笑いをした。






 救護室に戻ると、先程までは眠っていたはずのドロシアが半身を起こし、自身で包帯を巻いている姿が飛び込んできた。


「ドリーッ!」

「メッ…メイフォース様!? え? 何で…え? わたくしそんなに寝ていました?」

「グレゴワールに連れてきてもらったんだ」

「グレゴワールに?」


 ドロシアは、寝起きでまだボーッとする頭をフル回転させ、状況を理解しようとするが全く分からない。


「どういうことですの?」

「今はグレゴワールもルイス様と共に戦っています」


 ベニーが包帯を巻くのを手伝いながら言った。


「ドリーが転移したのを追って、ルイスと私はグレゴワールにここまで朝焼け色のドラゴンに連れてきてもらったんだよ」


「そう……わたくしが寝てる間にいろいろあったのね……アンブローズは?」

「僕はここだ」


 ドロシアの後方に、目覚めたばかりのアンブローズがまだ力のない声で言った。

 アンブローズの側では、オロオロしながらビトール・マナスが付き添っていた。


「アンブローズもよくやってくれたね。 ありがとう」


 メイフォースが声を掛けると、アンブローズは軽く頭を下げた。




 ドロシアは包帯を巻き終わると、さも当たり前のように救護室を出ていこうとする。――――が、それを見たメイフォースとベニーが、慌てて引き止めた。


「ドリー! まさか戻る気じゃないよね?」

「えっ? 戻りますけど…」


 二人は目を見合わせて深い溜め息をついた。


「援軍もいますし、ルイス様もグレゴワールも戦ってます!」

「ええ、さっき聞いたわ」

「ドリーは十分戦ったんだから、満身創痍でわざわざ戻る必要はないよ!」


 それを聞いて、ドロシアも深い溜め息をついた。


「よろしいですか? 自惚れとか過信とか抜きに、私一人で魔術師団100人分くらいの力はあります……多分もっとですけど。 100人追加されるのとされないのでは全然違うでしょう!」

「……分かるけど、もし君に何かあったらどうするんだい? 私はドリーに危険な場所に行ってほしくないんだ」


 メイフォースは切ない顔でドロシアの手を握った。

「……メイフォース様申し訳ありません。 戦いの渦中で命を落とすなら、それもまた私にとっては本望です。 醜いトロールとしての生き様には相応しいでしょう?」

 そう言ってにっこりと微笑んだドロシアに、メイフォースは平常心を失いそうになるのを必死で抑えた。



「ならば私も行こう」

「いけませんわっ! メイフォース様はここでアンネリーゼ女王たちと待機していて下さい」

「私もこう見えて腕は立つよ? 今は一人でも多い方がいいだろう?」

 微笑むメイフォースに、ぐうの音も出ない。


「僕も行こう」

 アンブローズは、その小さな体を重たそうに起こした。

「俺も行きます」

「自分もお供させて頂きます」

 こうして、ベニーとビトールを加えて救護室を後にした。










 人間たちが魔王軍と手を結んだことで、反乱軍は一気に追い込まれていた。


【グソゥ! ちょこまかと数を増やしやがって!】

 タナトロスは、その大きな口をさらに大きく開け、赤い舌を回しながら咆哮を上げた。

【ミノタウロスも、反乱軍もこんなところで終わってたまるかーーーーっ!】



 すると辺りが急に暗闇に包まれ、ぼうっと青白い幽光が浮かび上がった。

「出てきたな…」

 グレゴワールがその顔を僅かに歪ませると、幽光は徐々にその姿を現した。


「ベザルドラメレク!」

「フフフッ……魔王グレゴワール久方ぶりだな。 あ……もう魔王と呼べる程の力もなかったか」

「チッ」


 白く地面にまで届きそうな長い髪に青白磁の瞳、血色が悪く全体的に青白い印象のこの男は、夜光虫のように光って見えた。

「狡猾ではあったが、貴様が世界征服を企むとはな」

「世界征服? 僕はそんなもの望んでいないよ?」

 ベザルドラメレクは、その長い舌を悪戯に出して馬鹿にするように笑った。

「僕の目的はただ一つ、このつまらん世界を終わらすことだっ!」

 そう言うと、頭上に拡がっていた次元のひずみが、鈍い鐘の音に似た音を鳴らしながら、赤黒く変化していった。



 グレゴワールは空を睨み、珍しく額から汗を垂らして言った。

「マズイ……奴は本気だ…」

 その言葉に、ルイスも空を睨んだ。



 つい先刻までミノタウロスの大群を降下させ続けていた次元のひずみから、まるで生きた人間のような号哭ごうこくが響いた。


 ――――――――――――!!!



 聞くだけで生気を奪われそうな音に、居合わせた魔族や人間は耳を塞いだ。

 次元のひずみからゆっくりと降下してきたのは、一体のワイバーンだった。


「ワイバーン……」


 黒光りする背中には蝙蝠こうもりのような羽、棘の生えた尾を持つ。ミノタウロスの親玉であるタナトロスをも遥かに凌ぐ大きさのワイバーンに、今まで戦っていた者たちが戦意喪失状態に陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 それとは反対に声の方向を振り向くと、傷だらけのドロシアとアンブローズの姿が目に入った。

「ルイス! グレゴワール!」

「ドロシアっ!」

 ルイスとグレゴワールは満身創痍の二人を見て動揺を隠せなかった。

「身体は大丈夫なのか!?」

「大丈夫よっ!」

 そう言って笑うドロシアだが、無理をしているのは一目瞭然だった。

「手負いならば下がっていろ!」

「嫌よっ! 戦場で散るならむしろ本望よ!」


 ドロシアの性格を熟知しているルイスも、この時ばかりは頭を抱えた。


「ドリーは私が守るよ」

 そっとドロシアの肩を抱くように現れたメイフォースに、ルイスは自分がとるべき選択肢が一つしかないことを悟った。


「ならば……俺はさらにその盾になろう」


 メイフォースとルイス、フェリックスの国主とその弟に守ると言われたドロシアは、これ以上ない程困惑した表情をした。


「ダメよっ! そんなことさせられないっ!」

「それは俺の台詞だ!」

「それは私の台詞だ!」


 お互いに引かない二人を尻目に、グレゴワールが真剣な顔で言った。


「世界が終わるぞ――――――魔界の奥地からあんなもんまで引っ張り出して……全員死なずにいられたら奇跡のレベルだ! ワイバーンなら四日もあれば世界を焦土に変えるぞ」


 そう言うや否や、ワイバーンは大きく頭を振りかぶって威嚇をすると、その口から紅蓮の炎を吐いた。

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