26. それぞれの戦い
朝焼け色のドラゴンは光の速さで飛び続け、ついにダラムシュバラ首都へと到着した。
「…………………」
ルイスたちの目に飛び込んで来た光景は、紛うことなき激戦地と化したダラムシュバラの姿だった。
魔術師を育てる神秘の国は、その美しかった街並みや、王城を見るも無惨な姿へと変えていた。
至るところに躯が折り重なり、それらを縫うように戦いは続いていた。
上空では次元の
ルイスたちは胸騒ぎと焦燥感に駆られながら、ドロシアの姿を探していた。
「どこだっ!?」
グレゴワールは上空から一際大きいタナトロスが目に入り、それと戦う自身の配下が目に入った。
「見つけたっ!!!!」
朝焼け色のドラゴンは一気に高度を下げ、クロンクビストの近くへと降り立った。
「クロンクビスト!」
「…グレゴワール様!!」
グレゴワールがクロンクビストの元へ向かうと、巨大なタナトロスはゆっくりと振り向いた。
【ハッ! 死に損ないの魔王のお出ましか!】
「相変わらずでかいだけで知性の欠片もないな。 だからミノタウロス連中は好かなかったんだ」
タナトロスは鼻の穴を膨らませて、顔を赤くした。
【フッ……そんなことはどうでもいいっ!
「違うだろう? 貴様のボスはベザルドラメレクだろう?」
その言葉にさらに顔を赤くしたタナトロスは、闘牛のように助走をつけてグレゴワールの元へ向かっていった。
【黙れーーーーーーーーーっ!!!】
グレゴワールは瞬時に右腕を前に出し、魔力を放とうとするが力が枯渇して出ない。
タナトロスは、ニヤリと笑った。
「チッ!」
「グレゴワール様っ!!」
キーーーーーーーーーーーンンン
辺りに
タナトロスの攻撃を受け止めたのは他ならぬルイス・エルネスト・フェリックスその人だった。
「戦う力がないなら下がれ! かえって邪魔だ!」
巨大なタナトロスの攻撃を全身で受け止める。
「小僧のくせに一丁前に偉そうじゃないか……」
グレゴワールの目の色が変わり、どこからともなく鈍い色を放つ剣を出すと構えた。
「魔力がないなら、それ以外で戦えばいい。 それでもお前よりは強い」
「フンッ……」
犬猿の中である二人が、共に真正面からタナトロスへと向かっていった。
不思議な光景はここだけではなく、いつの間にかダラムシュバラ魔術師団と魔王軍も力を合わせて戦っていた。
「私が気を引いている間にとどめを!」
「我々が誘導して追い込みます!」
一時壊滅的だった魔術師団も、魔王軍の加勢によって本来のポテンシャルを取り戻しつつあった。
こうして着実に一体ずつ、ミノタウロスを倒していった。
戦いの喧騒から少し離れた王城の中では、怪我人などを治療するための救護室が設けられていた。
そこでは、回復系の魔術を得意とする者が救護にあたっていた。
メイフォースはドロシアを探し回り、人伝に王城内の救護室に運ばれたと聞き、ドキドキと音を立てる自身の心音を感じながら、急ぎ足で向かっていた。
「ドリーーーーッ!」
「!!……メイフォース様っ!」
扉を開けると、ベニーが顔を上げた。
「ベニー! ドリーの具合は?」
「大きな怪我は特にないです。 …ただ、長い時間かなりの力を使って戦っていたので……現在は気絶するように眠っています」
メイフォースはそれを聞いて、大きな息を吐いた。
「……ハァ……そうか。 ならば良かった」
「アンブローズも無事です。 二人共戦いの前線で戦い続けてましたし、二人がいなければダラムシュバラはもたなかったと思います」
「………そうか。 とにかく無事で良かった」
ドロシアの顔に視線を落とすと、最後に会った時にはなかった無数の細かい傷が目に入った。
血が滲んで伸び、少し薄汚れた全身が戦いの激しさを物語っているようだった。
皮膚の厚そうなトロールの顔とはいえ、ドロシアの顔に傷が付くなんてメイフォースには耐えられなかった。
そっと傷を指でなぞると、厳しい顔で立ち上がった。
「メイフォース様?」
「アンネリーゼ女王にご挨拶してくるよ」
「はいっ! お供します!」
「…いや、いい。 ドロシアの側にいてくれ」
「分かりました」
メイフォースは、そのまま救護室を後にした。
アンネリーゼとセルゲイは、玉座のある場所へと戻って来ていた。
…とは言っても、すでにマンティコアとミノタウロスに荒らされ天井や壁には大きな穴が空き、美しかったオブジェなども見る影がない。
「失礼します!」
アンネリーゼとセルゲイが顔を上げると、
「お久しぶりです。 メイフォース・ダレル・ヴァン・フェリックスです」
メイフォースは、アンネリーゼ女王の前まで来ると軽く頭を下げた。
「これは!メイフォース様…お久しぶりですね」
アンネリーゼはカーテシをし、セルゲイは深く頭を下げた。
「この度はうちの者たちがお世話になってます。 先日ウルガー様とシャーロット様にはアルバレス帝国でお会いしたばかりです」
「え!? どうやってこちらまでいらしたんですか?」
「ドロシアのように転移魔法でもお使いに?」
女王とセルゲイは目を丸くして驚いていた。
二人が驚くのも無理はない。転移の扉が使えない現在、通常であればアルバレス帝国とダラムシュバラは陸路で二ヶ月弱はかかる移動距離だった。それをたったの数日で移動してきたのだ。
「魔王グレゴワールにここまで最短で連れて来てもらいました」
「魔王が!?」
「……私たちも魔王の援軍によって現在盛り返すことが出来ています」
「……………………」
三人は少しの間押し黙った。
しばらくするとアンネリーゼ女王が「立ち話も何ですからこちらへ」と椅子のある所へ誘導した。
「一つ伺ってもよろしいですか?」
着席すると、アンネリーゼはそう遠慮がちに切り出した。
「はい?」
「ドロシア・ジェイド・オブライトという娘の出自は、本当にフェリックス国では貴族の令嬢だったのですか?」
「ええ。 侯爵家の一人娘として、幼い頃より教育をきちんと受けて育ってますが……それが何か?」
アンネリーゼはセルゲイと目を合わせ、代わってセルゲイが言った。
「フェリックスでは、令嬢の教育に剣術などの実戦を教えたりは…」
「ありません。 けれど、ドロシアは人に見つからないようにこっそり剣術と馬術の訓練はしてました。 本人が好きなことだったんでね」
「そうですか…」
「何か?」
「いえ……ただの貴族令嬢が、例え見た目を変えられたとして……瞬時にあのように戦えるものなのかと不思議に思っただけです」
「あんな恐ろしい大きな魔物を相手に、怯むどころか自ら前線に立ってボロボロになるまで戦うなんて……逃げようと思えばいつでも逃げ出せたでしょう?」
「それどころか、単身で転移魔法を使ってわざわざ危ない場所へ飛び込んで来て…………普通に育った令嬢がそんなこと出来るとは到底思えなくて……」
アンネリーゼとセルゲイの話を聞きながら、メイフォースは冷静さを保つため、出されていたお茶を口に含んだ。
「ドロシアは……元々フェリックスでは幼い頃から有名な美姫でした。 それは少し魔的と言うか……本人もそれを持て余すほどで」
「美しい姫がいるという話はダラムシュバラでも聞いたことがあります。 魔的と言うと?」
「ドロシア欲しさに男は狂人と化し、女には妬まれる……そんな人間が大半で普通の貴族令嬢とはかなり違った価値観の中で生きてきてると思います」
「……なるほど。 見た目程恵まれた人生ではなかったということか」
「……ドロシア自身が、男に囲まれて愛の告白や、貰った宝石や花の数を幸せに思えるような性格ならある意味良かったのかもしれません」
「では、何に興味があったんですか?」
「うーん…どちらかと言うと自然のものというか…生き物だったり、土いじりだったり、馬術剣術だったりですかねぇ。 あと性格的にも優しすぎて社交界には不向きです」
「なるほど……それは地獄ですね」
「だから、前線で戦うことを選んだんだと思います。 ある意味自分が犠牲になることで誰かを助けられるなら本望だと考えたのでしょう」
そう言うと、メイフォースは含みのある笑顔で言った。
「まぁ、私がそんなこと許しませんが」
一見笑顔のメイフォースだが、その表情にアンネリーゼとセルゲイは、全身の震えを感じたのだった。
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