第四章

25. 魔王軍

 天を貫くように串刺しになったマスティムは、微動だにせず事切れていた。


 ドロシアは大きく息を吐き、辺りをまじまじと見渡した。至るところにマンティコアと人の躯の山が築かれていた。

 山の一角で、ダラムシュバラの国章であるシロフクロウの端切れが目に入った。


(いったいどれだけの人々が、志半ばでこの世を去ったんだろう)

(世が平和ならこんなところで死ぬことはなかったのに…)


 ドロシアは、両手の拳を強く握り締めた。





 マスティムを倒したことで、周辺にいたマンティコアが怯んだのをアンブローズは見逃さなかった。


「僕が炎で取り囲むから、とどめは任せたぞ!」


 そう言うと、数匹のマンティコアを一箇所に追い詰め、ベニーとセルゲイは目配せをし、詠唱を唱え始めた。


「太古より伝わりし破滅の剣よ、我が命に従いマンティコアを殲滅せんめつせよ!!」


 空中から召喚された剣が、マンティコアに向かって容赦なく突き刺さった。


「グアーーーーーーーーーッッ」


 断末魔の叫びを上げたマンティコアは、その場で息絶えた。





 まだどこかに残党はいないか確認するが、姿は見えない。


「やった……………のか?」


 憔悴しきった様子の魔術師団たちが、ぽつりぽつりと声に出す。


「やったーーーー!」

「終わったぞーーーーー!」

「我々の勝利だー!」


 歓喜に湧く魔術師団の一方で、ドロシアとアンブローズは次元のひずみを険しい顔で睨んでいた。










 ――突然、次元のひずみが激しく光り、大きく渦巻いた。


「なんだっ?」

「!?」


 ホッとしたのも束の間、魔術師団たちが不安そうな面持ちで上空を食い入るように見上げた。


 バチバチバチッと大きな稲妻が走ると、次元のひずみから、新たな魔物の群れがゆっくり降下してくるのが確認出来る。




 それは、巨体であったマンティコアを遥かに凌ぐ大きさであることが遠目からでも確認出来る。


 頭上には厳つい角が生え、その顔は牛そのもの。巨体を揺さぶり行進する度、地面が衝撃で小刻みに震えた。


「………………」

「う……うわーーーーーーーっっ!!!!」


 あまりの恐怖に戦意喪失し、叫び出すものや茫然自失となる者も少なくなかった。


「…ついに出てきたなっ」


 アンブローズが言った。





 数万程いたダラムシュバラの魔術師団も、すでに三分の一程にその数を減らしていた。

 帝国からの援軍もまだ到着せず、この状態でのさらなる戦いはドロシアたちにとってかなり厳しい状態を意味していた。



【まさかあのマスティムを殺るとはなっ!】


 牛頭のそれは、野太く耳障りな声で言った。


【俺様の名はタナトロス! ミノタウロスの親分だっ!】


 下卑た笑みを浮かべるタナトロスとミノタウロスたちは、粗野で気性が荒く話が通じる相手ではない。

 マンティコア程機敏ではないが、その片手に持つ巨大な斧で敵をなぎ倒す。


 巨大なミノタウロスの大軍が押し寄せてくる様子は、さながら地獄の淵のようだった。




 ドロシアは大きく深呼吸をすると、一度ひとたび瞑想状態に入るように目を瞑った。


(トロールの神様、どうか私に力を!!)


 全身のエネルギーがたぎるように集中すると、それが合図かのようにカッと目を見開いた。












 その頃、朝焼け色の美しいドラゴンが上空を猛スピードで飛翔していた。

 魔王グレゴワールの配下である、ドラゴネッティの守護獣である。


 ドラゴンは、その背中に自身の主と、魔王グレゴワール、ルイスとメイフォースを乗せている。


「あとどのくらいだ?」


 雲の上を光の速さで移動しているため、現在どの辺りにいるのかが全く分からず、ルイスが守護獣の主であるドラゴネッティに聞いた。


「あと三時間程かと…」

「まだそんなにかかるのか…」


 本来であれば、あっという間に感じる程の時間がとても長く感じた。


「……嫌な予感がする」


 グレゴワールがぽつりと空を睨み呟いた。


「奇遇だな、私もだ」


 珍しく硬い表情でメイフォースが言うと、ルイスも首を縦にゆっくりと振った。


「なるべく急がせます、落ちないようちゃんと捕まっていてください」


 ドラゴネッティがドラゴンの額を軽く撫でると、加速し目を開けるのが難しい程のスピードで滑空した。




 こうしてアルバレス帝国から、ダラムシュバラへ近づくに連れ、大気が乱れ徐々に空気が淀み重くなっていくのを感じていた。


「…………クソっ」

「次元の歪の影響がこうも出ているとはね…」

 ルイスとメイフォースは、焦燥感に駆られながら言った。


 グレゴワールの顔はずっと険しいままだ。


「ドラゴネッティ……手筈は?」

「クロンクビストに全てを任せております」

「………ならばそろそろか…」


 ドラゴネッティの言葉を聞いて、グレゴワールは彼方を睨んだ。









「ファイヤーーーーーーーッ!!!」


 ミノタウロスの大軍が攻め込んで来たダラムシュバラでは、ドロシアたちが前線に立ち、先の見えない戦いを始めていた。


 頑丈なミノタウロスはちょっとやそっとの攻撃では倒れず、立て続けに攻撃を重ねる為どうしても消耗が激しくなる。

 ただでさえマンティコアと戦ったばかりで休む間もなく連戦している為、ドロシアたちには疲労の色が色濃く出ていた。

 相当数の死者を出していたダラムシュバラの魔術師団も、勢いがなくなり明らかに劣勢となっていた。


「ストーーーーームッ!!!…ハァ…」


「ドロシア大丈夫かっ!?」

「ええ…ハァ…大丈夫よ…ハァ」


 肩で息をして苦しそうなドロシアだったが、平然を装って常に戦いの先手を打っていた。



 ゴゴゴゴ……



 突然地鳴りが辺りに響く。


 ゴゴゴゴゴゴ…


 ダラムシュバラ上空には、相変わらず大きな次元のひずみがぽっかりと口を開けているが、ミノタウロスたちも突然の地鳴りに辺りを見回した。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


【なんだ?】


 タナトロスが足元を見ながら言った。


「なんですの?」

「!?」

「地震だーー!」

「今度は何事だ?」


 ドロシアたちも激しくなる揺れに困惑していた。



 ゴゴゴゴゴゴゴ……バリバリバリバリバリッ!!!!!!!!!!



 ――突然、地面が大きく割れて陥没すると、その穴の中から一人の魔物が姿を現した。

 マンティコアやミノタウロスを見慣れていた為か、人間に近いその美しい見た目に目を奪われた。


 瑠璃色の短い髪に、赤い切れ長の瞳の美しい魔物はドロシアを見て言った。


「グレゴワール様のめいを受けやって来た。 これより、魔王軍が助太刀する!」


 そう言うと、穴の中から人型に近い形貌の魔物たちが次から次へと飛び出てきた。


【クロンクビストか……死にかけの魔王の元にいたって、先はない! どうだ? 今なら特別に仲間に入れてやるぞ?】

「相変わらずの下衆ぶりね! タナトロス!」


 言いながらその片手を鋭利な剣へと変化させると、そのまま真正面からぶつかっていった。


「もちろんお断りよっ!」


 これが魔王軍が加わった戦闘の口火を切った。


 次元のひずみからは反乱軍であるミノタウロスが続々と降下してくるが、地割れからは魔王軍が現れ、数を減らしていたダラムシュバラの魔術師団を有に超える戦力の補強となっていた。


「本当だったんだ……グレゴワールの言ってたこと…」

「人間側に魔王軍が付くと言っておったな…」


 疲労がピークに達し、倒れる寸前だったドロシアとアンブローズは力が一気に抜けその場へへたり込んだ。


「ドロシア様っ!」

「アンブローズ様っ!」

「母上っ!」


 ドロシアの元にはベニーが、アンブローズの元にはビトール・マナスが、そしてアンネリーゼ女王の元に息子であるセルゲイが駆け寄った。


 目の前で繰り広げられているミノタウロス反乱軍と、クロンクビストを筆頭とした魔王軍の戦い。

 それらを信じられない思いで呆然と見つめていた。


「白昼夢でも見ているようね…」

「本当ですね……」


ドロシアたちが前線を離脱している間に、魔術師団から回復ヒーリングが得意な者が数人召集され、体力を回復することに専念した。


ドロシアは急激な眠気に襲われ、そのまま気絶するように深い眠りに落ちたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る