23. 戦いの始まり

 大きな月が満ちてぽっかりと浮かんでいた。

 赤みを帯びたその月からは何とも言えない気味の悪さを感じる。


 さらにダラムシュバラ上空には大きな穴が口を開け、渦を巻きながらバチバチと火花を走らせていた。

 その中からは、今にも何かが這い出てきそうだった。




 王城では、各部隊の隊長クラスが女王の召集によってひしめいていた。

 各部隊共に、パターンは違えど国章の入った辛子色と紫色の制服を身に纏っており、ダラムシュバラの国獣であるシロフクロウが国章に刻まれていた。

 どこか神秘的なシロフクロウは、魔術の国であり女王の国であるダラムシュバラに相応しい。





 緊急事態によって逼迫した空気が漂う中、女王の声が響いた。


「我がダラムシュバラ上空にて、次元のひずみが現れました。 ダラムシュバラの総力全てをかけて、魔物をせん滅させます!」


『はっっっ!!』


「各部隊はそれぞれ持ち場につき、準備に取り掛かるように。 そして、女子供と老人はなるべく激戦地とは離れた場所へ誘導するように」


『はっっっっ!!』


「一人でも犠牲者の少ない戦いにしましょう! それでは頼みましたよ」


『はっっっっっ!!』


 女王の言葉の終わりと共に、犇めいていた隊長たちがそれぞれの持ち場へと立ち去った。





 数人の官僚と女王だけになった城は不気味なほど静かだった。


「女王陛下、どうか安全な場所へ移動を……」


 官僚の一人が言うと、女王は、澄んだ瞳で意気昂然としていた。


「私は此処に残ります。 仮にも一国の女王が、皆が命を懸けて戦わんとしている時におめおめと自分だけ逃げ出すなんてことは出来ません」



 ――その時。


「母上っ!」


 セルゲイとベニー、アンブローズが神殿のような造りの王城の廊下を走って来るのが確認出来る。

 アンブローズの手元には、装置ウワピトワイナーが不穏な音を鳴らしながら赤色に点灯していた。


「セルゲイ………」


「これより先は我々がお守りします」


 女王はセルゲイに向かって、いろいろな感情を織り交ぜながら頷いた。






 アンブローズは、あと数日ウアピトワイナーの完成が早ければ…という思いに駆られていた。

 完成したそのタイミングで襲撃を探知出来たとしても、出来ることは限られる。

 むしろ、突然無作為に襲われた時となんら変わらないだろう。


 本来であれば、ウワピトワイナーによって魔物襲来の場所を特定し、次元の歪が出来るその前に軍事力を整えて万全の状態で迎え撃つのが目的だった。


 そして装置の完成に夢中で、月の満ち欠けに関しての意識が飛んでいた自分の間抜けさにも腹が立っていた。



 ――そう、月が満ちるのは今日だったのだと気付いても、すでにとき遅しなのだ。

 満月の日に100%襲来があるわけではないが、それでも失念してはいけない事柄だった。


「女王陛下、装置完成が遅くなったばかりに……申し訳ありません」


 アンブローズは、女王に向かって深く深く頭を下げた。


「顔を上げて下さい。 装置完成、ご苦労様でした……遅かれ早かれこうなる運命だったのでしょう」

「…………」


 女王のその言葉が、アンブローズには余計に重く突き刺さった。


「ダラムシュバラは、魔術士の国。 数ある国の中でも軍事力はトップクラスだ! ただではやられないぞ!」


 セルゲイが言い終わると、突然天井部が大きく光った。


「!?」




 ドスンッ


 光の中から現れた人物は、そのまま勢いよく床へ落下した。


「イタタタタッ」


 半泣きで痛そうにお尻をさするのは、ここにはいるはずのない人物だった。



「ドロ……シア??」

「ドロシア様ーーーーーっ!!」



 久しぶりのドロシアに、ベニーは感極まって泣いている。


 驚き目を丸くする一同に、ドロシアは笑顔で「やったわー! 着いたー!」と一人興奮気味な様子だ。


「何でここにいる……?」

「次元に歪が出来たせいで転移の扉は使えないから、一か八かで転移魔法を使ってみたのよ」


 ドロシアは一安心した様子で、乱れた身なりを整えている。


 女王とセルゲイ、アンブローズは自然と顔を見合わせた。


「ドロシア、そなたの才能は賞賛に値する。 ドロシアがいるだけで、かなりの戦力アップだ」


「あぁ……驚いた」

「ドロシアさまぁ……グスッ」


 ドロシアは満足気な顔をした。


「追って何らかの手段で、ルイスたちもこちらへ来ると思います」





 ―――――――――――ガガガ!!





 突然、咆哮ほうこうとも地響きとも言えない身震いをするような音が聞こえると、大地が大きく揺れ動いた。


 全員に緊張感が走る。





 それは遠目で見ると、巣穴から列をなして出てくる蟻のようにも見える。

 けれど穴が上空にある為、ぼとりぼとりと下へ落ちた。



 持ち場にて戦闘態勢に入っていた魔術師団たちは、その恐ろしい生き物をひと目見て恐れ慄いた。


 獅子のような胴体、毒を持つ蠍の尾、頭部は人のようだが、鋭い牙を持つ口は耳元まで裂けている。


 マンティコアたちはその二メートル前後の巨体を活かした力技で、人間を軽く咥えて投げ飛ばした。


『ンガーーーーーーっ!』


 咆哮は脳天を揺さぶられるような怪音で、魔術師たちの正気をみるみる奪っていく。



『ひっ……怯むな、攻撃用意!』



 こうして戦いの火蓋は切られた。


 魔術師たちは恐怖が拭えない中、何とか術式を唱え攻撃に転じる。


 しかし、体躯の割に身軽なマンティコアは繰り出される攻撃を躱し、魔術師たちを蹴散らした。


『ぐわぁーーーっ』


 あちこちで対マンティコアの図が出来上がったところで、ドロシアたちも戦闘態勢へと入ったのだった。















 その頃アルバレス帝国では、皇帝クレイグが指揮を取り、各国の軍隊をダラムシュバラへと送り込む手筈を整えていた。


 開放した玉座の間には慌ただしく人が行き交い、クレイグを初め帝国の部隊を仕切る隊長陣と共にルイスとメイフォースはいた。


 二人は最も早くダラムシュバラへ到着する部隊に合流することになっていたが、それでも数日はかかる為、時間を持て余していた。


「この時間が惜しい……」


 呟くメイフォースに、ルイスも内心焦る気持ちを抑えながら頷いた。



「クレイグ様っ!」


 そこへ突然険しい顔でやって来たのは、転移の部屋で会った宰相のバルトロメーオ・ペンノだった。


 随分と焦った様子で、その強く残る印象の光る頭髪を汗で濡らしていた。


「どうした?」


「魔王グレゴワールが、に……逃げ出しました」

「!?」

「警備は厳重にしていたのですが……」



『そこまで厳重でもないがな』


 

 突然降ってきた声に辺りを見回すと、その黒い出で立ちのグレゴワールは部屋の中央へ降り立った。


 クレイグを守るように臨戦態勢に入る一同を気にかける様子もなく、グレゴワールは淡々と言った。


「我もダラムシュバラへ向かう」


 そう言うと、ルイスの方を見た。


「!?」

「貴様もすぐに向かいたいんだろう?」


 かつてないほど、おかしな顔をしているに違いないとルイスは思った。


「……別に行きたくないのなら――」

「行くっ!」


 言葉の終わりを待たずにそう言ったルイスに、グレゴワールは満足気に鼻を鳴らした。


「行くぞ!」


 王城を出ようとすると、クレイグがグレゴワールを呼び止めた。


「魔王!」


 クレイグの決して大きくはないがよく通る声が響き、その場にいた全員が固唾を呑んだ。


「……今、我をこの場に監禁しておくメリットはないだろう?」


 少しの間二人は見合い、根負けしたようにクレイグが言った。


「道を開けよ!」

「しかしっ……」

「いいから道を開けよ!」


 クレイグの命令に、集まっていた人々が一斉に通路を開けた。


 こうして、グレゴワールはルイスとメイフォースと共にアルバレス城を後にした。





 グレゴワールが去った後も、辺りは騒然としていた。


「本当に良かったんでしょうか!?」

 バルトロメーオが言うと、クレイグは思い耽るように遠くを見た。


「魔王の言う通り、今奴を閉じ込めておくことに意味はない……」










 城の周りには多くの兵が待機しており、それぞれ出発の準備を整えていた。


「ドラゴネッティ!」


 グレゴワールが呼ぶと、突然朝焼け色の髪の美丈夫の配下が現れ、グレゴワールの下へ平伏した。


「少し人目がないところまで移動するぞ」


 グレゴワールはルイスを、ドラゴネッティはメイフォースを抱えるようにして人気の少ない場所まで飛行して移動した。



 拓けた山の斜面へ降り立つと、ドラゴネッティが指笛を吹いた。


 するとそこへ、ドラゴネッティの朝焼け色の髪によく似た美しいドラゴンが空から舞い降りた。


「私の守護獣です。 さぁ乗って下さい」


 粒子のように艶めく鱗が美しく、こんなにも神々しい魔物がいるものかとルイスとメイフォースは思った。

 恐る恐る乗る際に瞳が合うが、その爬虫類のような瞳から獰猛さは微塵も感じなかった。


「では、参りますっ! ちゃんと捕まっていて下さい」


 ドラゴネッティが言うや否や、朝焼け色のドラゴンは天を翔けた。

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