22. 装置完成と共に
その頃ダラムシュバラでは、アンブローズは相変わらず装置作りに邁進し、完成まであと少しというところまできていた。
一方、ベニーもセルゲイに魔術指南を仰ぎ、技の習得を進めていた。
ダラムシュバラで浸透している魔術は術式を口頭で発動させる詠唱が基本なので、その魔術に合わせた術式を完璧に覚えなくてはいけなかった。
ダラムシュバラが教育に力を入れているのは、それ故のことだった。
「ベニー! 寄生虫を出す詠唱の途中が丸々抜け落ちてるぞ!」
「えっ!? 出でよ蟲よ、九匹の仔虫たちよ……主よ、いざそうならしめよ! じゃないんですか?」
「違うって! 出でよ蟲よ、九匹の仔虫たちよ、骨髄から骨へ、骨から肉へと、肉から皮へ、皮からこの矢へと。主よ、いざそうならしめよ! が正解だ」
「だーーーーーーーっ!!」
頭を抱えるベニーに対し、セルゲイはどこか楽しそうだ。
この二人実は同い年で、初めこそ緊張していたベニーだったがセルゲイの気さくさに次第に打ち解け、身分こそ違えど気は合うようだった。
「じゃあ次、水属性第三魔術式!」
「えーっと……この瞳に受け継がれし蒼き魂よ、我を飲み込め! 海をも割る奇跡を呼び起こし、生々流転する生命の源流に我を導け!……で、合ってます?」
「おー! 正解だっ!」
まるで家庭教師と生徒のように机に向かい合う二人は、肉体を鍛えることとは真逆の方法でその力を着々と蓄えていた。
暗闇を赤々と光る溶岩が這うように蠢いている。
ゴツゴツとした岩肌が剥き出しのこの場所こそ、反乱軍の本拠地だ。
ガルガルと獣のような唸り声が、幾重にも重なり響いていた。
「べザルー! 魔王と人間が何やら企んでるみたいじゃねーか」
巨体には牛頭がおさまり、かろうじて聞き取れるその声は、太く低く掠れていて耳障りがとても悪い。
「魔王グレゴワールはとうにその力を失っている。 人間なんかと手を組んだところで虫けら同士が集まっただけのこと」
感情の抑揚がない背筋の凍るような声の主は、その蛇のような長い舌をチロリと出して言った。
見渡す限り
その中で唯一の人型をした人物こそ、ベザルドラメレクだった。
ベザルは、白く長い髪に血色の悪い顔、白目の多いその瞳は
魔物たちが赤黒い色をしている中で、その姿はまるで燐光のように光って見えた。
「襲撃の時だ! 誰が行く?」
「今回はオレたちが行く!」
そう言って前に出たのは、人型の頭部に獅子のような胴体、毒を持つ蠍の尾を持つマンティコアだった。
「一人残らず喰い殺してやる!」
そう言うと、辺りには地鳴りのような雄叫びが轟いた。
穴の中は雷を伴う乱気流が渦を巻き、バチバチと音を立てている。
「グレゴワール……魔王の世界はもう終わりだ!」
べザルが不敵な笑みを浮かべた。
アンブローズの一挙手一投足を固唾を呑んで見守るのは、次元の歪を特定するための装置作りを任命された研究員の長、ビトール・マナスその人だった。
数十回という失敗を経て、今ようやくその苦労が報われようとしている。
もう一週間以上研究室に籠りきりで、新婚の妻のご機嫌も日に日に悪くなるばかりだった。
女王直々に下された王命であり大変名誉なことではあったが、もはや板挟みの日々にビトールの心身も限界を迎えていた。
見た目の幼いこのアンブローズという天才魔法使いは、どこから手に入れたのかは不明だがウアピゴッツという妖魚の髭を装置に利用したのだった。
その結果、かなり高精度の装置が今まさに完成の時を迎えようとしていた。
「――出来たぞ」
アンブローズが言うと、円盤のようにクルクルと回る丸いフォルムに、キラキラとした数本のアンテナのようなものが立つ装置が鎮座していた。
「おー!」
苦労を共にした研究員たちの歓声が、研究室を埋め尽くした。
「ついに……ついに完成したんですね!」
感極まったビトールの瞳からは、大粒の涙が溢れて止まらない。
「ウワピトワイナ―……この装置の名前はウワピトワイナ―と名付けよう!」
次元の歪を探知する装置の名前が決まったところで、突然そのウワピトワイナーがけたたましく鳴り響き、円盤を赤く点滅させた。
「!!」
その場にいる誰もが、あんなに苦労して完成にごぎつかせたウワピトワイナーの不具合を願った。
「月は?」
慌ててビトールが空を見上げる。
「み……満ちています…」
「クソっ……少し遅かったか」
アンブローズが全身の神経を張り巡らせ、ウワピトワイナーの指し示す位置を確認した。
エネルギー量が極端に乱れている場所こそが、歪の中核となり魔物たちが押し寄せてくる場所となる。
「……真上だ」
鳴り響くウワピトワイナーの警報の音と共に点滅する赤いランプは、これから起こり得る凶変を知らせるには十分だった。
「アンブローズ!!」
異変を感じ研究室に飛び込んできたセルゲイとベニーもまた、その完成した装置ウワピトワイナーの異様な様子にたじろいだ。
「歪の場所が特定出来た」
「どこだ⁉」
セルゲイが身を乗り出してアンブローズの答えを待っているが、本当はその場にいる全員が分かっていた。
分かっていても、認めたくなかったのだ。
「ダラムシュバラ首都…真上だ…」
アンブローズが振り絞るような低い声で、まるで死刑宣告をするように告げた。
その頃アルバレス帝国では、夜もとうに更けているというのに、あちこちから笑い声が聞こえてくるのは夜会の名残だろう。
ドロシアは久しぶりの慣れない夜会でどっと疲れ、いつの間にか寝入ってしまっていた。
けれど、彼方の方向から何とも言えない嫌なものを感じ目覚め、体を起こした。
それはドロシアの持つ魔力ゆえのものなのか、第六感のようなものなのかは分からない。
けれど、急いでダラムシュバラへ戻らなくてはいけないという思いに駆られた。
ここにアンブローズはいない。
自分のこの予感が外れたならそれでいい。
ドロシアは寝間着から普段着へもう一度着替えると、急ぎルイスの元へと向かった。
「ルイス! 起きてる?」
軽くノックをすると、すぐにルイスが扉を開けた。
「どうかしたのか?」
「上手く説明出来ないんだけど、今すぐにダラムシュバラへ戻らなくてはいけない気がす………」
話している途中で、ちょうどダラムシュバラの方向の上空が空を割くように光り、体に微かな振動を感じた。
「ドリー! ルイスっ!」
隣室のメイフォースも、すぐに異変に気付いたようだった。
「まさか今回の襲撃先は……」
ルイスとメイフォースが察知してその表情を変えた。
「ダラムシュバラ首都かっ!?」
ドロシアは自分の予感が的中したことを確認し、神妙に頷いた。
「……おそらく」
「国家の主席や手練たちがこぞっていない時を狙われたか……」
メイフォースが険しい顔をして、何やら考えを巡らせているようだ。
「今すぐにダラムシュバラへ向かいますわっ!」
「それは無理だよ、ドリー」
転移の部屋へ向かおうとするドロシアの手を掴み、メイフォースは引き止めた。
メイフォースに引き止められたドロシアは、困惑気味にルイスの顔を見ると、首をゆっくりと横に振った。
「残念だがドロシア、有事だが転移魔法の許可は下りない」
「ドリー……次元の歪が出来てしまってからでは、時空が乱れすぎてどこに飛ばされるか分からないんだ。 危険過ぎて許可出来ないんだよ」
メイフォースが諭すように言った。
「では、なんの手立てもないまま見放すということですか? ベニーもアンブローズもセルゲイ様もアンネリーゼ女王様も……下手をすれば首都近郊のアナンペトスだって…」
ドロシアの脳裏には世話になったヘンネル卿や、サリーの顔が浮かんでいた。
「ダラムシュバラの軍事力は、抱えている魔術師とその精度の高さからして相当なものだ。 それに、アンブローズもいる」
「次元の歪は、魔物を底なしに送り込むわ。 長期戦になればなる程、人間側には厳しい戦いになることをルイスなら分かるでしょう?」
「…………」
「……ここから陸路でダラムシュバラまではどんなに急いでも二ヶ月弱はかかる」
「そんな時間とてもかけられませんっ!」
ドロシアの言葉に、メイフォースは考え込んだ様子で自ら確認するように言葉を発した。
「空路なら……天馬を召喚して乗れば、それでも一週間はかかるが、今最も早くダラムシュバラへ向かう方法かもしれない」
「天馬……」
(それでも一週間………もうこの方法しかない)
ドロシアは覚悟を決めた。
「私、転移魔法を使ってみようと思います」
ルイスとメイフォースが目を見開いて、ドロシアの方へと向き直った。
「罰は後で受けます! 本当に使えるかはやったことがないから分からないけど……もうそれしかないと思うのっ!」
「しかしドリー一人が向かっても………」
「Sクラスの魔法使いが二人になります! それに私は呪い付きのトロールですからっ!」
ドロシアはそう言うと、全神経を集中して転移魔法を発動させた。
『ドロシア・ジェイド・オブライトの名において命ずる! 転移!ダラムシュバラ!』
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