21. 大切な人
王に祭り上げられたメイフォースは、臣下の期待をよそに一見飄々とした有様だった。
一方で、若干十五歳の子供が君主になったことで、それを面白く思わない輩の炙り出しを粛々と進め、周りをより有能な臣下で固めていったのだ。
こうして、すでに在位七年の食えない王となった。
事件後、ルイスは安静を言い渡されていた兄を見舞いに行った。
「兄上…」
恐る恐る声をかけ部屋に入ると、全身傷だらけで包帯を巻かれたメイフォースが、いつもと変わらず穏やかに微笑んでいた。
「ルイスに怖い思いをさせて悪かったな。 よく頑張ったぞ」
傷だらけの兄が、なぜ自分を心配して笑顔でいられるのか、ルイスは理解に苦しんだ。
けれど幼心ながらにこの瞬間、ルイスはメイフォースの為に今度は自分が盾になれるように強くなろうと心に決めたのだった。
『
そして、白銀の雪のように冷たく汚れのない
城内で、兄の相手にドロシアを正式な婚約者とする動きがあったようだが、なぜか一向に話は進まなかった。
けれどルイスには、兄がいつも誰を目で追っているのか、なぜ適齢期になっても伴侶を選ばないのか。
嫌という程その現実を突き付けられていた。
美しい深紅の髪が脳裏を過る。
トロールになったドロシアから告白された時、その想いに応えられなかったのは決してその姿形が原因ではないことをルイス自身が一番良く分かっていた。
部屋に戻ったルイスは、独り呟いた。
「全て見透かされている……か」
良かれと思ってしたことが、結果いろいろな人を傷付けてしまった。
ドロシアが自分自身と向き合っているように、ルイスも自分自身と向き合わなくてはいけないことを痛感した。
※
グレゴワールは、シェスティンの兄と名乗ったジョセフ・ラードナー・アルバレスを目の前に動けずにいた。
「あの日、姉の乗った馬車が襲われたと報せが入り、父は現地に赴いた」
ラードナーは目を瞑り、思い出すように言葉を絞り出した。
「辺りは黒く焼け焦げていたが、躯の中に姉を確認することが出来なかった父は、すぐさま
ラードナーの声は低く小さかったが、とてもよく響いて聞こえた。
「そして―――浮上したのが魔王…お前だ」
そう言うとグレゴワールに目線を合わせた。
「野盗を
「フンッ……人間様も随分と野蛮だな」
グレゴワールは、あの状況下では誤解が生じても仕方がないと妙に落ち着いていた。
「そうだな…今思えば、そんな行動がまた世界が破滅に向かう一端になったのかもしれないな」
「…………」
「しかしある日、姉が突然帰って来た。 そして父に言ったのだ、全ては腹違いの妹とその母親、姉の婚約者だった男の企みで、魔王はただ自分を助け保護しただけだと……」
「………………」
グレゴワールはあの日引き留められなかった愛する人の後ろ姿を思い出した。
シェスティンは、戦うために戻る選択をした―――それはもちろん、幸せに暮らす未来のために。
「庶子であった妹とその母親、婚約者だった男は、真偽を確かめる為の魔法裁判にかけられた。 結果は真っ黒、関係者もろとも情け容赦なく処刑されたさ」
ラードナーは軽く笑ったようだった。
「私にとっても腹違いの姉ではあったが、品の欠片もない嫌な女だったから、別に何とも思わなかったよ。 それよりもシェスティンが帰って来てくれたことの方が嬉しかった」
「……………」
シェスティンの柔らかな笑顔は、魔族たちの間でも密かに人気があった。
それが実弟ともなれば、どれほど慕っていたかグレゴワールには簡単に想像できた。
「シェスティンの命を狙っていた者が処刑されたのなら、シェスティンはその後穏やかに暮らせたのではないか?」
グレゴワールは、自分の元へ帰らなかったシェスティンのその後を気にしつつも、どこかで人間の男と契を交わし穏やかに暮らしたことを想像していた。
「姉は死んだよ。 お前の子を生んで」
「!?」
グレゴワールは全く想像していなかった言葉に、雷に打たれたような衝撃を覚えた。
「姉が城に戻ったしばらく後、身籠っていることが分かった。 父は何としても堕胎させる方向に持って行きたかったが、姉は頑なにそれを拒んだ」
グレゴワールは、自身の心臓がドクドクと脈打ち、背中から冷たい汗が流れ伝うのを感じていた。
「人間と魔族の血が混ざった子だ……母体にどんな影響があるか分からないと医者も説得したが…姉の意志は変わらなかった。 結局姉は子を産み落とし、そのまま還らぬ人となったよ」
「!!!!……シェスティンが子を産み落として死んだ? ………子供は? 子供はどうなった!?」
グレゴワールの声は、自然と大きくなった。
「元気な男の赤ん坊だったよ。 けれど―――父は最期までその子を姉の子だと認めなかった」
「子供は…子供はどうなったんだ!?」
なんて不思議な感覚だろうとグレゴワールは思った。
今まで考えたこともなかったのに、自分に子供がいるかもしれないと思った途端、その子供のことが気になって仕方なかった。
「養子に出されたよ。 その後のことは私も知らない」
「…………」
シェスティンが、自分との子供を生んで死んでいた。
だから戻ってこなかったのかとどこか安堵する自分もいたが、一人孤独に子を生んでこの世を去ったかと思うと、胸が張り裂けそうだった。
自分が側にいられたなら―――。
そんなことを今更思ったところで、どうにもならないことは分かっている。
でも、シェスティンのお腹の中で芽生えていた命を、彼女が愛しく思わないわけがないこともグレゴワールは分かっていた。
きっと思い描いていただろう。
たくさんの幸せな未来を―――。
『ただいま』
そうフワッとやって来て、自分によく似た子を少し得意気に『抱いてあげてください』と言って連れてきただろう。
グレゴワールの頬を自然と流れ落ちるものがあった。
それを見たラードナーは、白く濁っていた瞳に色を宿した。
「魔王の姉上に対しての愛は……本物だったのか」
よく見ると、その瞳の色はシェスティンとよく似た紫色だった。
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