13. 現地調査

「それではいったい…。 魔物を率いてるのは魔王ではないのか?」

 アンブローズとドロシアが顔を見合わせる。

 説明をするには、あまりにも多くのことが複雑に絡み過ぎていた。



「魔王軍は現在、我々の味方だという認識でいます」


 顔色が変わったセルゲイに対してルイスが冷静に向き合い、悟られないよう心の中で大きく溜息を吐いた。


(結局事の詳細を話さなければムリってことか)



「魔王軍が我々の味方とはどういうことだ⁉」


 先程までの友好的な雰囲気とは打って変わって全身から警戒の色を漂わせているセルゲイたちに、ルイスはそれを意にも介さない様子で事を荒立てないように慎重に説明することにした。


「ドロシアがこのような姿になったのには魔王が関与しています。 よってドロシアがいる限り、魔王は我々に手出しはしません」


 セルゲイがドロシアの顔を見る。


「本当です。 私は魔王の伴侶に選ばれ、この姿に変えられました」


 魔術師団がザワザワとどよめいている。


「魔王はドロシアを伴侶としない限り力を出せません。 しかし、当事者であるドロシアにはその気がないのです」


「魔王の託宣か…」


 セルゲイがドロシアを見て呟いた。


「しかし反乱軍は日増しにその勢力を増しており、すでに魔王軍もそれに対抗する術がありません。 そこで人間側について反乱軍を討伐するという共通の目的があると認識しています」


「……なるほど。 事は思ってた以上に大変な事態になっているようだな。 貴殿たちが母上に謁見を申し出た理由も納得する」


「ご理解して頂き感謝致します」


 ルイスが礼を言うと、その場の空気が再び緩やかなものへと変わった。


「では、話の腰を折っている場合でもない。 速やかに現地調査をして終わらせよう」

 そうセルゲイが言うと、魔術師団たちは返事をしてそれぞれの持場についた。



 この調査で、魔物襲撃にはある一定の条件があることが分かった。


 襲撃は決まって月が満ちている時に起こり、空から次元のひずみを使って大量の魔物を送り込んでいた。

 それ以外の発生条件や出現場所の特定は、今回の調査では分からなかった。


「場所の特定が出来ないから、毎度いたちごっこが続いている。 その度にダラムシュバラはいくつもの村や街を失ってきた」


 セルゲイの言葉に、アンブローズが思案する。

「満月ということ以外に、出現場所を特定することが出来ればいいのですが……」


「次元を歪ませるって相当なエネルギー量ですわよね? 事前にその歪みのエネルギー変化を察知出来れば…」

 ドロシアの発言にアンブローズが開眼する。


「それだっ! 空間のエネルギー量に著しい変化があれば分かる! それを探知できる道具を作ればいい」


「そんな道具を作ることが可能なのか?」


「僕を誰だと思っているんです? アンブローズ・ザーンキルトンですよ」

 そう言うと、アンブローズはセルゲイに向かって不敵に笑った。











 その頃魔王城では、僅かな手下を使ってグレゴワールが反乱軍について調べていた。

 空には暗雲が立ち込め、稲妻が空を裂いた。


「グレゴワール様」


 魔王の膝元にひれ伏したのは、瑠璃色の鮮やかな短髪の女魔族クロンクビストだ。


「やはりグレゴワール様の思惑通り、反乱軍の背後にいるのはベザルドラメレクの可能性が高いです」


 闇の中で時折稲妻がグレゴワールの顔を浮かび上がらせる。その顔はとても硬いものだった。


「ベザル…生きていたか。 蛇のような奴め…」


「現在ベザルの元には、タナトロス率いるミノタウロスやオーク、ゴブリンやガーゴイルなどが相当数集まっていると思われます」


「たかがガーゴイルと言っても、先の襲来のような数だとかなり手こずるぞ…。 それがオークやミノタウロスレベルになったら人間と魔王軍とが手を組んでもかなり厳しい戦いになる」


「………」


 クロンクビストが切なそうにグレゴワールを見つめると、堰を切ったように語り出した。


「どうして託宣の下りた相手と契りを結ばれようとしないのです? グレゴワール様の力さえ完全なものになれば、魔界はおろか人間界や精霊界も意のままに出来るくらいの力があるのに……」


「買い被りすぎだクロンクビスト。 いくら我が完全体になっても、そこまでの力はない」


「シェスティン様と出会われてから、グレゴワール様は変わられました。 圧倒的な力を持ち合わせ、冷酷無比だった方が、どこか人間的な感情を持つようになりました」


 クロンクビストを見下ろすグレゴワールの顔付きは、切なそうに歪められた。


「その名を軽々しく二度と口にするな! 我は何も変わっていない。 契りだって結ぼうと思えばいつでも結べるんだ! だがそうしたところで、また人間界を巻き込む長い争いになっても意味がない」


 暗闇の中で、グレゴワールの掠れ抑揚のない声がやたら大きく響いた。


「我はもう…無常なる時を過ごすことに疲れたんだ」











 ダラムシュバラの魔術師団は、その役目を終え帰路につこうとしていた。


「ルイス様、それでは一足先に戻りお待ちしています」

 セルゲイは来た時と同じようにその手を差し出し、ルイスがその手を握り返した。

「はい。 我々もすぐに後を追います」


 手を振る魔術師団を、その姿が見えなくなるまで見送った。

 いつの間にか空は茜に染まり、街を行き交う人々も一日の仕事を終えた様子の者が多く見受けられた。


「だーっ! やっと終わったー!」


 魔術師団を見送った後、ヨロヨロと地面に倒れ込んだベニーは長い緊張感から解放された安堵で、情けない声を出した。


「俺は皆さんと違って貴族といっても端くれですし、高位の方につく執事の家系ではあるけど、場慣れしてないんですよ〜」

「普段兄上と普通に話してるのに?」

「いやっ! 全然普通ではないですよ!? ただメイフォース様は歳も同じで幼い頃から知ってますし…」


 一人アタフタと地べたに腰を下ろしたまま話すベニーを見て、皆がクスクスと笑った。

 ベニーのこういった素直で少し間の抜けた空気感が、各々の中にある思惑や緊張をときほぐしていた。

「ヘンネル卿のお屋敷に戻りましょう! 今日で本当に最後ね!」

「明日にはいよいよダラムシュバラ首都へ向けて出発だな」


「あっ!」

 突然口をあんぐりと開けて、手で覆うドロシアをルイスが訝しげに尋ねる。

「どうかしたのか?」


「ルイス! ヘンネル卿に王弟であること言ってなかったでしょ!?」

「それが何か問題あるのか?」

 ルイスは全く変わらない表情でいい放つと、ドロシアを背に歩き始めた。

「無礼を働いてしまったって青い顔してフラフラと帰って行ったわよ。 気にしなくていいって何度も言ったのに」

「全然気にしてないし…むしろ感謝しているくらいだが…」

「早く戻ってフォローしてあげて」

「フォローも何もないだろ」

 帰り道を進むルイスを追いかけながら、ドロシアはヘンネル卿の様子を詳細に語ったのだった。






「ル…ルイス様! この度は知らなかったとはいえ失礼致しました!」

 ヘンネル卿の屋敷へ着くと早々に、屋敷の主は深々と頭を下げた。

 ほら見たことか…という顔でドロシアがルイスを見ると、ルイスはそれをじろり見返した。

「ヘンネル卿、顔を上げてください。 私はヘンネル卿にお世話になり、感謝していますし、無礼と思ったことは一度もありません」

 そう言うとヘンネル卿はゆっくりと顔を上げ、潤んだ瞳でルイスを見上げた。

「ルイス様……」

「私の方こそ、初めに伝えておくべきことが抜けてしまったことで、ヘンネル卿に変な心労をおかけしてしまった。 申し訳ない」

 頭を下げるルイスを、青い顔で必死にやめさせようとしているヘンネル卿を見て、ドロシアはこの光景ももう見られなくなるんだと思うと急に寂しさが過った。


(アナンペトスはいい領地ですわね…。 領主は人間味の溢れる気概のあるお方だし、お屋敷で働く人たちもいい方ばかり。 こんなに居心地のいい場所はそうないわ )





 ヘンネル卿の屋敷での最後の晩餐は、ここへ来た時以上に豪勢なご馳走が並んでいた。

 七面鳥を丸ごとグリルしたものや、野菜やフルーツがふんだんに使われた色とりどりの前菜に目を奪われた。


「皆様のこれからの旅も神のご加護があることを心より願っております」


 ヘンネル卿の心遣いに感謝し、一同はいただきますと手を合わせて心ゆくまで食事を楽しんだ。





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