12. 魔術師団
疲れも癒えたところでそろそろ荷造りをしてダラムシュバラへ出立しようと考えていたルイスの元へ、慌てた様子のヘンネル卿がやって来た。
「ルイス様!」
「どうかしましたか?」
「準備をしているところ大変申し訳ないのですが、もう数日滞在してはもらえないでしょうか?」
ただならぬ様子のヘンネル卿に、ルイスは詳細を聞くことにした。
「出来たらなるべく早くダラムシュバラへ向かって、アンネリーゼ女王に拝謁しようと思っていたのですが……」
「先程そのダラムシュバラの官僚から手紙が届きまして、先日の魔物襲来に関しての調査のため魔術師団を派遣したとのことでして……」
「……なるほど。 そう言うことでしたか」
(魔術師団か…調査をするということは当然経緯を説明しなくてはいけない。 アンネリーゼ女王に直接説明すれば済む話がかえって厄介なことにならなければいいが)
ルイスは指を顎に当て少し考えると、表情を変えることなく淡々と応えた。
「分かりました。 では、魔術師団到着までもう少し滞在させてもらいます」
そう言うと、ヘンネル卿の顔に安堵の色が浮かんだ。
「よろしくお願いします」
こうしてダラムシュバラの魔術師団到着までの数日間、ヘンネル卿の屋敷滞在を延長することになったのだった。
もはや恒例となっている応接室での会議では、先の件についての話題が上がっていた。
「ダラムシュバラの魔術師団と言えば、周辺国の間でもかなりのエリート集団という話ですよね」
ベニーは執事としての腕が鈍るからと、使用人を説き伏せて最近では自ら給仕する役目をしている。
『ドロシア様に自分の淹れた紅茶を飲んでもらっている時が一番幸せだ』と常々語っていたくらいだから、満面の笑みで手ずから淹れた紅茶を出していた。
「元々ダラムシュバラは魔術に力を入れている国だからな…他国と比べても圧倒的に魔術師の割合が多いはずだ」
「あのアンブローズ! ちょっといいかしら?」
「ん? 何だ?」
アンブローズに質問したドロシアは、腑に落ちない様子で眉をハの字にしている。
「魔法使いと魔術師って、何が違うの?」
「フッ」
紅茶を飲んでいたルイスが、珍しく少し小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「ちょっ!! ルイス失礼ねっ!!」
「いや……すまない。 かなり初歩的な質問だったもんだから」
「え? そうなの?」
「魔法使いは潜在的な魔力を扱う者たちを言う。 魔術師は学術的な知識として習得したものを扱う者たちのことを言うんだ」
「え?」
アンブローズの説明でも理解出来ていないドロシアに、横からルイスが割り入る。
「ドロシア…君のように魔法使いは素質がなければなれないが、魔術師はアカデミーへ行ったり知識があればなれる」
「なるほど! そうなんですわねー!……ってちょっと!!」
ドロシアは全員にクスクスと笑われながらも、悪い気はしていない。
「ダラムシュバラでは、魔術師を育てるアカデミーに力を入れておるからな」
「へー…ではフェリックス国の魔法使いたちとはまた毛色が違いそうね?」
「そうかもしれないな…」
アンブローズは気のない返事をすると、ベニーの淹れた紅茶を美味しそうに味わっていた。
ダラムシュバラから魔術師団が到着したのは、手紙が届いた翌日のことだった。
「思ったよりだいぶ早いな」
「ここアナンペトスはダラムシュバラ首都から最も近い領地になるので、準備さえ整えばそう時間はかかりません」
「なるほど」
ヘンネル卿の後に続いて、現地に到着したという魔術師団の元へと向かうことになった。
魔物が襲来したアナンペトスに魔術師団が来たことで、領民たちがざわついていた。
そこへドロシアたちがやって来ると、喜々とした様子で代わる代わる声をかけた。
「トロール姫様!」
「トロール姫様たちだ!」
ドロシアはだぼたぼのローブを着て
魔物襲来の中心地に到着すると、十二名程の魔術師団が整列してドロシアたちを待ち構えていた。
辛子色と紫色の配色の国章が入った制服を着用している。
「魔術師団の皆様、ようこそおいで下さいました。 私、ここアナンペトスの領主フーゴ・ヘンネルです」
そう挨拶をすると、魔術師団の長と握手をした。
「魔術師団団長のセルゲイ・ムーラン・ボルテールだ」
そう名乗った団長は、
体躯は筋肉隆々として、魔術師らしからぬ立派なものだ。
「セ…セルゲイ様でいらっしゃいましたか!」
慌てた様子のヘンネル卿は、後ろを振り返ると人物の説明を手短に始める。
「セルゲイ様はアンネリーゼ女王様のご子息で第一王子でいらっしゃいます!」
「…なるほど」
そう言うと、ルイスがすっと前に出て手慣れた様子で挨拶をした。
「セルゲイ様、初めまして。 私はルイス・エルネスト・フェリックス。 フェリックス国から来ました」
「フェリックスのルイス様…王弟殿下の?」
「…はい」
「フェリックスのルイス王子でしたか! まさか魔物襲来の現地調査でお会いするとは…」
二人はがっしりと握手をした。
「アンネリーゼ女王に拝謁するために、ダラムシュバラへ向う道中で魔物に襲来されて…」
王家同志、高貴な雰囲気の中立ち話が続く中で、ヘンネル卿の様子がどうにもおかしいことに気付いたドロシアは声を掛けてみた。
「ヘンネル卿? どうかされたんです?」
「存じあげませんでした…」
「え?」
「ルイス様がフェリックス国の王弟殿下であったなんて…」
絶望感で顔を真っ青にしているヘンネル卿に対しドロシアは、あらそんなこと?と言った様子だ。
「そう言えば姓まで名乗らなかったし、敢えて言わなかったような気がしますわ」
「どこかの貴族の方だとはお見受けしましたが……とんでもないことを…」
「全然気にしてないから大丈夫ですわよ」
オロオロしているヘンネル卿をよそに、ルイスがドロシアを呼ぶ。
「ドロシア!」
「はい」
セルゲイの前に立ちルイスと目を合わせると、頷き目深にしていたフードを持ち上げた。
「初めましてドロシア・ジェイド・オブライトと申します」
『ヒッ! 化物っ!』
ドロシアの顔を見ると、短い悲鳴や蔑むような視線がドロシアを突き刺した。
(この感覚は久しぶりね)
「お前たち黙れっ! 失礼じゃないか」
セルゲイが部下たちを叱責すると、その場は静かになった。
「わけあってこのような姿で申し訳ありません」
「いや…こちらこそ、部下が失礼な態度を取りすまなかった」
セルゲイはトロールのドロシアに怯むことなく、一貴族の令嬢として接してくれた。
「しかし…ドロシア? どこかで聞いたような気がするのだが…もしかしてかの国で有名な
その言葉を聞いて、再び魔術師団たちがざわめき出す。
「ちょっと失礼する」
そうセルゲイが言うと、短い呪文を唱えドロシアへ向けてかけた。
すると、呪いにかけられる以前のドロシアの姿が、トロールのドロシアに重なり浮かび上がった。
『おぉーー!!』
それを見た魔術師団たちは、先程までとはまた違った意味でのざわめきが起きた。
「これは…噂に違わぬ…いや噂以上の美しさだな」
セルゲイが感嘆の声を漏らすが、すぐに平静を取り戻す。
「しかしどうしてまたこんな姿に?」
「それを話すと長くなるので、出来ればアンネリーゼ女王拝謁の際に一緒にお話し出来たらと思うのですが」
ルイスがセルゲイに提案する。
「それは構わないが…と言うか、魔物襲来を食い止めた一行というのは貴殿たちで相違ないのか?」
やっと本題に入れるという思いと、セルゲイが話の分かる人物で良かったと安堵しながら、ドロシアたちは「はい!」と力強く返事をしたのだった。
魔術師団は、魔物襲来当日の様子を事細かくドロシアに聴取した。
「では、魔物たちは次元の
「はい。 それはもう空を覆う勢いで…」
「しかし…次元に
そう言い、セルゲイが酷く考え込んだ様子でいると、アンブローズが声を掛けた。
「フェリックス国、王国筆頭魔法使いのアンブローズ・ザーンキルトンです。 セルゲイ様、反乱軍のボスがミノタウロスだというのはご承知おきですか?」
「王国筆頭魔法使い…アンブローズ・ザーンキルトン………」
セルゲイがそう呟き、何かを思い出したのか突然目を見開きアンブローズに向って指を差す。
「アンブローズ・ザーンキルトンだってーーー⁉」
セルゲイの声に、他の団員もザワザワとアンブローズの方を見ている。
「ちょっとアンブローズ…あなた魔術師団に何かしたの?」
「いや、何も」
そう言いながらも、アンブローズは目を合わせようとしない。
「我が魔術師団に魔法の特別講師として迎えたことがあったのだが…。 やれ要領が悪いだ、才能の欠片もないわ…こんな実践に向かないものはないだー散々好き勝手言って団員をズタボロにしていったあのアンブローズか」
セルゲイの言葉にドロシアはアンブローズを睨む。
「ちょっと! どこが何もよ! 散々なことやらかしてるじゃない」
アンブローズはそのまま明後日の方を見て言った。
「僕は嘘はつけないし、全て本当のことを言っただけだ」
ドロシアは国を発つ前の地獄の一週間を思い出し、同情交じりの深い溜息を吐いた。
「セルゲイ様申し訳ありません」
「い…いや過ぎたことだ」
そう言うと、セルゲイはアンブローズに改めて向き直った。
「アンブローズ、先程の反乱軍のボスがミノタウロスだという話だが……我々はそこまで把握出来ていない」
「現在我々が確認している反乱軍のボスは、ミノタウロスのタナトロスという者だと把握しています。 しかし、タナトロスに次元に
そういい放つアンブローズの瞳は、
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