10. 襲来
煌々と輝いていた月が闇に呑まれ、砂塵が猛烈な勢いで吹き荒れた。
「キャッ」
思わず両手で顔を覆い体勢を低くすると、グレゴワールが空を睨んだ。
「きたな…」
月を陰らせたのが雲ではなく魔物の群れだということに気付いた時には、すでに目前にまで迫っていた。
「キシェーーーーーー!!!」
金切り声を上げながら無数のガーゴイルの群れが上空から襲い掛かる。
「ドロシア・ジェイド・オブライト! お前は守らなければならない程弱くはないな!」
すでにドロシアの手中にはバチバチと今にも放電しそうな雷光を蓄えていた。
「守ってもらうなんてくそ食らえだわっ!」
ドロシアがそう言うと、グレゴワールはニヤリと口角を上げた。
「あれー?魔王もいるぞ!」
「これはかえってラッキーだぞ!」
「やっちまえーー!」
口々に叫びながら、ガーゴイルたちがいっせいに襲いかかってきた。
バリバリバリバリッ
「!!!」
宿屋で休んでいたルイスとアンブローズがただならぬ様子を察知して起き上がった。
「なんだ?」
「急いでドロシアの元へ行こう! ただならぬ気配がする!」
「グゴー…ふにゃふにゃ」
「おいっ! ベニー! 起きろ!」
脇で気持ち良さそうに一人眠るベニーにルイスは溜め息を吐き、揺さぶり起こす。
「僕は先に行く!」
そうこうしてる間に、アンブローズが飛び出していく。
「おいっ! ベニー! ドロシアが危ない! 行くぞ!」
「ドッ…ドロシア様ー! 今行きます!」
一人寝巻きで飛び出そうとするベニーの裾を掴み、再び深い溜め息を吐くルイス。
「そんな格好でどうやって戦うつもりだ? いい加減起きろ! 俺は先に行くぞ!」
そう言うと、ルイスも慌てて宿屋を飛び出した。
「待ってくださーい! ルイス様ー!」
そう言いながら、慌てて着替えながらベニーも後を追った。
ドロシアは天を裂くような激しい稲妻と共に、特大級の魔力の塊をガーゴイル目掛けて放った。
閃光は一瞬白昼のように一帯を照らし、その刹那無数のガーゴイルが感電し黒い無機物となって大地に転がっていく。
ボタリボタリと落ちる者もあれば、その原形すらとどめていないものもある。
深紅の美しい髪に強力な魔力が不思議な色となって纏い、妖しく靡いていた。
思わずその光景を見て、軽く感嘆の口笛を鳴らすグレゴワール。
「恐ろしい才能だな」
けれど、ドロシアの魔力に驚いている時間はなかった。
次から次へと魔物たちの群れは襲い掛かる。
数の多さから一度にたくさん仕留められる魔法を酷使する為、激しく消耗した。
グレゴワールも不完全とは言え十分な魔力を駆使しながら戦うが、拉致があかないことに苛立ちを覚えていた。
「この数のガーゴイルはどこから湧くんだ⁉」
「上空に魔界と繋がる穴が空いておるな」
グレゴワールが声の方向を見ると、ぶかぶかのローブを纏う赤い瞳の少年と瞳が合う。
烏の濡れ羽色の髪が、上空に吸い込まれるように揺らめいている。
「魔王グレゴワールだな。 なぜそなたが魔物と戦っているのか分からぬが、今はこちら側という認識でいいか?」
外見とその中身の違和感に一瞬驚くが、グレゴワールは短く「ああ」と返事をする。
「では、共に駆逐しよう!」
そう言うと、アンブローズが杖を地面に強く叩きつけ詠唱を唱え始める。
「ドロシアっ! 上空の
「!!」
そう声をかけ、火球が天高く放たれた。
ゴゴゴー
無数の魔物が燃え尽き現れたのは、ぽっかりと口を空けた大きな異空間へと繋がる穴だった。
「その穴から無数の魔物が押し寄せてる! 穴を塞ぐぞ!」
「塞ぐって? どうやって?」
「あの
グレゴワールが穴を見ながら答えた。
「ドロシアと魔王と僕の魔力を集めてぶつけよう」
「でも…私たちが魔力を集めてる間に魔物たちに襲われたら…」
「その間は俺たちが戦う!」
「ルイス! …ベニー!」
ルイスがグレゴワールを横目で見る。
「なぜ魔王がいるのかはまた後で聞く! とりあえずなるべく早くあの穴を塞いでくれ!」
そう言うや否や剣を抜き、近くにいるガーゴイルたちを瞬殺していく。
ドロシアたちは持てる限りの力を尽くし、特大級のエネルギー体を集めていく。
その間にも魔物たちの群れは襲い掛かり、二人で相手をしているルイスとベニーに疲れの色が見えていた。
魔物たちも好機と捉えてさらに攻撃の手を強くした。
ふと一匹のガーゴイルの攻撃を避けたベニーが、さらに別方向から攻撃してきたガーゴイルに剣を弾かれる。
手ぶらになり攻撃を必死でかわしていたが、徐にガーゴイルが持っていた斧を降り下ろした。
「‼」
殺られる!そう思い目を瞑ったベニーだったが、いつまでたってもその衝撃はこない。
「ドロシアまだかっ⁉ もう限界に近いぞ!」
至近距離で聞こえるルイスの声に薄目を開けると、ベニーを守るように立ち、複数のガーゴイルをなぎ倒す銀の騎士の姿があった。
「ル…ルイス様…」
「しっかりしろ! ベニー・クリストファー・ボールドウィン」
そう言うと、腰に差してある剣を投げ寄越した。
「あっありがとうございますっ」
再び剣を握り、二人はガーゴイルを駆逐していく。
三人の集めた魔力はもう十分な力を蓄えていた。
膨大なエネルギーの塊は、ゆらゆらと不気味に揺れながら時おりバチバチと電流を走らせている。
「もうそろそろいいんじゃないかしら?」
「ねぇ?」
「もういいでしょ?」
「ねえってば!」
一人息巻くドロシアに、冷静な二人は好機を沈黙しながら待っていた。
グレゴワールの瞳がカッと開くのと同時に、アンブローズが声を掛けた。
「今だっ!」
膨大なエネルギー体が、次元の穴に向かって放たれる。
ボッカーーーーーーーーン
ぶつかるエネルギーとエネルギーの大きさに大爆発を起こし、その振動で大地は大きく揺れた。
先程までの喧騒が嘘のように、静まり返っていた。
ルイスが剣を振りガーゴイルを倒すと、あれ程次から次へと湧いて出た魔物たちの姿が消えていた。
「フゥ…終わったか…」
一時危なかったベニーもルイスの助けで立て直し、無事生還出来たことに安堵しその場にへたり込んだ。
「あぁぁ…生きてるー!」
ドロシアはジンジンと脈打つ両手を眺め、先程までに感じていた三人の気が混じった大きなエネルギーの名残を感じていた。
暗かった空がいつの間にか白み、戦いが長かったことが窺える。
ドロシアたちが戦っている間、街の人々にも影響が出ていた。
ダラムシュバラ周辺は続々と魔物に襲われ、一晩で焼きつくされた街や村が少なくはない。
【ついにここにも魔物の手が来たか!】と逃げる者や戦いの準備をする者、襲われ怪我をする者など様々な様相を呈していた。
しかし、化物御一行が魔物の群れを倒したという現実を目の当たりにして、一晩でドロシアたちの扱いが百八十度変わることになる。
「勇者様だーー!」
「トロールの姫様たちが魔物を倒したぞーー!」
ドロシアたちに一斉に群がろうとする人々の気配を感じ、グレゴワールがマントを翻す。
「ドロシア! 我は一旦戻る!」
「え…ええ…」
「少し気になることもある…」
そう呟き、姿を消した。
「………」
「ドロシア、どうして魔王がいたのか説明してもらうぞ」
いつの間にか近くにいたルイスに驚くが、説明する前に民衆たちに取り囲まれてしまった。
「ありがとうございます」
「おかげで身重の妻や幼子が助かりました」
「本当に命の恩人です」
口々に感謝の意を示す人々は歓喜に溢れていた。
ドロシアは恐れや嫌悪の対象となっていた自分の扱いに慣れ始めていたので、不思議な気持ちでそれを見ていた。
「トロールのお姫様、この度はダラムシュバラのアナンペトス領を魔物からお守り下さり本当に感謝致します」
灰青色の髪と髭を蓄えた身なりの整った老人が挨拶をする。
「
そう挨拶をすると、ドロシアたちを見回す。
激しい戦いで、体は傷付き服は擦りきれ、疲労困憊していた。
「夜通しの戦いでさぞお疲れでしょう。 一先ず私の屋敷でゆっくりおくつろぎ下さい」
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