第512話 既定路線



嵐の様なと表現するのに相応しい勢いで、ありとあらゆる角度から触手による乱舞が繰り出される。

しかし......その動きは単純で、虚実も無ければ連携という概念すらもないようだ。

ただ真っ直ぐ俺に向かって繰り出される攻撃は、中々の速度と威力なのだろうが......ただそれだけだ。

しかも、左程自由自在と言った感じに触手を動かすことが出来ないようで、攻撃が放たれてから俺の元に届くまでの間に俺が移動すれば、何もない地面に向かってそのまま振り下ろしてしまうのだ。

まぁ、でもこの戦闘中の間に色々と学習している相手だ。

突然複雑な攻撃をしてこないとも限らないし、とっとと決めてしまおう。

繰り出される触手の大半を無視して俺はバランスを崩しているボスに接近する。

近づいた俺にボスは剣を振るうが......剣で攻撃する時は何故か触手の攻撃が止まるんだよな......。


「まぁ、楽でいいけどさっ!」


振り下ろされた剣を躱した俺は蹴りを放とうとして......途中で軌道を変え足を地面に振り下ろす。

俺の足を迎撃する様に、触手がボスの脇腹から触手が放たれたのだ。

俺の蹴りを脅威とみなした感じかな?

攻撃というよりも、水弾を吸収したみたいに触手で迎撃しただけって感じではあるけど、この程度であればまだ見てから反応出来るレベルだ。

思考加速様様だね!

俺は振り下ろした足を軸として、その勢いのまま回し蹴りをボスの横腹に叩き込んだ。

またも吹き飛んで行く相手を追いかけながら考える。

恐らく、俺が手首を斬りつけた時に弾くことが出来た事で、俺の攻撃に対しては硬化することが有効と学習してそれを実践しているのだろうけど......正直ずっと体が硬いだけならその方が俺にとっては有難い。

軟体と硬化を混ぜられる方が恐ろしい......あの時弾かれたのは失敗だったけど、結果としてその後が楽になったと考えれば良かったのかもね。

勿論、俺の攻撃に対して柔らかい状態で受ける可能性を、完全に排除したわけでは無いけど......そのやり辛さをこいつが認識する前に終わらせたい所だ。

先程と同じように触手を地面に突き立てて動きを止めたボスは、続いて部屋を埋め尽くすような太い触手で大きく薙いできた。

避けられるなら避けられないサイズで攻撃すればいいじゃないといった、頭の悪い......もとい、実に理にかなった攻撃だろう。

とは言え、流石にこのサイズは無理があったのか、どす黒い紫だった体色は薄くなり、向こう側が透けて見えている。

まぁ、向こう側が透けて見えているからと言って硬質化している以上、強度はしっかりあるのだろうけど......。

さて......俺の背後にある壁まで届いている以上、後ろに下がっても躱すことは出来ず......地面を削りながら迫ってきている以上しゃがんで躱すことも出来ない。

さらには天井をこそぎ落としながら触手が向かって来ているので跳んで躱すのも不可能だ。

斬り飛ばそうにも、自分の身体よりも大きなものを一刀両断出来る程の剣豪ではないし、そもそも手元に剣はない。

強化魔法で力比べ......まぁ、負けるとは思わないけど、軟体だと体が埋もれてしまう危険性がある。

流石に石壁くらいじゃ簡単に崩されるだろう。

空間魔法の固定で壁を作る方法もあるけど......もっとシンプルに行こうと思う。

俺は素早く天地魔法で地面に穴を掘って、巨大な触手が通り過ぎるまで身を隠す。

俺の動きに一瞬遅れ、頭上を通り過ぎた巨大な触手を確認。

すぐに水弾を穴に隠れたまま大量に生み出して発射して牽制しつつ、穴から出る。


「やっぱり、水は最優先で処理するね。」


俺が穴に身を隠した時、そこを目掛けて触手を叩き込めば一撃と言わず攻撃を入れるチャンスだったと思う......まぁ、勿論喰らうつもりはなかったけど。

しかし、直接被害を受ける事の無い水の処理を優先したことから攻撃のチャンスを失った。

ダンジョンの魔物にそういう感覚があるのかどうか分からないけど......こいつは命を惜しんでいる。

別にそれは悪い事ではないけど......ダンジョンの魔物としてはやはり異質だな。

ダンジョンの魔物に命というものがあるのかどうか分からないけど......いや、自らを守ろうとする意志がある以上、命はあるって考えるべきなのかな?


「まぁ、相手がどうあれ......やることは変わらないけどね。」


こいつを放置して魔道国内に不毛地帯を生み出すわけには行かないし、俺達がやらなければ他の人達が戦わなくてはいけない。

そして、こいつの能力は普通の人達には驚異的だ。

物理攻撃はほぼ効かないし、手数も多く体の大きさの割に機敏だ。

まぁ、今は小さいけど。

そして学習能力の高さもある、俺がここまでこいつを学習させてしまった以上......ここで俺がボスを倒さないと言う選択肢はない。

迫りくる触手を躱しつつ、俺は少し弧を描くようにしながらボスへと接近する。

相手まで、後五歩と言った距離で俺は身体強化と思考加速の強度を引き上げた。

途端に周囲の動きが遅く感じられるようになり、しかし自分の身体はいつもと変わらない感覚で動かすことが出来る......いや、すこし体がつっぱるというか......少し肉体的な強度が身体を動かす力についてこられていない。

落ち着いて肉体的な強度も上げてから行動を開始する。

俺に向かって突き進んでくる触手は......流石に箸で摘まめるほどの速度と言う訳ではないけど、先程までに比べたら欠伸が出るような速度だ。

交通事故にならない様に気を付けながら相手の懐に飛び込み、体勢を低くしながらボスの胴体部分にそっと押し当てる程度の蹴りを放つ。

蹴り砕くわけでも吹き飛ばすわけでもない、ただ当てられただけの蹴りは、予想通り硬質化した体に軽く当たった。

相手は俺が何をしたいのか全く理解出来ていないだろう......まぁ、多分それは最初からだろうけど。

ただ目の前で体勢を低くしている俺に対し、大きく剣を振りかぶり真っ直ぐ振り下ろそうとしてくる。

離れれば触手、近づけば剣。

もう少し自分の身体の利点を生かして戦えば、脅威足り得たかもしれないけど......ただ特殊な体質、驚異的な身体能力と言うだけでは、同等以上の身体能力を持つ相手には成す術が無いってことだ。

俺は、低くしていた体勢から掬い上げる様に右手の突きあげる!

その手には先程仕込んでおいた......地面に突き立てていた短剣が握られている。

ボスを吹き飛ばし続け、この短剣の傍まで相手を移動させていたのだ。

相手の振り下ろしに対し、カウンター気味に入った俺の一撃は、ボスの硬質化している胸を貫き、柄近くまで突き刺さっている。

別に剣が突き刺さったからと言ってダメージを与えたわけでは無い。

俺は相手の身体に突き刺さった短剣を強く握りしめ、続けざまに俺は指向性のない電撃を全力で放ち、視界が真っ白に塗りつぶされた。


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