第511話 キレた?



View of ナレア


ケイが背中から貫かれた瞬間、妾はリィリの手を離し飛び出そうとした。

しかし、その動きは妾の前に飛び出てきたシャルによって阻害されてしまった。


「シャル!何をしておる!」


『ナレア、落ち着きなさい。それに後ろの二人も。』


シャルの冷静な声を聞いて冷たい水を掛けられたような気分になった妾が後ろを見ると、慌てた様子のリィリとレギ殿が飛び出す寸前で止められたと言った姿を見せていた。


『ケイ様は無事です。それに見なさい。』


シャルに言われ視線を戻すと、ケイは既に相手の攻撃圏内から離脱し両手をだらんと下げた状態で相手と対峙している。

身体を左右に揺らしながら立っているその姿は、相当な怪我をしているのではと不安になる。

しかし、服は赤く染まっているものの、既に血は止まっているようで恐らく治癒も済んでおるように見える。


「......ケイ君、本当に大丈夫かな?剣も落としちゃってるみたいなんだけど。」


リィリの言う様に、ケイは剣を持っておらず......ボスと今ケイが立っている丁度中間あたりの地面に、元の長さに戻った短剣が刺さっている。

それに戦闘中にあんな風に棒立ちになっているケイは初めて見る。

傷に関しては癒しておるようじゃし問題無さそうじゃが......放心しておるのか......?


「シャルよ。確かに危急と言う感じではないが......拙いことに変わりないと思うのじゃが?危険じゃと思ったら割り込むと話しておったじゃろ?」


『問題ありません。あのくらいの傷......いえ、ケイ様に傷をつけた事は万死に......いや万回切り刻んだとしても許されざる所業......やはり、私が八つ裂きにするべきでは......。』


一瞬で憎悪が沸騰したのじゃ。

妾達に落ち着けと言ったのはそなたであろうに。


「シャル。落ち着くのじゃ。ケイの傷......いや、状態は問題ないと捉えて良いのじゃな?」


『......えぇ、ケイ様であれば一瞬で治せる傷。精神状態も......実に落ち着いていらっしゃる。寧ろ今までの方が落ち着いていなかった。本来であれば、ケイ様があのような攻撃を受ける筈が......!おのれ......あのような出来損ないにケイ様が......き、傷を......!』


「だから落ち着くのじゃ。」


妾はため息をつきながら一歩後ろに下がる。

まぁ、結果的にはシャルのお陰でこちらは落ち着くことが出来たのじゃが......最初は冷静だったくせに後からふつふつと湧いてくる怒りにシャルは囚われておるようじゃな。


「ケイは大丈夫なのか?」


武器を構えいつでも飛び出せると言った体勢のままレギ殿が問いかけてくる。


「......うむ。傷はもう完治しておるようじゃし、精神的にも問題ないそうじゃ。」


「その割にはシャルから物凄い殺気が発せられているようだが......。」


「そこは......ケイがあんな目に遭ってしまってはのう。仕方なかろう。」


しかし、そんなシャルの事を呆れることは出来ないのう。

最初に飛び出そうとしたのは妾じゃし......その後もシャルの怒りを目の当たりにしたおかげで、逆に冷静になった訳じゃからのう。


「でもなんか......ちょっとケイ君、いつもと雰囲気が違うよ?」


「......うむ。そうじゃな。」


妾達のいる位置からではケイの後ろ姿しか見ることが出来ない。

ケイよ......今どんな顔をしておるのじゃ?




View of ケイ


油断を突かれ、背中から触手に貫かれた俺は急ぎその場から離脱してすぐに回復魔法を掛ける。

幸い内臓にダメージは無かったようで出血のわりに簡単に治療することが出来た。

俺は相手と距離を取りながら途中で短剣を地面に突き刺しておく。

それにしても......怪我をしたせいか、血を流したせいか分からないけど、妙に頭の中がすっきりしている気がする。

後方の......この部屋の入口辺りから叫び声が聞こえて来た。

......すみません、心配させてしまって。

でも大丈夫です。

一撃喰らって気付いた事がある。

完全に不意を撃たれて後ろから攻撃を受けたにも関わらず結構痛いくらいで済んだ。

俺なら敵の背後から不意をついて攻撃出来るなら頭か首を狙う。

若しくは急所を狙えなくても一撃で行動不能に出来るようなダメージを狙うだろう。

だがそんな決定的なチャンスを作りながら俺を仕留めそこなった時点で、相手の遠隔攻撃はそこまでの脅威ではないという事を証明したようなものだ。

それともう一つ。

体を弛緩させながら相手の事を見つめる。

俺は無駄に緊張し過ぎていたようだ。

慎重にやろう、相手をじっくり観察しよう。

そんなことばかり考えていて......安全を求めていたつもりだったけど......意識しすぎて逆に視野を狭くし、動きを硬くしていたようだ。


「ふぅ......。」


俺は体をゆっくりと揺らしながら頭の中を空っぽにしていく。

戦闘中に頭を回転させるのは当然の事ではあるが......今回はもっとシンプルでいい。

相手の姿に引っ張られ過ぎたな。

そもそも俺はこいつの存在がむかつくから、処理をしに来たんだ。

頭の中に置くのはそれだけでいい。

ボスは慎重な足取りでゆっくりと俺に近づいてくる。

なるほど......このへっぴり腰がさっきまでの俺の動きという事だね。

......こいつ自身はそんなつもりはないのかもしれないけど......本当にこいつは俺を煽ってくるな......。

イラっとしながらも、俺は無造作にボスとの距離を詰めていく。

徐に近づいてくる俺に対し、警戒しているような素振りを見せるボス。

動作の一つ一つが腹立たしいな......。

俺は地面に刺した短剣と並んだ瞬間、一気に加速してボスとの距離を詰める!

迎撃のために袈裟斬りに振るわれた剣の腹を手の甲で叩きながら剣筋を逸らす。

同時に相手の膝目掛けて踵を叩きつけた!

相手に関節があろうがなかろうが......硬かろうが柔らかろうが関係ない。

なんであれ、蹴り砕くつもりで足を振り降ろす。

ほぼ癖で相手の膝を狙ったが、そもそもこいつに関節とか言う概念はないだろう。

なにせ触手は軟体だったりするわけで、この膝は関節の様に動かしているに過ぎない。

ボスの身体は硬質化していた物の、強化した俺の一撃を受けることは出来ずガラス細工の様に砕け散ってしまう。

一瞬、バランスを崩したボスだったが、次の瞬間には砕けた足は再生して体勢を立て直す。

しかし、その頃には俺の追撃は当たる直前だ。

ボスの膝を踏み砕いた俺はその足を軸に半回転、右肘を相手の胴体部分に叩きつける。

今度の一撃で相手の身体は砕けることなく、後方へと吹き飛んで行く。

まぁ、そういう風に手加減をしたからではあるけど。

こんなところで真っ二つになられても困るからね。

だが、相手もただと吹き飛ばされるだけではなく俺に向かって手を振り、自分の身体を球体にして飛ばしてくる。

いくらなんでも同じ手は通じないよ......?

俺は飛んでくる玉を迎撃することなく、一気に加速して吹き飛んで行く相手に追いつくと今度は右方向に相手を蹴り飛ばす。

相手は飛ばされまいとしているらしく、触手を地面に突き立て減速しているのが見えたので俺は水弾を生み出しボスを中心に水をばら撒く。

その水弾を吸収しようと地面に突き立てていた触手まで振り回し水弾を迎撃していくボスだったが、突然真後ろから現れた石柱に再び跳ね飛ばされ俺の方へと戻ってくる。

突然の背後からの衝撃に、つんのめるようにしながらボスが戻って来たが、その背中に大量の触手を生み出し俺目掛けて叩きつけてくる。

触手による攻撃も最初の頃よりかなり多彩になってきているな......単純に振り回して殴打するだけではなく、先を尖らせ槍の様にして刺突してきたり、数本の触手を纏めて太くしてから叩きつけてきたりと本当に戦闘中に学習していっているのが分かる。

まぁ、マナスだったら自分の身体をもっと自在に変化させて、こちらを圧倒してくるけどね。


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