第510話 殺気
ボスが人型になったと思ったら先程の硬質な触手が剣の形を取り、思いっきり俺に向かって振り下ろされた。
相手の力を知るためにも受けてみてもいいのだけど、まぁ、普段から相手の攻撃を正面から受け止めるなんてやらないしな......必要ないよね。
俺は相手の攻撃の軌跡から逃れる様に飛び退る。
本来であればギリギリで躱して反撃に繋げたいのだけど......こいつは人型であって人ではない。
武器も剣の様な形をしたボスの身体の一部だ。
ギリギリで避けたところに武器を変形されたらかなりまずいことになりかねない。
今の所そういう攻撃方はされていないけど......これだけの変形を見せられた以上、ボスの攻撃は余裕を見て躱さなくてはいけないだろう。
ただ、人型になってくれたおかげで戦いやすくなったのも事実だ。
油断は出来ないけど、これならうまい事電撃を叩き込むことことが出来るかもしれない。
注意しないといけないのは死角がないってことだ。
その辺をしっかり意識しておかないと、うっかり死角に潜り込むような動きをして隙を晒す結果になるだろう。
俺は追撃を仕掛けてくるボスの攻撃を躱しながら隙を伺う。
......いや、その考えがダメだ。
隙と思って飛び込めば関節が変な方向に曲がったり、突然触手が生えてきたりする可能性が高い。
俺は自然な動きで剣を振るい続けるボスの攻撃を躱しながら、じっくりと観察する。
しかし、なんだろうか?
妙に相手の動き方に既視感を感じると言うか......次にどういう風に動くかがなんとなく先読みできるというか......。
少しの間自分からは攻撃せずに、相手の動きを観察することに注力していると気付いた。
これは、俺の動きに近い......完全に同じと言う訳ではないけど、俺の動きを模倣しているということだろうか?
今の所触手を伸ばして攻撃してこないけど......俺に触手が無いからか?
こいつにはあまり変則的な戦い方は見せていないし、動きも随分と素直な物だ。
俺は相手の横薙ぎを躱して少し距離を開けながら水弾を生み出し相手に向かって撃ち出す。
「そんな動き、俺はしないなぁ......!」
俺の撃ち出した水弾を体から触手を生やして迎撃するボスの姿を見て思わずぼやく。
いや、まぁ予想通りではあるのだけどね?
予想通りではあるけど少しだけ残念な気分になりながら攻撃を再開する。
どうせ手足や首を斬り飛ばしたところですぐに生えるだけだろうし、こちらの狙いは電撃だ。
水は相変わらず警戒されているし......出来れば次の一撃で決めてしまいたい。
下手に牽制で電撃を使ってしまうと警戒されるだけじゃなく、何らかの対策を取られてしまう可能性もある。
現状有効と思える手段が電撃しかない以上、一撃で確実に決めてしまいたい。
......なんかこいつとの戦いめちゃくちゃ神経使うな。
若干うんざりしながらも、集中を切らすわけには行かないので真面目にボスと対峙する。
踏み込んできたボスが右手に持った剣で突きを放ってきたので、横に躱しながら相手の手首を斬りつける。
「まずっ!」
簡単に斬り飛ばせると思っていたのだが、相手は手首の部分まで硬質化していたようで俺の一撃を簡単に弾いてしまった。
体勢を崩すほどではなかったけど、予想していなかった衝撃に一瞬硬直してしまう。
あれだけ相手の体の硬さを変化させられることに警戒していたのに、いざ攻撃を仕掛けた瞬間すっかり頭から抜け落ちていた。
一瞬動きを止めてしまった俺に対しボスは蹴りを放ってきたが、それは問題なく躱す。
しかし、続けざまに剣による斬撃と触手による殴打、さらに蹴りが飛んできて慌てて回避に専念する。
急に攻撃が激しくなったぞ?
隙を狙ったってことだろうか?
一先ず俺は相手の攻撃圏内から逃れつつ、地面から石槍を放つ。
ボスの身体のすぐ傍に生み出した石槍はそのままボスを貫くと思っていたのだが、身体に当たると同時に砕け散った。
身体全てが硬質化しているのか......それとも攻撃が当たる瞬間に硬くしたのか?
どちらにしても面倒だけど、常に硬いのだとしたらそのつもりで攻撃すればいいだけだ。
しかし、瞬間的に硬くしたのだとしたら......反応が早すぎる。
いや、こいつには死角がないと考えれば、俺の攻撃に合わせて硬化させたとしてもおかしくはない。
一先ず常に硬くしていそうな剣を斬り飛ばしてみるか?
しかしそんな俺の考えに一歩先んじて、ボスが今までにない攻撃を仕掛けてきた。
「また面倒な......!」
俺の水弾や石弾を真似したのかボスが手を振るうと、そこからボスの身体が握りこぶしほどの大きさの球体となって俺に飛来してくる。
その数四つ、俺はその全てを剣で弾いたのだが......二つは先程までの触手と同じように柔らかく、その場で弾け飛んだ。
しかし残りの二つは先程の手首と同じような硬さで弾くだけに終わってしまった。
幸い弾いた球体は小型の魔物に変化するわけではなさそうだけど......まずいね。
本当に色々な戦い方を学び始めている......早く倒さないと!
そんな風に焦ったのがいけなかった。
ボスが剣を振りかぶりその剣を斬り飛ばそうとした瞬間、俺の身体に衝撃が走り......俺の脇腹辺りから黒い触手が生えた。
View of ナレア
「戦闘を始めた頃に比べて相手の動きが随分と多彩になってきたのう。」
「あぁ。あれはケイの戦い方を学習している感じか?」
人型になったボスは多少のぎこちなさはある物の、ケイの動きによく似ていた。
「ケイ君が様子見に専念していたからあんまり激しい動きはしていないけど......もしケイ君が私達との模擬戦の時みたいに最初から全開だったら、かなり大変なことになっていたんじゃないかな?」
「どうだろうな?最初からケイが全開で戦っていたらもう終わっていた可能性もあるぞ?」
「ふむ......確かにそれはレギ殿の言う通りかもしれぬのう。ケイの悪い癖が出ておるようじゃな。」
ケイは基本的に憶病じゃ。
特に戦闘前は大したことが無い相手でも相当慎重になる。
戦闘が始まってからは思い切りが良くなるが......それでもまず相手に攻撃させ、それを避けるところから始めるのじゃ。
別にその戦い方が悪いとは言わぬ。
圧倒的な火力で相手に何もさせずに勝つのも、相手強さを見極めてから制圧にかかるのも等しく戦法じゃ。
しかし、今回に関しては慎重に過ぎな気もするのう。
そんな不安なのか苛立ちなのか......なんとも言えぬ感情が手を繋いでおるリィリに伝わったのか、リィリが妾の方を見て微笑む。
妾はリィリに笑い返した後、愚痴の様に呟いてしまう。
「......ケイに、あのボスがファラよりも強いという情報を教えたのは失敗じゃったかもな。」
「かもしれねぇなぁ。必要以上に慎重になっている節はあるな。」
恐らく実戦におけるかつてない強さの相手ということで、何をされても対処出来るように安全な距離を保っているのがここまで攻め切れていない原因じゃろう。
未知に対して警戒することは悪くないのじゃが......ケイ本来の思い切りの良さが完全に鳴りを潜めておるのは良くない。
『本来、ケイ様は私よりも強い。』
リィリと反対側にいたシャルがケイから視線をそらさずに念話で話しかけてくる。
「ケイがシャルよりも強いじゃと?」
『......ケイ様は神子様だ。当然眷属である我等よりも遥かな高みに居られる。』
まぁ......それはその通りじゃろうな。
人の世界の王なら兎も角、神の眷属が神よりも強いとは普通考えにくいのじゃ。
『......だが、ケイ様はとてもお優しく、そして実戦経験が少ない。そういう意味では私の方がまだ勝っていると言えなくもない。』
優しさは関係ないじゃろ。
実戦経験が少ないと言う点でケイが劣るのは納得できるが。
『ケイ様が御一人で戦われるとおっしゃったのだ。我等はそのお姿をしっかりと見ていればよい。例え......。』
そんなシャルの言葉を遮るように......ケイが弾いた玉から伸びた触手がケイの腹を貫いた!
リィリの手を握っている手に、思わず力を込めてしまう。
『......例え、ケイ様が御怪我をされたとしてもだ!』
シャルから、世界を壊しつくさない程の濃密な殺気が漏れ出る。
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