第468話 敗北



「折角じゃ。お主等の目的を聞かせてくれぬかの?知識欲や檻の為......そう言ったものではないことは何となく理解しておるのじゃが?」


ナレアさんがそう問いかけると一瞬キョトンとした表情を見せたキオルが笑いだした。


「えぇ、勿論、私達にはちゃんとした目的がありますよ。そして......お馬鹿さんに聞いたみたいですが、私達にとって檻なんて利用するだけのものですよ。その理念も目的もはっきりいって興味はありません。」


「それでお主等の目的はなんじゃ?」


キオルの言葉に、本題はこちらだと言うようにナレアさんが言う。

大してキオルは少しだけ考えるそぶりを見せた後、変わらぬ様子で言葉を続ける。


「......大した内容ではありませんよ。私達にとっての悲願、他人にとっては鼻で笑うような事です。」


「個人の望みなぞ、得てしてそのようなものじゃろ。」


「その通りですね。まぁ、機会があればお話ししてもいいですが、今日はやめておきましょう。向こう側で色々と支えている腕が疲れて来てしまいましたし......流石にこのまま被検体を失ってしまうのは、私としてもあなた方としても本意ではないでしょう?」


「......教える気はないと?」


「教える必要性がありませんので。手伝って頂けるのであれば話は別ですが、無理でしょう?だから今日の所はこの辺で......。」


「妾達の仲間を攫っておいて、ただで済むと思っておるのか?」


「我々としても敵対したかったわけでは無いのですよ?そこのお馬鹿さんをあっさりと制圧出来るような相手と殴り合いなんて死んでもごめんと言った感じですし。だからこそこっそりと動くように頼んだのですが......色々と計画して動いた途端これですよ?泣いて謝ったら許してもらえますかね?」


「許してほしくば泣くよりも先にやれることがあると思うのじゃが?」


「ふざけ過ぎましたね。さて、そろそろお暇しますが......そのお馬鹿さんを離してもらえますか?」


キオルにとって、クルストさんは捨て置けない存在という事のようだけど......。

それでも取引材料にはならない。

レギさんがずっとクルストさんに剣を突きつけているけど......キオルも、そして剣を突きつけられているクルストさん自身も全然危機を感じていないように見える。

余裕があると言うか......恐らくレギさん自身も剣が脅しになっていないことを感じているはずだ。


「......レギ殿。解放してやってくれるか?」


「......っ......分かった。」


ナレアさんの言葉に一瞬言葉に詰まったレギさんだったが、その言葉に従う。

レギさんが剣を引くと、軽く息を吐いたクルストさんが部屋の奥に向かって歩き始める。

その途中で肩を妙な捻り方をしたクルストさんだったが、次の瞬間後ろ手に縛られていたロープがはらりと落ちる。

そのまま肩や手首をもみほぐす様にしながらキオルの横に立つクルストさん。


「相変わらず気持ちの悪い特技ですね。軟体生物ですか?」


「結構痛てぇんだぞ?それより、ここは放棄でいいのか?」


「えぇ、入り口を抑えられていますし、もういいでしょう。処理は任せます。」


そう言ってキオルは何かの魔道具をクルストさんに渡し、鏡の向こうへと消えた。


「いや......申し訳ないっスね。アイツは相当馬鹿なんで、色々と機微に疎いんスよ。」


俺達の方に向き直ったクルストさんがいつもの口調で語り掛けてくる。


「解放する気はないんだな?」


「すまねっス。俺達にも譲れない物があるっスよ。」


レギさんの問いかけに、少しだけ済まなそうにして答えるクルストさん。


「次合う時はさっきよりもきつくいくぞ?」


「......まぁ、それは仕方ないっスね。加減してくれと頼むのお門違いっス。」


そう言ってクルストさんが身体を半分鏡に潜り込ませる。


「大丈夫とは思うっスけど......この辺吹き飛ばすんで、気を付けた方が良いっスよ。」


クルストさんが手に持っていた魔道具を地面に落とすと同時に、鏡の向こうに姿を消す。


「ケイ!待つのじゃ!」


地面に落ちる前に受け止める為に飛び出そうとした所、ナレアさんに止められる。

次の瞬間俺達の目の前に土の壁が立ちはだかり、壁の向こうから小さな爆発音が聞こえた。

爆発する魔道具だったのか。

流石にあのタイミングで飛び出しても間に合わなかったな。


「想像よりも小さな爆発じゃったな。」


ナレアさんが壁を元に戻すと、壁の向こうが見えてきた。

随分と色々とごちゃごちゃになってしまっているな。

一番被害が大きいのは......鏡の魔道具だ。

鏡は完全に壊れ、崩れてしまっている......これを使うのはもう無理だろう。


「......くそが!」


レギさんが悪態をつきながら近くにあった机を蹴飛ばす。

レギさんにしては珍しい行為だと思うけど......仕方がないと思う。

ナレアさんも苛立ち紛れなのか、壊れた鏡を乱暴にひっくり返している。

しかし......このままこうしていても仕方がない。

今俺達が最優先しなければならないのは、リィリさんの救出だ。

はっきり言ってそれ以外はどうでもいい。

いや、魔道国も気にならないわけでは無い......でも、ナレアさんには悪いけど、リィリさんの方が大事だ。

どうにかしてキオルの逃げた先を見つけないと!

さっき逃げる前に......鏡の先は魔道国と言っていた。

いや、あそこでキオルが本当の事を言う意味はない......寧ろ嘘ではないと考えることの方が難しい。

そもそもここが本当に魔道国から遠く離れた位置にあるダンジョンなのかも分からない。

やはり情報が足りない......。


「ケイ。落ち着くのじゃ。」


鏡の残骸をごそごそとしながらナレアさんが言ってくる。


「あやつの言ったことが本当であろうと嘘であろうと関係ないのじゃ。端からそんなもの役に立たないのじゃ。それよりも自分達に出来ることをするべきじゃ。」


「自分に出来ること......。」


俺に何が出来るだろうか......。

魔法が色々使える様になったけど......この状況を覆すことが出来るような魔法......。

そんな都合のいい物はない。

リィリさんの居場所を知る方法......通信用の魔道具......いや、リィリさんが応答出来ない状態では意味がないだろう。

っていうか、普通に考えてリィリさんの持ち物は没収されているはず。

持ち物を使って居場所を特定するのは無理そうだ......。

俺が悩んでいる間もナレアさんは残骸を弄り、レギさんは......。


「ケイ。すまねぇ、少しいいか?」


少し離れた位置で考え込んでいたレギさんが話しかけてきた。


「え、えぇ。僕も少し考えが行き詰っていたので構いませんよ。」


俺がそう答えるとレギさんが気まずげに頭を掻く。


「すまん、冷静さを欠いていたみたいでな。」


「いえ、仕方ないですよ。」


「......謝っておいてなんだが、まだ冷静になりきれていねぇんだ。」


そう言ったレギさんは物凄く力を込めて拳を握り込んでいる。


「それも......仕方ないと思います。僕も頭の中がぐちゃぐちゃで......。」


「情けない限りだ。先程のやり取りでは何一つ得ることが出来なかった上、今は何も出来ずに手をこまねいている。だが何もしないのもな......ナレア!すまないがここを頼んでもいいか?ケイと二人で向こうの鏡の魔道具を確認しておきたい!」


「うむ!任せるのじゃ!」


向こうの魔道具の確保か......シャルが守ってくれているから大丈夫だとは思うけど、合流しておいた方が良いかもな。

鏡自体をこっちに持って来てもいいだろうしね。


「マナス、分裂して片方はナレアさんと一緒に居てくれるかな?」


俺がマナスに頼むと、肩に乗っていたマナスが分裂して片方がナレアさんの肩に登っていく。

その様子を見ていて、ふと気づいてしまったことがある。

幻惑魔法を使ってマナスやネズミ君の姿を消して鏡の向こうに送り込めば良かったじゃないか......。

そうすれば、相手の移動先の事を調べるだけではなく、上手くいけばリィリさんを救出することが出来たかもしれない。

今更ながら全然頭が働いていなかったことに気付き愕然としてしまう。


「じゃぁ、ケイ。すまんが付き合ってくれ。」


「分かりました。」


気付かなかったのは痛恨の極みだけど......今は後悔している場合じゃない。

やれることをやらないと。

胸に残る嫌な感じを振り払い、レギさんに付いて行こうと振り返ったところでナレアさんが声を掛けてきた。


「む?ケイ、背中が汚れておるようじゃ。」


そう言ってナレアさんが背中を手で払ってくれる。


「あ、ありがとうございます。」


「うむ。それと、この部屋を出たら幻惑魔法を掛けることを忘れぬようにの。万が一監視されておったら厄介じゃからな。」


「あ、そうですね。分かりました、ありがとうございます。」


俺はナレアさんにお礼を言ってからレギさんの後に続いて部屋から出る。

ナレアさんが無駄に壊れた魔道具を調べているとは思えない。

人任せで非常に心苦しいけど......今俺が出来る事は多くない......まずはシャルと合流して向こうの鏡の魔道具を確保するとしよう。


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