第467話 焦燥



「おや?あの魔物は逃げたのですか?魔物の大群が迫ってきているのが分かったのですかね?まぁ、あなた達も早く逃げた方が良いと思いますよ?この魔道具は......残念ながらあなた達が使う事は出来ませんしね。」


こちらを嘲るでもなく、坦々とそれが事実だと言うように告げてくるキオル。

しかし、それを聞いているクルストさんは若干表情を硬くしている。

クルストさんの様子に気付いたらしいキオルが、一瞬訝しげな表情をしたものの言葉を続ける。


「そう言う訳ですから、早くこの会話を終わらせて移動を開始した方が良いと思いますよ?私もあなた達に無駄に死んでもらいたくはありませんし。」


「何故だ?俺達の生死はどうでもいいと思っていると感じていたが?」


「ふふっ。そうであったなら致死性の罠でも設置しておきますよ。私はあなた達に感謝しておりますので。」


「感謝だと......?」


感謝......される覚えはないけどな。

関わりって魔術研究所で何回か会話したことある程度のはず。


「えぇ、ここまで被検体の事を連れてきた下さったのですから。本当に感謝してもしきれないですよ。」


「......被検体?」


レギさんが怒りを湛えながら聞き返す。


「お察しの通り、鏡の向こう側にいる方の事ですよ。」


「......。」


もはや言葉を交わすつもりはないと言うようにレギさんがクルストさんへと突きつけている件を首へと近づける。

緊張感が高まった気がするのだが......キオルは意に介さずに話を続ける。


「あぁ、誤解の無いように少し説明させていただきますが......被検体としてここに連れてきたわけでは無く、あの方は生まれた時から私の被検体と言う意味です。」


「......。」


「正確には死んだ後からですが。」


その言葉を聞き、レギさんの表情が今まで湛えていた以外の感情を見せる。

死んだ後から被検体......?

それはつまり......。


「とあるダンジョンで死んでいたあの方に実験体になってもらったわけですよ。まぁ、死んでいたので同意は得ていませんがね。アンデッドとして上手く復活してくれたのはあの方が初めてでしたが......生前の記憶を取り戻すとは想定外でしたよ。」


レギさんとナレアさんの表情が驚愕に染まる。

恐らく......俺も同じような表情になっていると思うけど。

今の話を鵜呑みにするなら......キオルの実験によってリィリさんは生き返ったってことになる。


「初めての成功例だったので監視の魔道具も埋め込んでいたのですが......一年ほど前に反応が焼失したので死んだと思っていたのですよね。」


......一年ほど前、言うまでも無く俺とレギさんがダンジョンを攻略した時の事だろう。

監視の魔道具を埋め込んでいたという事だけど......リィリさんが進化した時に魔道具の効果が消失したということか?


「しかも私が知っている姿はスケルトンだったわけですが......今や核があること以外、殆ど人と変わりません。いえ、外見だけであれば完全に人ですね。」


俺達はリィリさんの事がバレたらアンデッドとして討伐されるのではないかと危惧していたけど......まさかこんな風に目を点けられるとは......。

いや、ある意味不老不死という人類の夢を体現しているのがリィリさんなわけで......こういう輩に目を点けられる可能性は十分あったのか......。


「私が監視を始めた最初の頃は殆ど自我のようなものは感じられませんでしたし......ただの魔物として動きだしたと思っていたのですが......本当に勿体ない事をしました。やはり経過観察と言うのは大事ということですね。」


そう言ってかぶりを振るキオル。

心底残念そうではあるけど、全く同意は出来ない。

こいつの言うことが本当であれば......レギさんがリィリさんと再会できたのはこいつのお陰と言えるのかもしれない。

とは言え、感謝をする気は全くない......こいつが言っているだけで証拠は全くないしね。


「まぁ、その事に気付いたのはそこのお馬鹿さんですが。」


「クルストが......?」


話を向けられて迷惑そうな顔をしているクルストさんは口を固く結んでいる。


「折角ですから、あなたから説明してあげてはどうですか?」


「俺に水を向けるなよ......。」


心底嫌そうな顔をしながらキオルに言い返すクルストさん。


「っていうか......レギさん。知りたいっスか?正直、そこはあんまり気にしていないと思っているんスけど?」


普段の口調に戻ったクルストさんがレギさんに話しかける。


「......気にならないと言えば嘘になるが......そんなことよりも、お前たちはリィリをどうするつもりだ?」


「......。」


レギさんに問いかけられたクルストさんは再び口を閉ざす。


「あぁ、その問いは私が答えて差し上げてもいいのですが......よろしいのですか?そろそろ本格的に魔物がこちらに押し寄せてきているようですが。」


「問題ない。多少魔物が押し寄せてきたところで俺達の相手にはならん。」


「流石にたった数名でダンジョンを攻略した方は言う事が違いますね。しかしながら、このままここで話を続けていても仕方ありませんし、そろそろ引き上げたいのですが。」


「逃がすと思っているのか?」


俺達がここに足を踏み込んでから飄々とした様子を一切崩すことがないまま、無茶苦茶なことを言ってのける。

しかし......リィリさんを人質として取られているのも事実。

どうすれば......。


「そうは言っても......あなた方は身動きが取れないでしょう?」


「......。」


レギさんの顔が悔し気に歪む。

......鏡の向こうがどうなっているか分からないのが問題だ。

弱体魔法で一気に制圧した場合、倒れ込むことによってリィリさんに危険が無いとも言い切れない。

空間固定をしようにも鏡の向こう側を把握できていない以上向こう側の手を固定することが出来ない。

仮に、こちら側の部分を固定したとしても向こう側が反射的に動いて......そう考えると迂闊なことは出来ない。

強化魔法を全力で掛けて飛び込むのももっての外......幻惑魔法で姿を誤魔化して近づくことは出来るけど、キオルを避けて鏡の向こう側に行くのは鏡のサイズ的に無理だ。


「折角の被検体を殺してしまっていいのかの?」


今まで後ろに控えていたナレアさんがキオルに問いかける。


「なるほど、確かに殺してしまうのは少々勿体無いとは思います。ですが......一度成功しているわけですし。同じような条件で試行すればいいだけです。成功例がある以上いつかは同じ地点に辿り着けますよ。」


事も無げに言うキオル。

恐らく強がりでも何でもなく、本心からの言葉なのだろう。

制圧するのも取引するのも無理......この場でリィリさんを助けるのは......。


「そう言う訳で、私としては無事にこの場を切り抜けることの方が重要ですし、そこのお馬鹿さんは替えが効くとは言い難い人材ですからね。出来れば回収しておきたいのですよ。」


「......しかし、お主たちを見逃したところでリィリの無事が保証されるわけではあるまい。」


「まぁ、そうですね。とは言え、ここで見逃して頂けるのであれば......口約束ではありますが、ある程度の無事は保証しますよ?不慮の事故までは保証しかねますが。」


「少なくとも、すぐに殺してしまったりはしないという事じゃな?」


「折角の成功例です。大事に色々と調べさせてもらいますよ。」


......めちゃくちゃ不穏なことを口にしているけど......今は見逃すしかない......のか?


「......ここで見逃したとしても、妾達は絶対にリィリを見捨てぬぞ?」


「そうでしょうね。その気持ちは私にも理解出来ます。まぁ、それを拒むことは難しいですし、もし私の目的を達成出来ればお返しするのも吝かではないですよ?」


キオル......そして恐らく、クルストさんの目的......。

それが分かれば......リィリさんを今助けることが出来るか......?


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