第466話 噛み合わない会話



クルストさんに先導させて、俺達はダンジョンの中にある扉の前に辿り着いた。

まぁ、場所自体は既にネズミ君達が発見してくれていたから知っていたのだけどね。


「手を自由にしてくれないと開けないぞ?」


クルストさんがレギさんに向かって話しかけるが、それを無視してナレアさんが前に出て扉を調べ始める。


「なるほど......面白い術式じゃな。時間があればじっくりと調べたい所じゃ。確かにこれは特定の人物でなければ開くことが出来ない様になっておるの。」


「だからそう言っているだろ?手を翳す必要があるからコレを解いてくれ。」


「レギ殿、必要ないのじゃ。そのままそやつは拘束しておいてくれ。ケイ、時間をかける必要は無い、少し力を込めて開けて欲しいのじゃ。」


「分かりました。」


ナレアさんに声を掛けられて俺は扉の前に立つ。


「いくら何でも手で押して開く様な代物じゃないぞ?」


クルストさんが若干呆れた様な声で言ってくるが俺は気にすることなく扉の前に立つ。


「手で開けるのは難しいとのことなので、足で行きますね。」


「そういう問題じゃ......。」


クルストさんの言葉を最後まで聞かずに、俺は身体強化を思いっきり掛けて目の前の扉に蹴りを入れた。


「......なるほど......確かに開きませんね。」


かなり重くて頑丈そうな扉に見えたので思いっきりいったのだけど、思っていたような手ごたえはなく......俺の足は扉を貫通してしまった。


「もう少し手加減を考えるのじゃ。」


「......。」


ため息交じりなナレアさんの声を聞き振り返ると、その向こうでクルストさんが絶句しながら目を真ん丸に開いていた。


「穴を広げるのか?」


特に驚いた様子も見せずにレギさんが聞いてくる。


「......そうですね、なんか開けるよりも楽そうなのでこのまま壊します。」


俺はほぐす様に肩を回しながら、最初に空けてしまった穴の周りを蹴り砕いて行った。

モノの数秒で大きな亀裂が入り大きな音を立てて扉が崩れ落ちる。

やっぱり壊して正解だったようだね。

扉の向こうは、理科室......いや研究室と言った感じで、色々な機材や魔晶石、謎の液体に満たされたガラス製の容器等......迸る程怪しい部屋がそこにはあった。

その怪しい部屋にリィリさんの姿は見えなかったが、一人の人物がこの場にをぐわぬ爽やかな笑みを浮かべながらこちらを見ている。


「うーん、未だかつてそこまで強烈なノックをされたことはありませんでしたが......歓迎しますよ、ケイ殿、それにナレア様。」


以前会った時と変わらぬ様子で話しかけてくるのは、魔術研究所所属、研究六班班長のキオル=ヘラルディだった。




俺とナレアさんがゆっくりと部屋に入り、それに続いてクルストさん、最後にレギさんが入ってくる。

今はどうでもいいことかもしれないが、この場所はレストポイントのようだ。

空気が軽い。

俺達が部屋に入り警戒する様子を咎めるでもなく、ニコニコとしながら見ていたキオルさんが声を出す。


「折角お越しいただいてなんですが、そこで止まっていただけますが?」


そう言うキオルさんは......俺が壊した扉とは部屋を挟んで反対側の位置にある大きな鏡......それに右腕を突っ込んでいる。

まぁ、間違いなくここに来る時に使った魔道具と同じ物だろう。

逃げる直前って感じはしないけど......鏡の向こうがどうなっているか見えないのが厄介だな。


「先に説明させていただきますと、鏡の向こうではあなた方の大切なお仲間が私に武器を突きつけられています。」


魔術研究所で雑談していた時の様な気軽さでキオルさん......キオルが言う。

次の瞬間とんでもない威圧感がレギさんとナレアさんの二人から発せられる。


「はは、勘弁して頂きたい。御三方とも少し冷静になってくれませんか?私はただの研究者に過ぎません。そのような気を当てられては、うっかりと手が動いて大変なことになってしまうかもしれませんよ?」


そう言いながらこちら側に残っている手で、その長い髪をかき上げるキオル。


「......何が望みだ?」


「ふむ?確かあなたは......『不屈』でしたか?望みですか......とりあえず、あなたに捕まえられているお馬鹿さんを離してもらえますか?」


「人質の交換だな?」


「え?人質?どなたの事ですか?」


心底訳が分からないと言ったような表情を見せるキオル。

その態度にレギさん達から怒気が再び膨れ上がる。


「お前の言いたい事は分かるが今は普通の受け答えをしてくれ。死ぬぞ?俺が。」


クルストさんがため息をつきながらキオルに話しかける。

クルストさんはクルストさんで、剣を突きつけられているとは思えないくらい落ち着いているな......。


「......仕方ありませんね。」


そう言ってため息をつくキオルは言葉を続ける。


「人質と言うのはそこのお馬鹿さんが攫ってきた方の事ですね?交換と言う訳には行きませんね。わざわざあなた達にお返しする必要性は感じませんし。」


「仲間の命は必要ないということか?」


「どうも先程から話が噛み合いませんね?私はそのお馬鹿さんの解放を望みましたが......?」


確かにキオルの言う通り、二人の会話は決定的に噛み合っていない。

レギさんはキオルとは相性が悪いかもしれない......。

その様子を見てクルストさんが再びため息をつく。


「......あぁ、なるほど。私とあなた達の立場が対等だと勘違いしているわけですね。それは大きな誤解ですよ。私はこの鏡の先にいる方の手足どころか首を切り離しても一向に構いません。」


「貴様っ!」


「何せ、既に死んでいる......アンデッドなわけですから。」


声を荒げたレギさんに被せるように、キオルがリィリさんの秘密を告げてくる。


「あぁ、御存じかも知れませんが......一応説明させていただきます。アンデッドには核となる場所が存在していまして、そこを貫けば、非力な私でも一撃で仕留めることが可能です。」


キオルがこちらにアンデッドの生態について説明してくる。

当然俺達はその事を知っていたけど......いや、今それはどうでもいい。

問題はリィリさんの事がバレているってことだ。

リィリさんが攫われた時、心のどこかでアンデッドであることがバレたのではないかと言う懸念はあった。

しかし......よりにもよってバレた相手が檻だとは。

何故バレたのだろうか?

それを考えた時、ふとクルストさんの事が目に入り......先日のダンジョン攻略の事を思い出す。

そうか......あの時、リィリさんがカモフラージュ用の魔道具を落とした時......クルストさんがリィリさんの事を凝視していたことがあった。

あれで気づかれたのか......!


「さて、お互いの立場も理解したと思いますし、そろそろそのお馬鹿さんを離してもらえますか?彼にはまだ色々とやってもらわなければならない事が多いので。」


「......。」


「納得いかない、と言った感じですね。分かりました。ではいくつか情報を差し上げましょう。まず、このダンジョンは魔道国から離れた位置にあります。帝国よりも東、龍王国の方がここからだと近いですね。」


随分と遠くまで移動してきているみたいだが......それが分かったところで特に意味はない。


「そして、この鏡の先は魔道国に繋がっています。」


「それが一体何の......!?」


「えぇ、本題はこれからですよ。実は、先程この付近に配置してあったダンジョンの魔物を寄せ付けない魔道具を停止しました。恐らくここから離れた位置にあるもう一つの鏡は魔物によって破壊されてしまうのではないかと。」


魔物であふれかえるのは別に問題ないけど......退路を断たれてしまうのはまずいかもしれない。

シャルに全速力でリィリさんを救出してもらうという手も思いついてはいたのだが、鏡の向こうがどうなっているか分からない以上、少しの振動でリィリさんの核が壊されてしまう可能性は否定できない。

であるならば......。


「シャル、ネズミ君達だけだと鏡を守り切れないかもしれない。確保しに行ってもらえるかな?」


俺は口を動かさないように小声でシャルに声を掛ける。


『ですが......。』


「マナスには俺の傍に残ってもらうから。シャルの足じゃないと間に合わないかもしれない、お願いシャル。」


『承知しました。』


俺達の傍に居たシャルが部屋から飛び出していく。

これで退路の確保は問題ない、後はどうやってリィリさんを救い出すかだ。


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