第462話 不自然



「......これは、予想してもいなかった場所じゃな。」


王都の普通の家屋の地下がダンジョンと繋がっているなんて......空間魔法系の魔道具の力とは言え、とんでもない事だな。

俺達が辺りの様子を詳しく調べようとする前に、背後にあった鏡から何匹かのネズミ君達が飛び出してきてダンジョンの奥へと走っていく。


「シャル?」


『申し訳ありません。魔道具が起動した際に先行させたかったのですが......。』


「いや、ありがとう。調べに行ってくれたんだよね?助かるよ。」


ここがダンジョンであるなら、闇雲に二人を探すのは危険だし時間がかかる。

しかも人の手の入ったダンジョン......ここを拠点として使っているなら罠も仕掛けられているはず。

ネズミ君達の協力は必須だ。

とは言え、先程の部屋の時みたいにその場を埋め尽くすほどのネズミ君達がこちらに来たわけでは無い。

森のダンジョンの時と同じように、魔物のネズミ君達だけがこちらに呼ばれているのだろう。


「よし......ネズミ達にだけ任せることも無いだろう。俺達も探索に向かおう。」


「レギ殿、少し待って欲しいのじゃ。」


ネズミ君達がダンジョンの奥に向かって行くのを見ていたレギさんが、後に続こうとしたのをナレアさんが制止する。


「......なんだ?」


「妾は、リィリが攫われた先がただの家であったのなら急いだほうがいいと考えておったのじゃが......事がここ、ダンジョンにまでなってくると話は別なのじゃ。」


「......。」


ナレアさんの言葉を聞きレギさんの表情が苦々しい物になる。

......でも、ナレアさんの言う様に、誘拐されてどこかの家に閉じ込められているのと、ダンジョンに連れ去られたのでは状況が違い過ぎる。

ダンジョン内に拠点があって、そこに連れて行ったのか......それともここはただの中継拠点で、ダンジョンの外に拠点があるのか......どちらにせよ、俺達はダンジョンを探索しながらリィリさんを探さなくてはならない。

レギさんが努めて冷静でいようとしているのは分かる。

しかし、押さえつけようとしてもどこかで焦りが出てしまうのが普通だろう。


「妾はクルストが檻と繋がっている......檻の構成員ではないかと疑っておる。」


「クルストが!?」


クルストさんが檻の構成員......?

そんな暗躍するようなイメージはないけど......。


「根拠はない......ただの勘なのじゃ。実際、監視させていたネズミ達からもそのような報告はなかったしのう。じゃが、ここに来て疑念が深まったのじゃ。ここはネズミ達も侵入することが出来なかった場所。ここであれば、監視の目を潜り抜けて活動することが出来るのじゃ。」


「......。」


先程以上にレギさんが難しい顔になる。

恐らく俺も似たような表情になっていると思うけど......。


「妾がクルストと会ったのは龍王国と魔道国。その二カ所で檻の暗躍している気配があったからのう。自分を中心に考えぬようには心掛けてはおるが、その二カ所で偶々会うと言うのもの......。」


必ずしもクルストさんが居た場所で檻が暗躍しているわけでは無いし、クルストさんが居なかったグラニダと言う例もある。

いや、確実にいなかったとは言い切れないか......俺達が会っていないだけで居た可能性は否定出来ない。


「まぁ、ただの勘じゃからな。心の隅にでも置いておいて欲しいのじゃ。いざという時に動きが止まらぬように、くらいのものじゃ。」


「分かった、可能性は頭に残しておく。」


レギさんがそう答えるとほぼ同時に、俺達の背後にあった鏡の魔道具が動きを止めた。


「この魔道具がこの一組だけなら良いのじゃがの......。」


停止した魔道具を見ながらナレアさんがぽつりと呟く。

確かに......これは逃げたり、増援を送り込んだりするのに非常に便利な魔道具だ。

まぁ、今回の様に攻め手が起動出来たら奇襲を受けたりするわけだけど......。


「もし発見したら優先して壊しますか?」


「難しい所じゃな......その先に本当のアジトがあった場合、そこに向かう手段を失うからの......。リィリがその先に連れて行かれておる可能性もある。」


「......なるほど。確かにそうですね。」


「相手の退路を断つと言う意味で、リィリと合流したら壊すと言う手もあるが......その先を調べずに壊すのはやはり止めておきたいのう。」


「分かりました。」


俺が頷くと、ナレアさんはダンジョンの奥へと目を向ける。


「シャル、魔物の位置は分かる?」


『はい。この付近にはいないようですが......少し離れた位置に何匹か。』


「そっか、ありがとう。ナレアさん、レギさん。この付近には魔物はいないみたいですが、離れた位置にはいるそうです。」


「この辺りにはいないのか......。」


「魔物にこの鏡が壊されては一大事じゃからな......ここはレストポイントではないようじゃし......妾が心配するようなことでは無いが、大丈夫なのかの?」


「......相手が檻なら、ある程度魔物を誘導する手段があるのかもしれませんね。」


「なるほどの......それはありそうじゃな。引き寄せるのではなく遠ざける類のものがあってもおかしくはないのう。」


ナレアさんが小部屋の中を見渡しながら言う。

やはりクルストさんは檻の構成員なのだろうか......胸の中に暗鬱たる思いが滲み出てくる。

それは傍に居るレギさんも同じようで、リィリさんを心配しながらもクルストさんへの複雑な思いに見舞われている様子が分かる。

そして、リィリさんが心配なのはナレアさんも同じだ。

ナレアさんは普段と同じように落ち着いているように見えるけど......ふとした拍子に表情が完全に無くなるからな......。


「留意しておく点はそのくらいじゃな。では、そろそろ妾達も行動を開始するのじゃ。」


「隊列は......俺、ナレア、ケイの順番にする。ケイはいつもと立ち位置が違うが大丈夫だな?」


「大丈夫です。後ろは任せて下さい。」


俺が入るポジションは、普段リィリさんが担当している場所だ。

後ろの警戒とナレアさんのフォロー。

特に問題はない。

俺達は小部屋から出て左右に広がる通路の真ん中に立つ。


「現在位置もどんな規模のダンジョンかも分からないしな......適当に行くか?」


「シャル、どっちも行き止まりにはなっていない感じかな?」


『私の知覚できる範囲ではどちらの通路も先があります。また、どちらに向かっても暫く魔物との遭遇はありません。』


「どちらを選んでも行き止まりではなさそうです。それと魔物とも暫くは鉢合わせないみたいです。」


「助かる。じゃぁ、左から行くぞ。」


レギさんはそう言って左に向かって足を進め、その後ろにナレアさん、俺と続く。

背後の警戒をしてはいるが、シャルの感知があるので奇襲されることは心配していない。

まぁ、勿論万が一が無いとは言えないので警戒を怠る気はないけど......。

それに天然のダンジョンにはない罠が無いとも限らない。

ネズミ君達が調べてくれているだろうけど、魔物よりも罠の方が恐らく危険なはずだ。

そんな風に俺達は気を抜くことなくダンジョンを進んでいく。

しかし、魔物はおろか、クルストさんの痕跡すら発見することが出来ない。


「これだけ移動しているのに魔物の一匹とも遭遇しないとはな。」


前を歩くレギさんがぼそりと呟く。


「ネズミ達が倒しておるわけではないのじゃな?」


「そのようです。」


ナレアさんの問いに俺が答えると、レギさんが大きく息を吐く。


「魔物と全然遭遇しないダンジョンか......あの時を思い出すな。」


「そうですね......あの時はリィリさんがダンジョンの奥で暴れていたからですが。」


「......まさか、そんなことになっているとは露にも思わなかったからな。不気味な物を感じたもんだ。」


「そうでしたね。魔物に遭遇出来ないことで焦れていましたよね。」


「そうだったな。」


俺とレギさんが攻略したダンジョンの事を思い出す。

あの時はレギさんの過去に決着をつけるためにダンジョンに乗り込んだ。

その結果......奇跡と言っても過言ではないことが起こり、レギさんはリィリさんと再会して......今もレギさんの傍にいる。

クルストさんにどんな理由があろうと、リィリさんを攫ったことを許せるはずがない。


「早い所、リィリを迎えに行かないとどやされるのじゃ。」


「......そうだな。」


そんな会話をしつつ探索を進めていると、一匹のネズミが駆け込んできた。


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