第461話 その先は



夜の王都を駆け抜ける事しばし、俺達はシャルの案内に従いクルストさんの拠点とやらに到着した。


「クルストさんは宿を使っているって聞いていましたが。」


『偶にこの建物を使っているようです。報告ではまだこの建物から外に出た者はいないとのことで......また、リィリを連れて地下室に入ったそうです。』


「他に人は......?」


『リィリとクルスト以外にこの建物に出入りしている人間はいないとのことです。また地下室は完全に密閉されているらしく、ファラの部下も侵入できていません。』


「分かったありがとう。レギさん、ナレアさん。この建物ですが......。」


俺は今シャルから教えてもらった情報を二人と共有する。

レギさんは焦りを見せた表情で、ナレアさんは表情を完全に殺した状態で聞いている。


「完全に密閉された部屋か......クルスト本人が入っていったなら空気は問題なさそうだが......。」


「とりあえず、この家屋の中にリィリ達以外が居ないのなら、とっととその地下室まで行くのじゃ。罠なんかはネズミ達が見つけておるじゃろ?」


『罠等は問題ありません。地下室までの道のりは掃除が終わっています。』


「罠は大丈夫だそうです。地下室に直行でいいですよね?」


「家屋内の調査はネズミ達に任せるのじゃ。妾達は急いで地下室を制圧するのじゃ。」


「よし、いくぞ!分かっていると思うが、冷静に、落ち着いていくぞ。」


「了解です。」


レギさんがいつもと同じように冷静に動けと言う。

内心、一番焦っているのはレギさんだと思うけど......リィリさん、無事でいて下さい!

俺は逸る心臓を抑え込むように大きく息を吸い、家屋に向けて足を進める。

廃墟って感じではないけど......生活感は全く感じられないな。

シャルの先導に従い、すぐに階段に辿り着いた俺達はシャル、そしてレギさんを先頭にゆっくりと階段を降りていく。

階段を降り切ると、短い廊下があり、その先には重厚な扉が鎮座している。

家屋の一階とは明らかに雰囲気の違う扉......防火扉の様な感じだ。


『......扉の向こうに人の気配は感じられません。』


「......え?」


人がいない......?

リィリさんもクルストさんも?


「どうしたのじゃ?ケイ。」


「今シャルが......扉の向こうに誰もいないと。」


「......。」


レギさんが扉に耳を当て......かぶりを振る。

そして立ち上がったレギさんが扉を開けようとして......。


「ち......やはり、鍵がかかってやがる。」


悔し気にそう吐き捨てるレギさん。


「シャル......部屋の広さとかって分かる?」


『あまり広くはありません、ケイ様が使われている宿の部屋くらいでしょうか?』


「......人の気配は全くない、間違いないよね?」


『間違いありません。』


「分かった、ありがとう......レギさん、先頭代わって下さい。」


「あぁ、どうするんだ?」


俺はドアを調べているレギさんに代わり、ドアの前に立つ。

蝶番はこちら側から見えないので内開きのドアだね。

それだけ確認した俺は思いっきり強化魔法で身体強化を掛けた後、ドアノブの近くに思いっきり掌底を叩き込んだ!


「ふっ!」


俺の息張った声と、ドアがへこみ物凄い勢いで開いた音が同時に聞こえる。

どうやら小さめの閂の様な鍵が付いていたみたいだけど、留め具と一緒に吹き飛んでしまっている。


「よし。部屋を調べましょう!」


「おい、ケイ!その部屋はまだ罠とか調べて無いだろ!?迂闊に入るな!」


勢い込んで部屋に足を踏み入れようとした瞬間、後ろにいたレギさんに怒られる。


「す、すみません!」


焦っていながらもレギさんはちゃんとレギさんだ。

誰よりもリィリさんを心配していながらも己を見失っていない。

緊急時だからこそ、己をしっかり保って最善を尽くしているんだ......焦ってもロクなことにならないと。


「シャル、調べて貰える?」


『すぐに終わらせます。』


俺が頼んだ次の瞬間、何十匹ものネズミ君達が一気に部屋の中になだれ込む。

若干ぞっとしてしまったけど、俺達の為に頑張ってくれているネズミ君達に失礼だったな。

後でしっかりお礼を言わないと......リィリさんも色々とこの子達に料理を振舞いそうだね。

全てのネズミ君達に奢ったら、流石にリィリさんは破産するかもしれないから、ここは皆で出し合おう。

まぁ、それはさておき......俺は部屋の中に視線を向ける。

今は所狭しとネズミ君達が室内を調べてくれているけれど......リィリさんとクルストさんは一体何処に行ったのだろうか?

この部屋に入るところまでは監視をしていたネズミ君が確認しているのだから、そこは間違いないだろう。

となると......この部屋に入った後に何かがあった......若しくはこの部屋に入ったこと自体がフェイク......例えば、幻惑魔法の魔道具を使われていたとか?

もっと単純にどこかに隠し通路があると言う可能性もあるけど......完全に密閉された空間とネズミ君達が断言するくらいだからな......。


『ケイ様、室内の調査、および罠の解除が終わりました。』


シャルの報告に先んじて、室内にいたネズミ君達が一斉に部屋から出て行った。


「ありがとう、シャル。ネズミ君達にもお礼を言っておいて。レギさん、ナレアさん、部屋に入っても大丈夫だそうです。罠もすべて解除してくれたみたいです。」


「そりゃ助かるな。」


罠は解除したと聞いても、一応警戒しながらレギさんが部屋の中に足を進めていく。


『ケイ様、隠し扉のようなものは発見出来ませんでした。しかし、この部屋は頻繁に使われているようで痕跡がいくつか残っていました。』


「リィリさんが居たような痕跡はあった?」


『申し訳ありません、そのような痕跡は見つけられませんでした。』


「そっか......まぁ、監視していた通り、無力化されて担がれていただけなら痕跡なんか残らないか......。」


二人分の体重がかかった足跡......とかなら分かるかも知れないけど......残念ながらここは石の床だしな。

埃も......見た感じ積もっていない。

まぁ、頻繁に使われているって話だしな。


「その様子では、リィリが居た痕跡も無ければ隠し扉等も無かったようじゃな。」


部屋には入らず俺の傍に居たナレアさんが、俺とシャルの話の内容を察したのかぽつりと呟く。


「はい。ナレアさんの言う通りです。」


「......ならば、やはりあれじゃろうな。」


「......そうですね。」


俺とナレアさん、そしてレギさんの視線の先には部屋の奥に置かれた大きな姿見がある。

全身を映すのにここまで大きな鏡は必要ないだろうと言うようなサイズだ。

明らかに俺の身長よりも大きい、恐らくレギさんよりも。

そして中心にある鏡面を飾るように縁にはきらびやかな装飾が施されていて、魔晶石が多く埋め込まれているようだ。

いくつかの魔晶石の中には魔術式が見えないけど......これは魔道具だろうね。

問題は何の魔法が込められているかだけど......強化魔法や天地魔法ではないだろう。


「幻惑魔法か空間魔法だと思います。」


「まぁ、そうじゃろうな。幻惑魔法だとしたら......姿を変えたり、消したりかの。空間魔法なら、歪曲か接続じゃな。」


「自分で言っておいてなんですが、幻惑魔法の可能性は低いかもしれませんね。姿を変えたり消したりしたとしても、ドアを開ければネズミ君が気付いたはずですし、この部屋の何かを隠したりしていたとしても僕やシャル、マナスが見た限りそのような魔力は確認できていません。歪曲で扉を隠しているか、接続で別の場所に移動出来るかのどちらか......鏡の大きさを考えると、恐らく接続じゃないかと思います。」


「鏡面の部分が別の空間に繋がっておるという事かの?」


「恐らく......対となる鏡がどこかに設置されていてそこと繋がるのではないかと。」


「......そうだとすると、厄介じゃな。対となる魔道具も起動させねばそこには行けない可能性があるのう。」


確かに......その場合追いかけるのは不可能に近い......。

いや、でもそうすると......。


「......その場合こちらに戻ってこられなくなるんじゃないですか?こっちには誰も控えていない訳ですし......。」


「確かにそうじゃな。よし、ここで悩んでいても仕方ないのじゃ。起動してみるのじゃ。前に進まぬ限り、リィリの所へはたどり着けぬ!」


そう言ってナレアさんは鏡の前に立つと魔力を流し込む。

止める間もなかった......いや、ナレアさんの言う通り悠長に検証なんてしている暇はない。

そうしている間に、ナレアさんの魔力により鏡の魔道具は起動する。

一見して変わりは無いように見えるけど......ナレアさんがそっと鏡面に触れると、その手が鏡の中に沈み込んでいく。


「......接続じゃな。」


「そのようですね。」


「では、行く......。」


「待った!俺が先頭を行く。安全を確認したら呼ぶからその後で来てくれ。」


ナレアさんが鏡の向こうに行こうとしたところ、レギさんが肩を掴んで止める。


「......分かったのじゃ。こちらで魔道具を起動し続けておるので、危険を感じたらすぐに戻ってくるのじゃ。」


「了解だ。」


「レギさん、お気をつけて。」


「あぁ!」


レギさんは武器を構えながらゆっくりと鏡の中に進んでいく。


「っ!?これは......。」


鏡の向こうからレギさんの声が聞こえてくる。

空間は繋がっているのに視界が通らないのは......魔道具の仕様なのだろうか?

普通に接続を使うと正面から見れば視界が通るのだけど。


「レギ殿、大丈夫かの?」


「あぁ、とりあえず、ここは大丈夫そうだ。来てくれるか?」


レギさんの招きに応じて俺とナレアさんは鏡の向こうへと足を踏み入れる。

......鏡を通り抜けた瞬間、重い空気に包まれる。

初めてくる場所で......薄暗いけど、分かる......ここは......。


「......ダンジョン。」


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