第460話 一体何が……



「いくら何でも遅すぎるのじゃ。」


「そうだな。」


いつまで経ってもリィリさんが宿に帰ってこない。

もう晩御飯時はとっくに過ぎ去り、食堂で吞んでいた人達も解散していっている。

夜更けとは言わないけれど、宵の口はとうの昔に通り過ぎたと思う。

レギさんもナレアさんも気遣わしげだ。


「ナレアさん、連絡してみましょう。」


俺はそう言って幻惑魔法を発動させる。


「む......そうじゃな。」


ナレアさんが懐から魔道具を取り出し、起動させる。

しかし、対となっているリィリさんの魔道具の起動が確認できない。


「......反応がないのう。」


「部屋に移動しましょう。ここだと動きづらいです。」


「そうだな。」


俺達は言葉少なに視線を交わすと、俺の使っている部屋に移動する。

部屋の扉を閉めてすぐ、俺は肩に掴まっているシャルへと声を掛ける。


「シャル、リィリさんの居場所は分かる?」


『先程、調べる様に命じました。すぐに分かると......すみません、ケイ様。失礼します。』


シャルは既にリィリさんを探す様に命じてくれていたみたいだ。

台詞の途中で窓の外に顔を向けたので、もう連絡が来たのだろう。

食堂でそれを伝えて俺達が部屋に戻るまでに見つけたって事......?

早すぎない......?

俺はネズミ君達の仕事に戦慄しつつ、皆に状況を伝える。


「既にネズミ君達にリィリさんを探す様に言ってくれていたみたいです。今連絡が来たので恐らく......。」


「そうか、すまねぇな。手間を掛けさせて。」


レギさんが少し安心したように言う。

ネズミ君達が把握出来ているなら問題は無さそうってことだろう。

ナレアさんは窓際で話しているシャルの方を見ているようだ。

しかし、リィリさんは何をしているのだろうか?

迎えに行った方が良いかもしれないね。

俺もナレアさんに倣って報告を聞いているシャルの方に視線を向けたところ、シャルの耳がピンと立ち緊張が走ったように見える。

俺の胸の中にざわりと、嫌な物が生まれる

次の瞬間シャルが俺の方を向き端的に告げてくる。


『ケイ様。リィリが拐かされました。』


「り、リィリさんが攫われた!?」


「なんだと!?」


思わず声を上げた俺に詰め寄ってくるレギさん。


「ケイ!今のはどういうことだ!?」


「ちょ、ちょっと待ってください!シャル!どういうこと?」


詰め寄って来たレギさんを抑えつつ、俺はシャルに問いかける。

リィリさんが攫われたって言ったよね?


『今報告に来たのは私の命令でリィリを探しに行った者とは別の者です。その者が監視していた対象がリィリと接触、その後拐かしたと。』


「監視対象って誰の事!?誰にリィリさんは攫われたの!?」


シャルが一瞬ナレアさんの方に視線を向ける。

その視線を受けたナレアさんも何かに気付いたのか驚いたような表情になる。


『その者が監視していたのは、冒険者。クルストです。』


「クルストさん!?クルストさんがリィリさんを......?いや、それって普通に二人でどこかに向かっただけじゃ......?」


俺がクルストさんの名前を出すと、レギさんが安心したように力を抜いて椅子に座り直す。

クルストさんがリィリさんを攫うって無理があり過ぎる......まぁ、クルストさんに限らずリィリさんをどうこう出来る人は滅多にいないと思うけど。

まぁ、クルストさんなら美味しいお店を見つけた、とか言ってどこかに連れて行くことくらいは出来そうだけどね。


『いえ、何らかの魔道具を使いリィリを無力化、その後担いで自分の拠点に連れ帰ったとのこと。拠点は現在監視中です。』


......そんな馬鹿な。

どう聞いてもクルストさんがリィリさんを誘拐しているようにしか聞こえない。


「レギさん、ナレアさん。話を聞く限り、誘拐に間違いなさそうです。」


「なんだと......!?」


椅子に座って力を抜いていたレギさんの表情が一変する。


「魔道具使ってリィリさんを無力化した後に自分の拠点に連れ去ったそうです。どんな理由があったにせよ、すぐに向かう必要があると考えます。」


俺は立ち上がり、外に出る準備を始める。


「馬鹿な......クルストが?あいつ、何を考えてやがる......!」


レギさんも慌てて部屋を出て自分の部屋へと戻った。


「そう言えば、クルストさんが監視対象ってどういう事?」


ダンジョン攻略に参加した冒険者だからだろうか?

クルストさんは監視対象から外したと思っていたけど。


「妾がシャルに頼んだのじゃ。ケイ達と違って、妾はそこまで長い付き合いがある訳ではないからの。念の為といったところじゃったが......まさか、このようなことになるとはの......。」


部屋に残っていたナレアさんが表情を消しながら呟く。


「そうだったのですか......。」


本当にクルストさんがリィリさんを誘拐したのだろうか?

何か想定できることは......。


「もしかしたら、クルストさんに変装して、リィリさんを油断させたって可能性もありますよね?」


「可能性が無いとは言わぬが......ネズミが監視しておったのはクルストじゃ。リィリを監視していてクルストが突然現れたのならともかく、クルストを監視している時に現場に遭遇したとあってはの......少なくとも、妾達と一緒にダンジョン攻略に参加したクルストであることは疑いようが無いと思うのじゃ。」


それもそうか......それに、多少の変装くらいで知り合いを騙せるとは思えない。

そして、ダンジョンを一緒に攻略したクルストさんは間違いなく本人だった。

あのダンジョンの攻略時からネズミ君が張り付いていたのなら......入れ替わる隙は無いと思う。


「そう......ですね......ところで、リィリさんを無力化した魔道具について何か心当たりはありますか?」


俺が尋ねると、完全に表情を無くしていたナレアさんが難しい表情に変わる。


「いや......全く分からぬのじゃ。人を無力化するような魔道具なぞ......寝かせた......あるいは気絶させたのか......しかしそのような魔術式なぞ......。」


「......そう言えば、クルストさんはフロートボードを使っていました。もしかしたら弱体魔法の込められた魔道具を持っているのかも......。」


「なるほど......弱体魔法の魔道具か......それはあるかも知れぬのじゃ。妾達も用心が必要じゃな。」


「そうですね......。」


それにしたって、一体何がどうなっているんだ......。

クルストさんがリィリさんを害するなんて、とてもじゃないけど思えない。

でもネズミ君......ファラの配下が誤報を持ってくるとも思えない。


「待たせた!」


準備を整えたレギさんが、俺の部屋に飛び込むようにして戻ってくる。

その背には斧を背負っていて......完全武装のようだ。


「シャル、案内をお願い!」


『承知いたしました!』


俺達はシャルの先導に従って夜の王都に飛び出す。

一体どうなっているのかさっぱり分からないけど......リィリさんに何らかの危険が迫っていることに間違いはない。

それをクルストさんが引き起こしたとは考えたくないけど......いや、今は余計な事は考えるな!

今はとにかくリィリさんを見つける事だけを考えるんだ!


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