第459話 永遠に



かなりの時間をかけて、俺はナレアさんの魔力を全て俺の魔力へと置き換えた。


「......終わりました。」


ナレアさんの荒い呼吸を聞きながら俺はゆっくりと体を離す。

ナレアさんは俯いていたが、俺が体を離したことで呼吸を整えながら顔を上げる。


「はぁ......はぁ......ほ、ほほ。御母堂から話は聞いておったが......な、中々、きつかったのう。」


「大丈夫ですか?」


まだ呼吸は荒く、額には玉のような汗を掻いているナレアさんだったが、俺に力なく笑いかけてくる。

その様子に心配になった俺はナレアさんに再び近づこうとして、ナレアさんの手に遮られた。


「だ、大丈夫じゃ。それより、妾は無事に眷属となったのかの?」


「はい......ちゃんと眷族になっていますよ。」


意識して感じ取ろうとしなければ分からないけれど、今までにはなかったナレアさんとの繋がりのようなものを感じ取ることが出来るようになっている。

その事実に何か体の中に暖かい物を感じた気がするけど......今はそれよりもナレアさんが心配だ。


「ほほ、それは良かったのじゃ。ケイの方はなんとも無いのかの?」


「えぇ、僕は大丈夫です。それよりナレアさん、下に戻って早く休んだ方が......。」


「いや、大丈夫じゃ......徐々に違和感がなくなって来ておる。もう少しここで休んでおれば普段通り行動出来そうじゃ。」


「そうですか......よかった。」


俺はそう言いながらナレアさんを抱きしめようとして......スッと避けられてしまった。


「え......?」


だ、抱きしめるのはダメだった!?

な、何か失敗した!?

なんだろう......ナレアさんに避けられた瞬間、滅茶苦茶心に衝撃が来たのだけど......。

うぐ......立ち直れないかも......。


「そのような顔はしないで欲しいのじゃ。ケイに......その......抱きしめられるのが......嫌と言う訳では......。」


俺から少し離れた位置でもごもごと言うナレアさん。

嫌ではないと言われた瞬間......間違いなく俺は笑顔になったと思う。

自分でも現金な物だと思ったけど......仕方ないよね?

もじもじしているナレアさん可愛いし。


「あからさまにいい顔になったのう......まぁ、よいのじゃ。とりあえず、今は無しじゃ。」


「......何故でしょうか?」


「......言わねば分からぬかの?」


ナレアさんの目が半眼になる。

......うん。

言われないと分からないけど、これ以上食い下がるのは危険だと言うのは分かった。


「いえ、大丈夫です。えっと......少し休んだら宿に戻りますか?」


「いや......宿に戻る前に、風呂を作ってくれぬかのう?」


「あ、分かりました。」


確かにナレアさんはかなり汗を掻いていたからな。

このまま帰って寝るのは気持ち悪いだろう。

折角だから何かいい感じのお風呂にしてあげたいな。

眷属になった記念って訳でもないけど......。

打たせ湯とかどうだろうか?

循環させるのは難しいから......うん、俺が外でお湯を作り続ければ行けるね!

そんな構想を練っていると、ナレアさんがじっとこちらを見ているのに気付いた。


「どうかしましたか?」


「いや......ケイの眷属になったのじゃなぁと思っておっただけじゃ。」


「......言葉では言い表せないくらい、ナレアさんには感謝しています。」


「......感謝のう。」


そう呟いたナレアさんは一度俺から視線を外した後、顎に手を当てながら口を開く。


「ケイよ。妾はケイの眷属となったの?」


「はい。」


「うむ......じゃが、眷属と言う立場ではあるが......ケイと妾は対等と考えて良いかの?」


「勿論です。眷属にすると言うのは......あくまで手段であって、僕とナレアさんの関係を指す言葉ではありません。」


俺がそう言うとナレアさんは顎から手を放し真っ直ぐと俺の目を見る。


「ならば......感謝ではなく、妾と同じ目線で、これから先も共にあれることを喜んでくれぬかの?妾は自身の意思でケイと共にありたいと思ったのじゃ。それはケイの為と言うよりも妾の為じゃ。」


「......ナレアさん。」


「じゃから、喜んでくれた方が嬉しいじゃ。」


「はい。」


俺が頷くとナレアさんは優しく微笑む。

自分の意思で眷属になったのだから気にする事は無い、そう言ってくれているようにも思う。

これは呪いでは無く、祝福なのだと。


「......ナレアさん、これからも......ずっと、ずっと一緒に居て下さい。僕は、貴方の傍から離れません。」


「うむ。妾も......未来永劫、ケイの傍に居ると誓うのじゃ。」


俺はナレアさんを抱きしめようとして......スッと避けられた。

すっかり忘れていた俺が悪いのだけど......やはり心にぐさっと来る。

その後、王都の遥か上空で他愛もない話をしながら体を休めた俺達は、王都の外に向かい打たせ湯を作った。

最初は首を傾げていたナレアさんだったが、中々好評だった。




ナレアさんが俺の眷属になってから数日、俺達は王都で情報収集をしながら過ごしていた。

勿論情報収集だけをしていたわけでは無く、それぞれやりたい事をやりながらではあったが。

レギさんは基本的にギルドに向かって仕事をしながら情報収集を......これは殆どいつも通りって感じだね。

リィリさんは眷属になったナレアさんや俺の事を揶揄ったり、美味しい物巡りをしたり、レギさんの仕事を手伝ったりしていたが、ナレアさんと俺の事を本当に嬉しそうに見ていた。

まぁ、こっちもいつも通りだね。

ナレアさんは王城や魔術研究所に顔を出していたが、ついこの前、俺がグルフの様子を見に街の外へ行った時、一緒について来た。

俺がグルフ達のブラッシングやシャンプーをしている間は手伝ってくれていたのだが、何故かその後シャルと模擬戦を始めた。

それは、何と言うか......物凄い模擬戦だった。

はじけ飛ぶ地面にめくれ上がる地面、割れて砕けて陥没する地面。

地面に何か恨みが?

そんなことを考える横で、大きな体を縮こまらせながら震えるグルフ。

流石のナレアさんも他所から見えない様に、幻惑魔法を展開させながら戦うのは無理だと考えたらしく、幻惑魔法を張っていたのは俺だったのだけど......何度その幻惑魔法が消し飛ばされそうになったことか......。

練習がてら、空間固定でドーム状に覆っていたのも良かったのかもしれない。

というか、それをしていなかったら幻惑魔法の向こう側も大変なことになって、王都が大騒ぎになっていた可能性もあった。

そのくらい凄まじい模擬戦だった。

観戦者の中でいつも通り平然としているマナスが一番の大物だと思う。

まぁ、そんな感じで、ナレアさんとシャルだけは少しだけ普段とは違う行動を取りつつ過ごしていた。

その間、特に魔道国の南方を含め大きな動きは無かったのだが......今日新たな動きが魔道国の南方であった。


「新たな魔物の群れの襲撃......。」


「うむ、今度は南の大河のさらに南。魔道国の中でも最南端と言ってもいい場所じゃ。」


「ギルドの方にはまだ情報は来ていなかったが......。」


「妾が城を出る直前に早馬が来たのじゃ。ギルドにもすぐに連絡は行くと思うがの。」


レギさんが少し前のめりになりながらギルドの事を言うと、ナレアさんが説明してくれる。


「とは言え、内容はさほど深刻な物ではない。問題なく現地戦力だけで対応出来ると言う話じゃった。」


「またか......本当に相手の狙いが読めないな。」


ナレアさんの情報に前のめりになっていたレギさんが、身体を起こしながら言う。


「そうですね......精々、冒険者が南に流れている事と......攻略記念祭が延期になったことくらいですか?混乱らしい混乱も起こっていませんね。」


「リィリが集めた話では、商人の足が南の方から遠のいているとの話じゃったし......そう言った意味では混乱が起こるのはこれからかものう。」


「食料や経済的な混乱という事ですか?」


「うむ......食糧に関しては既に城でも議題に上がっておって対策を講じておるが......経済的な混乱は避けられぬじゃろうのう。」


「檻の狙いにしては大人しい気がするが......。」


経済的な混乱の隙をついて大儲け......とか?

魔道国みたいな大国相手にやらなくても良さそうな内容だけど......金額の問題だろうか?


「そうじゃな......まぁ、今も魔物に攻められておる南方の事を思えば大人しいとも言い切れぬが......ところでリィリはどうしたのじゃ?随分遅くないかの?」


「そう言えばそうだな......今日は完全に別行動だったからな。また面白い店でも見つけたんじゃねぇか?」


「リィリさんが晩御飯時に戻って来てないのはかなり珍しいと思いますが......もしかしたら色々と買い込んで帰ってくるかもしれませんね。」


今までもリィリさんが遅くなる時は、大体両手いっぱいに食べ物を抱えて帰ってくることが多かったしね。


「ふむ......そう考えると、晩御飯は軽めにしておいた方が良いかも知れぬのう。」


そんなことを言いながら俺達は報告会を続けた。

......しかし、いくら待てど、リィリさんは宿に帰ってこなかった。


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