第458話 眷属化



「僕の眷属に、ナレアさんが?」


「うむ。」


極至近距離で俺を見つめるナレアさんが肯定する。


「それは......。」


この話の流れでそれを言うってことは......いつ終わるとも知れない、今の俺達からすれば永遠とも思えるかも知れない人生を一緒にってことで......。

それは結婚よりも遥かに重くて深い契約。

それに眷属って......微妙に無条件な感じで従ってくれる感じがある......。

ナレアさんにはそういう事になって欲しくない。


「別に眷属になったからと言って絶対服従と言う訳ではない。縛りのようなものは何もないと御母堂から聞いておる。繋がりのようなものを感じることは出来るらしいがの。」


「そうなのですか?」


眷属って何か強制力があるのではないの?

でもシャル達を見ていると......何らかの強制力があるような感じが......。


「ケイ。それはシャル達に失礼じゃ。あやつらの忠誠は何者かに強制されたものではない。あやつらの内より生じたお主への想いじゃ。お主が信じてやらんでどうする。」


至近距離から咎めるような視線を向けられる。

いや、明確に咎められている。

でもナレアさんの言う通りだ。

あれだけ俺の為に尽くしてくれている皆に本当に失礼な事を考えてしまっている。


「無論、ケイがシャル達の事を軽んじているとは思ってはおらんがの。」


「はい......ですが、後でお詫びも兼ねて労っておこうと思います。」


「ほほ、律儀じゃが、余計な事は言わぬようにの。」


そう言って優しく笑うナレアさん。


「えぇ。」


俺が微笑み返すとナレアさんは俺から顔を背け、俺の胸に顔を埋める。

......こうして密着しているからバレバレだけど......心臓が弾けそうだ。


「ほほ、鼓動が凄いのう。」


「まぁ......自分の頭にも響く程度にはバクバクいっていますからね。」


「......妾も人の事は言えぬがの。」


ナレアさんがぽつりと呟き、会話が途絶える。

しかし、なんというか......嫌な沈黙ではない。

緊張もだんだん収まって来たし......。

暫くそのままじっとしていた俺は、ナレアさんに声を掛ける。


「......ナレアさん。」


「なんじゃ?」


「眷属になってしまったら......今までとは存在そのものが変わってしまいます。」


「うむ。」


ナレアさんは体を起こしてこちらを見る。

その目は真っ直ぐとこちらを見ていて、迷いは無いように見える。


「人の精神では耐えきることが出来ない程の寿命になるかも知れませんよ?」


「妾の傍にはケイが居る。一人では己を保てぬような時の長さも二人であれば問題ないのじゃ。それに、ケイにも同じことが言えるじゃろ?人の心配をしている場合かの?」


「まぁ......僕の場合は選択の余地はあまりありませんでしたし、今となっては心配しても遅いですから。まぁ、後悔は全くありませんけどね。」


「......後悔が無いというその言葉、妾に支えさせて欲しいのじゃ。」


そう言ってナレアさんは俺から離れて宙に浮き、俺の正面に来る。


「妾を......ケイの眷属にして欲しい。」


俺よりも長い時を過ごして、俺よりも多くの事を経験をして、愛した人達との別れを経験しているナレアさん。

長く生きることはけして幸せな事だけではない。

それだけ多くの悲しみにも巡り合うという事だ。

それでもナレアさんは、今までとは比べ物にならないくらいの長い時を、俺と一緒に生きてくれると言う。

そんなナレアさんの覚悟を受けた以上......。


「分かりました。」


俺は空間魔法を発動して足場を作り立ち上がり、ナレアさんの手を取って告げる。


「ナレアさん。僕の眷属になって......共に生きて下さい。」


「うむ。ずっと、ずっと傍に居るのじゃ。」


ナレアさんはとても、優しくて綺麗な笑顔で応えてくれた。




「......ところで、眷属にはどうやってすればいいかは分かっておるのかの?」


先程までとは雰囲気を変えたナレアさんが、冗談めかして聞いてくる。


「えぇ、大丈夫です。以前帰った時に、母さんから知っておいた方が良いと言われ、教えてもらいました。」


「ほほ、御母堂に感謝じゃな。」


こんな話をしておいて、どうやったらいいのですかね?

みたいなことになったら気まず過ぎるしね。


「なんとなくは知っていたのですが......ちゃんと教えてもらっておいて良かったです。」


「なんとなく?」


ナレアさんが小首を傾げる。


「えぇ。知らず知らずの内にシャル達を眷属にしてしまっていましたから。」


「心当たりがあったという事じゃな?」


「えぇ。僕がまだ魔力操作が出来なかった頃、デリータさんのお店で初めて魔力を使えるようになった時に初めてマナスにあったのですが......マナスに魔力を流し込んだところ、進化してしまって......。」


「ほほ、そう言えばそんなことを言っておったのう。」


「あの時は物凄く驚きました。魔力を使えるようになった直後ってこともありましたし......大変なことをしてしまったかと。」


「まぁ......大変な事には違いなかったがのう。」


確かに......。


「デリータさんがその後マナスの事をかなり色々調べたみたいですが......それ以降すっかりマナスがデリータさんの事を苦手になってしまって。怯えるマナスはあの店でしか見られないですね。」


「ほほ、マナスが怯えるのう......確かにそうそう見られる光景では無さそうじゃ。」


ナレアさんが笑い、俺はナレアさんの両肩に手を置く。


「眷属にするのに必要なのは、神子である僕の魔力、それと相手の同意です。」


マナスは普通のマナスライムだったのにどうやって眷属になることを同意したのだろうとは思うけど。

意思が薄弱だから明確な同意が必要なかったとかだろうか?

まぁ、今はそれはどうでもいいか。


「同意は問題ないのじゃ。妾はいつでも構わぬ。」


そう言ったナレアさんの肩は強張っているように感じる。

流石のナレアさんも緊張しているようだ。

俺が笑いかけるとナレアさんは自分の肩に力が入っていることに気付いたのか、一度大きく深呼吸をして首を回す。


「緊張しておったようじゃな。」


「無理もないですよ。」


眷属になるという事は今までとは別の存在になると言っても過言ではない。

人が眷属になっても魔物の様な進化は起こらないみたいだけど、それでも存在としての格があがるって母さんは言っていたっけ。

いくらナレアさんの肝が座っていると言っても緊張して当然だろう。


「ふぅ......もう大丈夫じゃ。ケイ、頼むのじゃ。」


「分かりました。始めますね。」


俺はナレアさんの肩に置いた手からナレアさんに向けて魔力を流し込む。

ここで送る魔力量は相手によって変わるらしいけど、一気に流し込まずに相手の全てに魔力を馴染ませるようにゆっくりと......。


「......う、くぅ......だ、大丈夫、じゃ。」


ナレアさんがうめき声を漏らしたことで、俺が魔力を緩める前にナレアさんに止められる。

咄嗟に魔力を止めそうになったけど......ここで止めても確かに意味はない。

俺はナレアさんに頷いて見せた後、肩に置いていた手を背中に回し、ナレアさんを抱き寄せる。

あまり力を込めずナレアさんを抱きしめ、魔力をゆっくりと流し込む。

ナレアさんも俺の背中に手を回し......少し力を込めて抱き着いてくる。

かなり苦しいのかもしれない。

早く終わらせてあげたいけど、まだ足りない......もう少し時間がかかりそうだ。

俺は丁寧に魔力を流し込んでいく。

ナレアさんが苦しそうだからと慌てて急ごうとして、失敗してやり直したりする方がよほど長引かせてしまう。

慌てずにゆっくりと魔力をナレアさんに流し込んでいく。


「......ふっ......く......う......ぁ......。」


ナレアさんの押し殺しきれない苦悶の声を聞きながら、焦らない様に自分を戒めつつ、それでも内心じりじりと焦れながら......魔力を流し込み続ける。

......駄目だ、ナレアさんの様子を見ていると集中が切れてしまう。

俺は申し訳なさを覚えながらも自分の魔力の流れ、ナレアさんの眷属化に集中する。

流し込んだ俺の魔力がゆっくりとナレアさんに浸透していき、逆にナレアさん自身の魔力が追い出されていく。

自分の魔力を強引に外に出され、逆に異物である俺の魔力を流し込まれていく感覚にナレアさんは苦しんでいる。

ナレアさんは元々持っている魔力の量が多いから余計に時間がかかっているのだろう。


「......ぅ......くぁ......あ......!」


兎に角早く終われ!

俺はナレアさんの苦悶の声を遠くに聞きながら、集中するように苦心していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る