第457話 空より高く



「ここが目的地ですか?」


空中に止まり、落ち着いた様子を見せるナレアさんに一応尋ねてみる。


「うむ。一度、王都をこうして見てみたかったのじゃ。」


ナレアさんに釣られて俺は視線を下に向ける。

眼下には王都の街並みが広がっているけど、流石に距離があり過ぎて一つ一つの建物までは分からない。

しかし夜も遅いというのに煌々と光る魔道具の明かりが街の輪郭を浮かび上がらせている。


「ほほ、王城は流石にこの距離でも分かるのう。」


「そうですね。随分と明るい......こんな時間でもまだ仕事をしているんですね。」


「魔道具による明かりを大々的に配備するようになってから、魔道国は夜が遅くなったと言われておるのう。まぁ、推し進めたのは妾じゃが......どんな時間でも仕事に追われると、ルルは不満を言っていそうじゃな。」


「蝋燭やランプの明かりだと夜仕事をするにはちょっと暗いですからね。」


「王城から街を見下ろすことはよくあったが......王城すらも見下ろすような位置から王都を見ることが出来るようになるとはのう。ケイと居ると本当に面白い体験ばかりじゃ。」


そう言ってナレアさんは眼下の景色を優しい目で見ていた。

そんなナレアさんから視線を外し、俺は空間魔法を発動させようとする。

天地魔法を維持しながらの空間魔法の発動は、一瞬でも気を抜けば地上に真っ逆さまって感じがするけど、ナレアさんと手を繋いでいる状態なのでその必死さを気取らせたくなかった。

多少時間はかかったもののちゃんと空間魔法は発動し、目には見えないけれど空間を固定することに成功した。


「ナレアさん。座れる場所を用意したので、良ければ座りませんか?」


「ほほ、何やら苦心しておると思ったらそんなことをしておったのか。」


......バレてますね。

まぁ、つないだ手が若干力んだりしていたし......仕方ないと思うけどさ。

俺はややしょんぼりしながら固定化した空間に腰掛ける。


「この辺りを固定化しました。」


俺と手を繋いだままのナレアさんは俺のすぐ横に移動して、固定化した場所をぺたぺたと反対の手で触りながら腰を下ろす。


「自分で飛ぶのと違って、若干の怖さがあるのう。」


「あはは、確かに。足元が頼りない感じですし......もし僕が固定化を解除したら真っ逆さまですしね。」


「もし、黙ってそんなことをしたら暫く口をきかぬからの?」


「......肝に銘じておきます。」


俺の返事に若干半眼になったナレアさんだったが、俺から視線を外してまた王都の方に目を向ける。

......ちょこっとだけですよ?

ちょこっとだけ固定化の位置をずらして、一瞬だけがくんと落ちるような悪戯をしてみたいなぁとか考えましたけど......止めておこう。


「これだけ距離があると喧噪も聞こえぬのう。」


「そうですね。魔道国は夜でも賑やかですが、流石にここまで音は届かないですね。」


「不思議なものじゃ。眼下のあの景色の中に先程まで妾達の居った宿があり、その中には今でもリィリやレギ殿が居る......建物の一つ一つに人が居り、それぞれの生活をしておるのじゃ。」


「......ここから街を見ていると、別世界のように感じますね。」


周りには誰もおらず、風すら遮断しているこの空間は先程までいた世界から切り離されたような感じがある。


「うむ。こうして上空から街を見ると......本当に綺麗じゃ。星々の明かりとはまた違った......人々の生活の灯りとでもいうのかの?近くで見るとどうという事は無いただの灯りなのじゃが......。」


「えぇ、不思議ですね。」


あの光の一つ一つに意味があって、誰かがその下で何かをやっているのだろう。


「まぁ、あの美しい灯りの元で、色々と良からぬことを企んでおる者も多々居る訳じゃが。」


......色々台無しだ。


「まぁ......そうでしょうね。」


「しかし、そんな輩の発する光も......遥か遠くから見れば同じ輝きじゃ。近くで見ると淀んでおったりするがの。」


ナレアさんがほほほと笑いながら毒を吐く。


「......。」


「そういった淀みも含めて、こうやって上から見てしまえば一つの魔道国じゃ。しかし、良からぬことを考える中でも、けして受け入れることは出来ぬ者共がおる。」


「......檻ですか。」


「うむ。奴らの招く混乱はただの害悪......悪党どもの企みは詰まる所、己の欲望を満たす為の物じゃ。檻にも当然それはあるのじゃろうが......実働を行っておる末端の人間にはそれすらない。およそ血の通った組織のすることでは無い。恐らくは上層部、一部の者の欲の為に人を人と思わず使い潰す組織。そんな者達の欲が真っ当であるはずがないのじゃ。じゃから、妾は魔道国で奴らの暗躍を許すつもりはないのじゃ......力を貸してくれるかの?」


「勿論です。全力で力を貸します。」


「......ありがとう、ケイ。」


そう言って微笑んだナレアさんは、俺の創った椅子から飛び出して空中に止まる。


「さて、しょうもない話は終わりじゃ。」


「......この話がしたかったのではないのですか?」


「こんなものはただのついでじゃ......改めて言わずとも、ケイは手伝ってくれるじゃろ?」


「それはまぁ......そうですが。」


つい先ほども思ったけど、色々台無しだ。

ナレアさんが俺の前でくるくると回り出す。

なんというか、踊っているようにも見えるね。


「......ということは、ここから王都を眺めたかっただけですか?」


「......それはともかく、じゃ。」


そこで言葉を切ったナレアさんが俺の目の前をふよふよと漂う。


「......やはり、上空は冷えると思わぬかの?」


「そうですか?天地魔法で暖かくしていますし、適温じゃないですか?」


「いや、結構冷えるじゃろ?」


......ナレアさんに言われて意識してみると、確かにちょっと冷えているような......いや、明らかに冷えてきた......いや、寧ろ寒くなって来た。


「......不自然に寒くなって来た気がします。」


「そうじゃろ?寒いじゃろ?寒いのう......。」


ナレアさんが寒い寒いと言いながらこちらをちらちら見てくる。

その視線が微妙に......。

うーん、ここで、寒いなら下に戻りますか?

とか言ったら大変なことになりそうだ。


「ナレアさん、結構寒いですし、良ければ傍に来てくれませんか?」


「......傍かの?」


ちらちらとこちらを見ながら......ニマニマとしているナレアさん。

俺は軽く咳払いをして言葉を続ける。


「よ、良ければここに。」


俺は視線を逸らしながら自分の膝をポンポンと叩く。


「ふ、ふむ。まぁ......ケイが風邪をひいても困るからのう。仕方ないのじゃ。」


そう言ってゆっくりと俺の方に近づいて来たナレアさんが俺の膝に......横抱きの形で座る。


「「......。」」


......想像していたよりも......物凄く......近い。

いや、当たり前だけども!?

ここまでナレアさんと近づいたのは......告白した時以来......?

っていうか密着しているから鼓動が!

俺の鼓動がやばい!


「......寒いからの。手は......こっちじゃ。」


そう言ってナレアさんは俺の手を取り自分の腰へと回す。

俺の腕の中にナレアさんがすっぽりと収まる。

俺の手を導いたナレアさんの顔も真っ赤だが......俺は俺で緊張のあまり体が固まっている。


「「......。」」


暫く無言で硬直していた俺達だが、ナレアさん体の力を抜いて俺にもたれかかるように体を預けてくる。。


「......。」


「......のう、ケイ?」


「......なんでしょうか?」


腕の中にいるナレアさんがこちらを見ながら囁くように声を出す。


「......ケイは妾と一緒に居ると、妾を一人にしないと言ってくれたの?」


「えぇ。」


俺が返事をするとナレアさんが柔らかく微笑む。


「妾もじゃ。ずっとケイと共にありたい、ケイを一人にしたくないと思っておる。」


ナレアさんが真剣な表情になる。


「......ありがとうございます。」


俺がお礼を言うとナレアさんの表情が少し緩む。


「ほほ。いや、分かっておるのじゃ。妾は魔族としても長寿な方じゃが、それでも不老と言う訳ではないし、千年も生きられるわけでは無い。」


「そう......ですね。」


俺が母さんに寿命が無くなると言われた時......一番嫌だったのがそれだ。

寿命による死がなくなり、親しい人が出来たとしてもいつかはその死を看取らなければならない。

俺は常に送り出す側、残される側になるのだと。

それが非常に怖かった。


「シャル達は相当長生きするみたいじゃが......妾達は間違いなく先に逝く。リィリはもしかしたらずっと一緒に居るかも知れぬがの。」


......リィリさんも恐らく俺と同様に寿命はないよね。

でもナレアさん達はそうではない。


「妾は長らく残される側じゃったからな......ケイが今感じておる恐れや辛さはよく理解しておる。じゃから、せめて......ケイがこれから過ごす永遠とも言える時を、妾に埋められる限り、共に過ごしたいと思っておるのじゃ。」


「はい......。」


魔族の中でも殊更に長寿......とは何度も聞いているけど......それがどのくらいなのかは分からない。

でもナレアさんは自分に出来る限り俺と一緒に居てくれるという。

別れがいつになるのかは分からないが、別れがあるのは必然だ。

そんなことを考えているとナレアさんが首を横に振る。


「ケイ。妾が言ったのは......妾に出来る限りじゃ。」


「......えっと、出来る限り傍に居てくれるってことですよね?」


そう言うと少しだけ俺から体を離したナレアさんが、真剣な表情で俺の瞳を見つめた。


「妾を......ケイの眷属にして欲しい。」


何処までも真っ直ぐな瞳をしたナレアさんが、そう口にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る