第411話 恋しく思う



ちょっとした甘味を購入して食べながら歩いていると、何やら当たりの様子が騒がしくなって来た。

恐らく周囲を歩いている人達の雰囲気が先程までと変わって来たせいだろう。

今までは近代化が進んできた街並みだったのだが、下町に入った感じと言うか......周りの人達もビジネスマンからガテン系になったと言うか......。

まぁ、簡単に言うと......冒険者と言った装いの人達が増えて来たのだ。

とは言え、今歩いている道もしっかりと舗装されているし、周囲の建物も他所の街に比べれば相当時代が進んでいる感じはある。


「冒険者ギルドが近いって感じがしますね。」


「うむ。他の街よりも分かりやすい感じがするのう。」


「魔道国は色々と洗練されている感じがしますけど......ここの雰囲気は他の国と似たような感じがあるので目立つのかと。」


魔道国でも巡回兵は何度か見かけたけど動きやすいようにか、見た感じ鎧を着けておらず軍服のような物を着ていた。

それに比べると要所要所に体を守る防具を身に着けている冒険者の方々の姿は無骨な感じがするね。


「ちなみに、ケイよ。ここまで連れてきておいてなんじゃが......ギルドに行くと高確率......いや、ほぼ確定で面倒なことになるからの。」


ここに来てとんでもないことをナレアさんが言いだした。


「......どういった類の厄介事ですか?」


「お偉方系と流血系じゃな。」


「両方ですか!?」


「まぁ、これも宿命じゃな。甘んじて受け入れるのじゃ。」


「待ってください。百歩譲ってお偉方系は仕方ないとしましょう。ナレアさんは上級冒険者ですし、それに以前の立場もありますから......まぁ、そういった立場の人が出てくるのも分かります。ですが、もう一つの流血系って言うのはどういうことでしょうか?」


「......宿命じゃ。甘んじて受け入れるのじゃ。」


「何かちょっとにやけているのが気になるのですが......。」


どうも流血系の方は何か含みがある感じがする......。


「まぁ、あれじゃ。流血系は確定ではないから安心するのじゃ。妾が何かしようと言う訳でもない。結果としてそうなるかも知れぬ、と言う程度じゃ。それにケイなら何も問題ない筈じゃ。」


「どういう意味でしょうか......。」


「ほれ、そんなことを話している内にギルドが見えてきたのじゃ。」


「......ナレアさん、やはりギルドに行くのはやめて魔術研究所ってところに行きませんか?」


「ふむ、折角ここまで来たのにやめるのかの?」


横にいるナレアさんが上目遣いでこちらを見てくる。

......くっ......可愛い......しかしこれは悪魔の相貌......!

何せこれから人を流血沙汰に引きずり込もうとしているのだ......断固拒否せねば!


「......まぁ、結局後回しにしても行くことに変わりはありませんし、このまま行きましょうか。」


......あれ!?

頭の中で考えていた対応と口から出た対応が違い過ぎる!?

俺の返事を聞き、ナレアさんはにっこりと邪気の無い......いや、若干邪な空気を醸し出しつつ笑みを浮かべる。

まぁ......致命的な事にはならないだろうし......ナレアさんに付き合うと決めたわけだから覚悟を決めて行くとしよう。

でも、ノーと言う事を出来るようにしておいた方がいい気がする......なんか、何でも許してしまいそうな......。

俺が今後について思案していると、肩に掴まっているシャルが何故かため息をついた。




「死ね!おらぁ!」


何故だろう......どうして俺は、冒険者ギルドに入ってモノの数秒で罵声を浴びせられながら殴りかかられているのか......。

しかも複数人から......。

思い返してみても......理由が全く分からない。

因みにナレアさんは傍には居ない。

ナレアさんはギルドに入ってすぐ、受付の方に話に行ったのだが、着いて行こうとしたら少しここで待っていて欲しいと言われたのだ。

そしてナレアさんと離れて十秒もしない内に......何故かこうなった。

レギさんやクルストさんがやっていた、新人への洗礼というかお試しみたいな奴と言うなら分かるけど......俺は今回登録しに来たわけじゃないし......そもそも、一応初級を卒業して下級にはなっているのに洗礼もなにもないだろう。

それとも魔道国のギルドのローカルルールだろうか?

俺はぶんぶんと振り回される腕や足を避けながら周りの様子を窺う。

誰も止める様子はない......というか、周りで見ている冒険者からも明確に敵意の様なものを感じる。

どう見ても殴りかかってきている人達を応援しているしね......。


「ちょこまかと逃げ回りやがって!大人しく死ね!」


「......いや、それはちょっと。」


「気取ってんじゃねぇぞ!このクソがぁ!」


えー、俺はなんでこんなに嫌われているのだろうか?

初めて来た場所でここまで......嫌われているというより憎しまれているっておかしいと思うのだけど......。

俺はお腹を狙って殴って来た人の背後に回るようにして攻撃を避けながら問いかける。


「あの、襲い掛かられる理由が分からないのですが、僕が何かしましたでしょうか?」


「てめぇは大罪を犯した!」


「死ぬか、死ぬか、死ぬ!どれを選ぶ!?」


「それ選ぶ必要ありませんよね!?」


せめて言い方変えて欲しいな......。

とりあえず、理由は分からないけど......原因は間違いなく......カウンターの前でにやにやしながらこちらを見ているナレアさんだろう。


「大罪って......僕が何をしたのでしょうか?」


「死んでくれ!頼むから死んでくれ!肉片の一欠けらも残さずになぁ!」


こんなに死んで欲しいと言われたのは生まれて初めてだ。

かなり辛い。

先程から多くの冒険者に攻撃されているけど......幸いというか何というか......皆素手ってことは本気ではないってことだろうか......それとも理性が残っていると言うべきだろうか?

俺は次々と繰り出される攻撃を避けながら途方に暮れる。

っていうか、そろそろギルドの職員さんとか、良識ある冒険者さんとかが止めてくれませんかね......?

あぁ、レギさんが恋しい......。

俺が一撃も喰らわないことで、ますますヒートアップしていく冒険者の皆さん。

これどうやって収集つけたら......いっそのこと全員倒す......?

今俺に殴りかかってきている人は三人......後外野に居ながらも俺に罵声を飛ばしたり睨んだりしている人が......多数。

......相手の数を数えていて気付いたけど、殴りかかってきているのも罵声を浴びせて来ている人も......睨んでいるだけの人も、全員男性だな。

女性の冒険者は寧ろそんな騒いでいる人達を冷ややかな目で見ているような......。

うーん、そういう人たちに事情を聞くことが出来ればいいのだけど......残念ながらかなり遠巻きに見ているのでこの状況では声を掛けられない。

っていうか色々知っていそうな人が身内にいるんですけどね!?

まぁ、その人は凄くいい笑顔でこちらを見ているだけで、助け舟の一つも寄越してくれない。

何故かルーシエルさんの言葉が頭の中をリフレインしている。

いいんです......そんな人なのは十分、分かっています。


「死ねやこら!ボケこら!カスこら!」


......いい加減イラっとしてきたな。

これだけ殴りかかられているのだから......そろそろ反撃してもいいよね?

っていうか反撃しないと終わりそうにないし。

よし決めた......とりあえず、全員大人しくなってもらおう。

反撃することに決めた俺は、右側から殴りかかって来た大柄な冒険者の側面に回り込み、顎先に一撃。

糸が切れた人形のように崩れ落ちる冒険者は放置して、背後から放たれたハイキックをしゃがんで躱しながら足払い。

俺が立ち上がると同時に最後の一人が横から突きを放ってきたので、バックステップで攻撃を避けると同時に足払いで倒れていた人の鳩尾を踏み抜いて悶絶させる。

横合いから突きを放ってきた冒険者が、悶絶している仲間を飛び越えて俺の方に飛び掛かって来たので着地を狙って足払い。

倒れた相手の顔面を目掛けて踵を振り下ろし......鼻先で止めた。

数秒にも満たない時間で三人を無力化した俺が周囲を見渡すと、ギルドの中は静まり返っていた。


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