第412話 鉄の掟



鼻先で止めていた足をどけながら、俺は相手の顔を覗き込む。


「落ち着いて貰えましたか?それともまだ続けますか?」


「ひっ!......お、終わりだ!だが、俺達は悪くない!」


いや、まぁ......俺からしたら全面的に貴方達が悪いのは分かり切っていますが......って悪くないって言っているし!

これって謝罪?


「一人程悶絶させてしまいましたが......残りの二人は問題ないでしょう。それで、一体どうして襲い掛かって来たのですか?いや......というよりも......。」


俺はギルド内にいる冒険者を見渡す。

皆呆気に取られている様子で、先程まであった敵意のようなものは感じない。


「なんで貴方達以外の皆さんも僕の事を敵視していたのですか?僕が王都に来たのは昨日が初めてですし、そこまで恨みを買う覚えはないのですが。」


「......お前の......。」


最後に倒した冒険者が身体を起こしながら絞り出す様に声を出す。


「お前の存在の全てが憎い......。」


......えぇ......どういうことですか?


「あの......それでは分からないので、もう少し具体的に......。」


「......。」


これ以上は何も言わないって意思を強く感じる......どうもこの人からこれ以上話は聞けない様だ。

困ったな......周りの人に話しかけてみるか?

ただ......耳が痛くなるくらい静まり返っている......とは言わないけど......俺達以外、誰一人として言葉を発さないのが非常に怖い。

全員で襲い掛かってきたりしないよね?

俺が内心ひやひやしていると、先程までニヤニヤしながら俺の事を見ていたナレアさんが手招きをしていた。

俺がナレアさんに近づいていくと、浮かべていた笑顔がニヤニヤからにっこりに変わる。

具体的に言うと、含みのある笑顔から邪気の無い笑顔に変わったといった感じだ。

何やら近づくのを躊躇いそうになったが、この状況を説明してくれそうな人がナレアさんしかいないようなので観念して歩みを進める。

......ギルド内の視線が俺に固定されている感じが......いや、気のせいじゃないな。

得も知れぬ緊張感の中、ナレアさんの傍まで行くと俺の腕をつかんだナレアさんが奥に向かう通路を指さす。


「向こうに行くのですか?それは構いませんが......この状況を説明してもらえると......。」


俺の言葉を最後まで言わせずにナレアさんがぐいぐいと腕を引っ張る。

話は向こうでという事だろう。

仕方なく俺が歩き出そうとすると、ギルド内が俄かに殺気立ったような気がする。

......そういえば先程の三人、転がしたままだけど大丈夫だろうか?

なんとなく倒れている三人の方に顔を向けると、転ばしただけの人だけじゃなく......鳩尾を踏み抜いて悶絶させた人までが凄い形相で立ち上がるところだった。

えぇ......なんか血の涙を流さんばかりの表情なのだけど......これ完全にナレアさん......いや、俺がナレアさんといるからってことだよね?

俺は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながらナレアさんの方を見るが、先程手を繋ぐ直前と同じような感じで進行方向だけを頑なに見続けるナレアさんは、こちらを完全に無視している。

いや、この状況放置していいのですか?


「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」」


何かゾンビみたいな声上げてますし......!

うめき声の様な叫び声の様な物を聞いたナレアさんが立ち止まり、起き上がった人たちの方を見る。

そして......はにかむ様な笑顔を見せた後ぺこりと頭をさげた後、俺の腕を掴んだままナレアさんが再び歩き始める。


「「ぐはっ!?」」


再び崩れ落ちる三人......いや、周りで見ていただけの人達の中にも明らかに相貌を崩す人達が......これは一体......そもそも、あんな笑顔をナレアさんがするわけが......。

いや......しない訳じゃないけど......この場で見せる顔じゃないというか......。

ナレアさんの対応で決着が着いたのか、ギルド内には喧噪が戻りつつある。

なんだろう......なんか、ナレアさんがアイドルと言うか神聖視されているような?

とりあえず、この反応を見る限り、間違いなく俺が襲われた原因はナレアさんと親しくしていたからだと思う。

いや、でもそんなことくらいで殴り掛かってくるだろうか?

俺はそう思い、もう一度ギルドの様子に目を向ける。

敵意を向けて来ていた人達の半数くらいが目じりを下げつつナレアさんを見て、もう半分は先程よりも厳しい目を俺に向けている。

ナレアさんを問い詰めてもあまり意味が無さそうだけど......話は聞いておこう。

扉を開けたナレアさんに続いて部屋に入ると部屋の中には誰もおらず、ナレアさんはソファに座りながらこちらを見てくる。

完全に先程までの楚々とした感じではなく、いつもの表情だ。


「......一体どういう事でしょう?」


「うむ。妾もギルドに近づくまですっかり忘れておったのじゃ。」


「ギルドに入る前に流血系がどうのこうの言っていましたが......思い出したのはあの時ですか?」


「うむ。まぁ、ギルドに近づくにつれて注目されているのを感じてのう。それで思い出したのじゃ。」


ナレアさんは自分の座るソファをぽんぽんと叩いて俺を横に招く。

俺は座りながら質問を続ける。


「注目......されていましたか?」


「ケイはもう少し警戒心を持った方が良さそうじゃのう......。」


......いや、まぁ......ナレアさんと手を繋いで歩いているという事実にいっぱいいっぱいになっていたってのもあるけど......。

俺が肩に乗っているシャルに視線を向けると、軽く頷いたシャルがソファに飛び降りて丸くなってしまう。

俺は丸くなっているシャルをそのまま抱き上げ、膝の上に乗せて撫でる。


『......。』


一瞬何か言いたげにこちらを見たシャルだったが、何も言わずに顔を下げた。


「まぁ......注目されていたのはいいとして......それがどうしてあんなことに?冒険者は不純異性交遊禁止とかないですよね?」


校律の厳しい高校みたいな掟が、魔道国のギルドにはあるのだろうか?

......そんなギルド誰も所属しないだろうな。


「なんじゃ、それは?」


「いえ、忘れて下さい。見た感じ、僕がナレアさんと仲良くしていたことが原因だと思いますが......先ほどのナレアさんの対応には物凄く違和感があったのですが?」


「なんじゃ?普段通り、清楚な美少女であったじゃろ?」


「普段通りという所には疑問を覚えますが......まぁ、あの場ではそんな雰囲気でしたね。」


ナレアさんは小柄で顔立ちもとても可愛らしい女性だとと思う。

しかし、その身に纏う雰囲気は小動物的なほわぁって感じではなく、肉食獣的なギンッて効果音の方が似合う感じだ。


「今、中々失礼な事を口にしながら、物凄く失礼なことを考えていたじゃろ?」


「い、いや......そんなことはないかと......ナレアさんの魅力を再確認していただけですし......。」


俺が視線を逸らしながら答えると、ナレアさんが大きくため息をつく。


「......簡潔に言うとじゃ。冒険者になりたての頃、先代魔王とバレぬようにあまり喋らずに、他の冒険者と距離を取っておったのじゃ。それで何かあっても先程の様な笑顔で対応しておったら......何故かあんな感じになってしまってのう。」


あー、黙っていれば美少女ってやつをやって......いや、嘘です、ナレアさんはいつでも美少女です。

まぁとりあえず、そういう対応をしていたらアイドル的な感じに祭り上げられたと......。


「それで......そんな風に皆から愛されているナレアさんと手を繋いで、どこの誰とも知れない奴が現れたってことですか......。」


「ほほ、すまぬ。最近この辺りから離れておったからすっかり忘れておったのじゃ。」


「あのギルド内の雰囲気から考えると、実力行使に出たのが三人だけだったっていうのはまだマシだったって感じですかね?」


「見た目のわりに実力者と思われたじゃろうからな......今頃人を集めておるんじゃないかの?」


「何か、親衛隊とかありそうで怖いですよ......街歩いてて襲われたりしないですよね?」


「それは大丈夫じゃろ。ギルドの外で他の人に絶対に迷惑を掛けない様にって厳しく言われておるからの。破ったら除名処分じゃ。」


「ギルド内のみですか......だからギルドに入るまで注目されていても襲われなかったのですね......。」


そこそこ理性的の様な......ギルド内なら何してもいい的な......不穏なものを感じる。

ってか除名処分ってことはギルドも絡んでいるの......?

俺は無事にギルドから出られるのだろうか......?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る