第407話 線引き



顔が沸騰したみたいに熱い......原因は言うまでも無いけど......。

因みに横にはナレアさんが座っているけど俯いてしまっていて......耳まで真っ赤になっているってことは恐らく俺と同様の状態だろう。

嬉しくもあり、恥ずかしくもある......そんななんとも微妙な空気の中で過ごしていたのだが、その時間は扉をノックされたことで終わりを告げられる。


「母上、ルーシエルです。入りますよ?」


「......う、うむ。」


ナレアさんが一瞬間をおいて返事をすると、ルーシエルさんが部屋へと入ってくる。

今回もお一人のようだね。


「......。」


そんな部屋に入って来たルーシエルさんは俺達の向かいに座り......しばらく無言で俺達の事を見た後、口元を歪ませる。


「......なんじゃ、気味の悪い。」


「いえ、まさか母上のそのような顔を見る日が来るとは思ってもいませんでした。長生きはするものですね。」


「くっ......!」


ナレアさんが悔しげに呻くけど......相変わらず耳まで真っ赤なので、迫力も何もあったものではない。


「ケイ......お主が涼しい顔をしておるのは納得いかぬのじゃが?」


立場は同じだろと言わんばかりにナレアさんが噛みついて来たけど、俺はすまし顔で答える。


「まぁ、母さんの前だったら逆だったかもしれませんが、この場所において僕はまだ部外者ですからね。」


「ふふ......まだ、と言いますか。」


「......うぅ。」


俺の言葉を聞いてルーシエルさんは面白そうな様子で笑い、ナレアさんは俯いてしまう。

俺は俺で俯いてしまったナレアさんの事を見ていたのだが、俺達の事を見ていたルーシエルさんが顔を引き締めて姿勢を正す。


「母上が幸せそうで私も嬉しいのですが......本当に良かったのですか?」


「......良いとはどういう事じゃ?」


ルーシエルさんの言葉にナレアさんが顔を上げ剣呑な声をだす。


「い、いえ、母上。魔道国がどうと言う話ではありません。」


慌てた様子でルーシエルさんが否定をする。

魔道国がどうこう......先代魔王という立場のことだろうか?

恐らくナレアさんが怒りを見せたのはそういう事だろうね。


「ふむ、ならばどういう事じゃ?」


先程と同じ問かけだけど、その空気は全然違うな。

ルーシエルさんもほっとしたように肩の力を抜いたが、姿勢は崩さずにナレアさんの問いに応える。


「ケイ殿は見た所、人族だと思われます。そして母上は魔族の中においても特に長命......お二人は......その、同じ時を過ごせないのではないでしょうか?母上が今までお一人で居られたのは、愛するに値するものが居なかったというのもあるのでしょうが......やはり生きる時間の長さの違いと言うのが少なくなかったのではないでしょうか?......いえ、お二人にこのような事を話すのは不躾だとは思うのですが......。」


話していくうちに気まずそうになっていくルーシエルさん。

まぁ、確かにお子さんとは言え......いや、お子さんだからこそナレアさんの事を心配して言ってしまったのだろうけど......。

ナレアさんが何か言う前に、ここは俺が口を挟ませてもらおう。


「ルーシエル様の御懸念はもっともだと思います。まぁ、僕自身はその事を全く知らずにここまで来てしまっていたのですが......あ、いえ、勿論、魔族であり、人族よりも長命であることは知っていましたが。」


俺が話始めるとルーシエルさんは真剣な表情で俺の話を聞く。


「ただ、一つだけ安心して頂きたいのは......僕はナレアさんよりも......少なくとも寿命と言う点において、ナレアさんを置いて先に死ぬことはありません。」


俺がそう言うとルーシエルさんは怪訝そうな顔で、ナレアさんは驚いた顔でそれぞれこちらを見てくる。


「それは一体どういう......?」


ルーシエルさんが疑問の声を上げたので、俺はナレアさんに向かって軽く微笑むとルーシエルさんへと向き直る。


「確かに僕は魔族ではありませんが、人族でもありません。」


「人族でも魔族でも......?ま、まさか......ケイ殿はゴーレム......。」


「たわけ、そんな訳あるか!」


ゴーレムに間違えられたの初めてだな......アンデッドと思われるかと思ったのだけど......。


「そ、そうですよね?いや、母上の事だからどこかの遺跡で発掘してきたのではないかと......。」


「どういう意味じゃ!」


「......ところでケイ殿、先程の言葉は一体どういう意味でしょうか?」


ナレアさんから視線を外して俺の方を見てくるルーシエルさん。

因みにナレアさんは物凄い目でルーシエルさんを睨んでいる。


「おい、こっちを見るのじゃ。」


「け、ケイ殿?」


ナレアさんの視線......完全にルーシエルさんを睨んでいるけど、ルーシエルさんはスルーすることに決めたようだ。

ただナレアさんの圧がかなり強いので無視しきれていないみたいだけど。


「あ、あの......ケイ殿?」


「あ、すみません。えっと......あぁ、僕の話でしたね。すみません。僕は、龍王国の応龍様とは別の神獣。天狼の関係者です。」


「応龍とは別の!?現存していたのですか!?」


ルーシエルさんが驚いた様子を見せる。


「えぇ......他の神獣様に関しては......。」


「それはルル。お主が知る必要は無い事じゃ。どうしても知りたいのなら自分で調べるのじゃな。」


俺が言葉を続けようとしたらナレアさんに遮られる。

俺としてはルーシエルさんはナレアさんの家族なわけだし、全てを話すつもりだったけど......。


「し、しかし!いや......そう、ですね。退位したら調べてみることにします。」


「それが良いじゃろう。魔王であるお主は知る必要の無い話じゃ。」


なるほど......そういうことか。

母さん達の話は魔王ルーシエルさんにはするべきではないってことか。

うーん、家族とは言え......線引きが必要なのか。

偉い人達は大変だな......。


「すまんのう、ケイ。色々と面倒な立場じゃからな。知らないほうがいい事もあるのじゃ。」


「いえ、こちらこそ考えが足りずにすみません。」


「すみません、ケイ殿。そもそも私がお二人の問題に首を突っ込んだのが原因ですね。」


「うむ、厚顔無恥甚だしいのじゃ。」


「......本当に申し訳ありません。」


物凄く気まずそうな顔になったルーシエルさんが項垂れていく。

いや、まぁ......俺としては母親を心配して問いかけてしまったのだろうってだけで、他に思う所はないのだけど......ナレアさんは結構怒っている気がする。

そう考えると、最初にルーシエルさんが俺達の事を聞いて来た時に、ナレアさんの前に出て話したのは失敗だったかもしれない。

俺の事や神獣の事に関しては俺から話すべきだと思って前に出たのだが......最初からナレアさんに任せていればこんな風に拗れなかったのかも......。


「えっと......すみません。僕が余計な事をしたような気が......。」


「......お主等はまだまだ甘いのじゃ。ケイは己の持つ影響力をもっと自覚せねばのう。そしてルル、お主は配慮や気配りをもっと意識するのじゃ。家族とは言え、踏み込むべきではない一線もあるじゃろ。」


「「申し訳ありません。」」


「まぁ、ケイはいいとして......ルル、お主はそんなことじゃから娘に逃げられるのじゃ。」


「あの子の事は今は関係ないじゃないですか!」


「どうかのう......二度と魔道国の土は踏まぬとまで言っておったぞ?」


「......娘に会ったのですか?」


「さてのう?まぁ、一つだけ言うなれば......髭より孫の味方じゃな。」


そう言えば血縁はルーシエルさんとその娘さんって言っていたけど......よく考えたら、養子の子とは言え、ナレアさんお孫さんもいたのですね......。

何か急に......年齢を感じ......。


「ケイ?何やら......余計な事を考えておらぬかのう?」


「ま、まさか!?何を根拠に!?」


「......どうやら、後で話が必要な様じゃな。」


「その件に関しては後ほどじっくりと問い詰めて下さい、それよりも......!」


「うむ......それよりも、檻の話じゃな。お主もその為にここに来たのじゃろ?」


......いや、今ルーシエルさんが話をしたかったのは絶対その話じゃなかったと思いますけど。

何か、目を剥き出しにしながら震えているし......。

ナレアさんは凄く楽しそうだけど......楽しそうだけど......物凄い圧力を感じる。


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