第408話 最初の話に戻そう
「何やら物凄い顔をしておるようじゃが......腹痛かの?」
「いや......そうでは......!」
「まさか、魔王ともあろう者が......これ以上私情を優先させぬじゃろ?」
先代魔王様は色々と事情を優先させていましたけど......いや、俺が考えるべきことじゃないな。
「......くっ!」
「そもそも、この部屋のドアを蹴破って入って来た時、お主はなんと言って来たのじゃったかの?」
「......。」
「では、檻について話すのじゃ。」
「......ケイ殿。本当に、こんな性格の悪いババアでいいのですか?もしや、何か弱みでも握られているのでは?」
「ふっ......しょうもない髭じゃな。娘に邪険される男はこれじゃから......。」
そう言って首を振るナレアさん。
この親子は本当に傷つけあうのが好きだな......。
まぁ、俺はナレアさんの味方をするけど。
「そうですね。そう言ったところも含めて、僕はナレアさんが良いのだと思います。」
「「......。」」
......でも二人して絶句されるとちょっと辛いものがあります。
ルーシエルさんはともかく、ナレアさんの方は......耳まで真っ赤って程ではないけど、頬を赤らめているって感じだけどね。
「......ま、まぁ、とりあえずあれじゃな?檻じゃ。」
「そ、そうですね、ちょっとあまりの眩しさに一瞬目が潰れるかと思いましたが、今は檻とやらが問題でしたね。龍王国......それから東方の......グラニダ。」
咳払いをした後、真剣な表情になったルーシエルさんが確認するように口にする。
「......檻という組織名が分かったのはグラニダで捕らえた者達からの情報じゃが......使っておる魔道具から龍王国で騒ぎを起こした者達と同一の組織と考えたのじゃ。」
「歯に仕込まれた自決用の魔道具でしたか。うっかり作動させたらと思うと食事中も気が気ではないと思いますが。」
「全くじゃな。それに、妾でも見た事のない魔道具の数々。そんなものをホイホイと作り出せる組織が複数あって暗躍しておるとは考えたくないしのう。」
ナレアさんがそう言うとルーシエルさんが苦笑する。
「魔術の発展を祈って技術の提供や留学生の受け入れ政策を進めたのは母上ですが、その危険性についても十分議論されていたと思いますがね。」
「うむ。そのことについては今でも推進してよかったと考えておる。確実に世界や技術は前に進んだのじゃからな。特にダンジョンの攻略が各地で積極的に行われておるのは、この政策があったからこそじゃと自負しておる。」
魔道具に関する技術提供はナレアさんが進めた政策だったのか。
それにダンジョン攻略......なるほど、魔道具の利便性を広く普及させてダンジョンから採れる魔晶石の価値を上げることで、各国がダンジョン攻略をより積極的に行う様に仕向けたのか。
ダンジョンは放置し過ぎたら、周囲の魔力を際限なく吸い上げて辺り一帯を不毛の地にしてしまう。
しかし攻略することで得られる資源が自国内ではあまり必要としていない物だったら......国としてはそこまで積極的に攻略に取り掛かりたいものではないだろう。
まぁ、国土が狭かったらそんなことは言っていられないかもしれないけど、人里離れた場所にダンジョンが生まれたら放置してしまっていたのではないだろうか?
それが魔道具作る技術を自国内でも得た結果、ダンジョン攻略の最前線となる冒険者ギルドを積極的に支援し、効率よく魔晶石を自国内に流通させようとする。
俺の知る限り、ダンジョン攻略は経済を活性化させる大切な要素だ。
その切っ掛けを生んだのが、ナレアさんなのか......。
俺が思っていたよりも遥かに凄い人だったんだな......。
「勿論、此度のように......頭のおかしい連中に力を与えてしまった側面もあるが......これに関しては遅かれ早かれ起こった事態じゃろうな。相手の魔道具は魔道国の先を行くものじゃ。そういう相手が出てきたことを素直に喜べぬのが辛い所じゃ。」
「そうですね。まぁ、各国も檻の暗躍が魔道国の政策によるものだとは言わないでしょうけど......魔道国に檻の構成員が多数潜伏......若しくは本拠地が魔道国に無い限りは。」
「ほほ、そういうことを言うと現実になるのじゃ。」
「それは流石に看過できない事態ですが......探りは入れる必要がありますね。」
ルーシエルさんが難しい顔をしながら言う。
二人の話し方から、もしかしたら心当たりがあるのではないだろうか?
「まぁ、その辺はしっかり調べた方が良いじゃろうな。檻に関してだけは妾も手を貸すのじゃ。」
「......母上、よろしいのですか?」
「先代魔王としてではない。一介の魔術研究者として、そして友人達に対して随分好き勝手やってくれた落とし前の為じゃ。無論、国の力は宛にさせてもらうがの?」
ルーシエルさんが驚いたような表情で問いかけると、ナレアさんにやりと笑いながら心情を吐露する。
俺達にはファラと言う規格外の情報収集能力を持つ仲間がいるけど、今回はまだそのネットワークを構築していないからね。
魔道国は非常に広いし、ファラによる監視の目が行き渡るまで多分に時間を有する。
もし魔道国内で異常事態が既に発生しているのだとしたら、その情報はルーシエルさんの所に集まってくる。
その情報こそ、檻を見つける手掛かりになるだろう。
......まぁ、本当に檻が魔道国で暗躍していればの話ではあるけど。
「分かりました。その件に関しては連絡を密にさせてもらいたいと思います。母上は暫く王都に滞在されるのですか?」
「ふむ......その辺はまだ決めておらぬが......そうじゃな。ではこの魔道具を貸してやるのじゃ。」
そう言ってナレアさんは懐から取り出した魔道具をルーシエルさんに投げ渡す。
慌ててそれをキャッチしたルーシエルさんが、怪訝そうな顔をしながら魔道具を見つめている。
「この魔道具は......?」
「遠距離通信用の魔道具じゃ。」
「っ!?完成したのですか!?」
手にした魔道具を食い入るように見つめるルーシエルさん。
まぁ、為政者ならその魔道具の価値が計り知れないのはすぐに分かるよね。
「まだ実用には程遠いがの。分かっていると思うがまだ発表はせんからの?」
「承知いたしました。まだ禁術ということですね?」
「うむ。まぁ、その術式では普通の魔晶石では起動すら出来ぬじゃろうしの。お主は魔王にあるまじき魔術知識の無さじゃからな。仕組みは読み解けぬじゃろうが、くれぐれも他人に見せてはならぬからの?」
「承知しております。」
真剣な表情で魔道具を懐にしまうルーシエルさん。
っていうかルーシエルさんは魔術に明るくないのか......。
そんな俺の思いを読み取ったのか、ルーシエルさんが笑いながら話しかけてくる。
「私は、母上や娘のように魔術にはあまり興味を持ちませんでしたので。」
「なるほど、そうだったのですね。ナレアさんや知り合いの魔族の方を見ていると、どなたも魔術の事を詳しく知っているので少し勘違いしていました。」
「ははっ。まぁ、魔族は凝り性な部分があるので研究好きな者も多いのですが、私のように学術とは縁遠い者も少なからずいますよ。」
まぁ、それはそうか。
人の趣味なんて千差万別なのだし、そもそも魔王として政務をこなしながら趣味の研究をするって......普通は無理だと思う。
ナレアさんは現役時代でも二足わらじだったのではないかって気もするけど......まぁ、例外な方だろう。
「ところで母上......遠距離通信用の魔道具ですが......もしや娘に渡していたり......。」
「するわけないじゃろ。あやつに渡したら速攻で解析を始めるわ。優秀ではあるが後先考えずにやりおるからのぅ......下手に量産でもされては敵わぬのじゃ。」
「......そ、そうですね。すみません。」
もしかしたら家出した娘さんと、魔道具を使って話が出来るかもって思ったのかもな。
でも、ナレアさんの話を聞く限り中々危ないタイプの人みたいだね。
ルーシエルさんも何か思い当たる節があったのか、謝っているし。
「まぁ、それはともかくじゃ。何かあればその魔道具を使って連絡をくれればよい。数日は王都におるが、その後は離れる可能性があるからの。」
「分かりました。」
「では、もう少し話を詰めるとするかの。何もなければよいが......下手に後手に回ると碌でもない事態になりかねんからのう。」
「畏まりました。まず......母上が気にされていた魔物の異常行動についてですが......。」
二人は表情を引き締めると、魔物や様々な情勢について話を始める。
魔物についてはともかく、国内の情勢について俺が聞いていても良かったのだろうかと思わなくもないけど......話の腰を折るのもなんだし、知っておくことで何か役に立つ可能性もあるから大人しくしておくことにした。
そもそも聞いて拙い内容だったら二人が俺の前で話すはずないしね。
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