第403話 緊張、弛緩、そして



ナレアさんと別れてから、既に一時間は経っただろうか?

結構長い気もするけど、話の内容を考えるとまだ時間が掛かってもおかしくはない。

まぁ、それはいいのだが......非常に落ち着かない。

部屋の隅には彫像のように動かないメイドさんが立っている。

監視されているわけでは無いと思うのだけど......凄い圧を感じる気がする......いや、気のせいかもしれないけど......っていうか多分気のせいだ。

あまりに緊張しすぎて、淹れてもらった紅茶は香りも味も全く分からない。

もしかして色付きのお湯出されてないよね......?


『ケイ様、大丈夫ですか?』


「う、うん。大丈夫だよ。」


俺は膝の上に乗せたシャルを撫でながら返事をする。

勿論メイドさんに不審に思われない程度に小声でだが。

シャルは俺の膝の上で丸くなっているけど......全く緊張した様子はない。

いや、まぁ、シャルはそう言うのは無縁だろうね。

人の世界の権威とか全く関係ないだろうし。

それは勿論肩にいるマナスも同様だ。

そして部屋の隅に立っているメイドさんも緊張は......多分していないと思う。

突然城に訪問した不審人物相手という緊張はしているかもしれないけど......見た感じそんな様子は見受けられない。

つまり、この部屋でガチガチに緊張しているのは俺だけという事だ。

正直一時間以上緊張し続けていて、未だかつてないくらい疲労感を覚えているのだけど、ナレアさんが戻ってくる様子はない。

流石に人様のお宅でシャルをブラッシングするわけにもいかないし......マナスも同様だ。

くっ......何かで気を紛らわすことが出来れば......そう思い部屋の中を見渡すけど......特に暇がつぶせそうなものは無い。

というか下手に触って壊したら大変なことになりそうだし......いや、流石に俺みたいな人間が通される部屋に取り返しのつかない様なレベルの物は置かれていないだろうけど。

それでも金銭的な問題以上に大変なことになってもおかしくはない......。

そう思うと身動きも......いや、落ち着こう。

別に俺達は悪い事をしに来たわけじゃない。

それに俺はともかく、ナレアさんはこの国のトップである魔王さんの知り合いだ。

さらに、迎えに来たおじさんの様子や門番さんの様子を見る限り、ナレアさん自身も相当地位がありそうな感じがした。

いや、まぁ......ナレアさんの普段の様子から見てもナレアさんは偉そう......いや、偉ぶっている様子は全くないけど、自然体で偉そう......もとい、高貴な雰囲気と言うか......。

どんな人相手でもへりくだる事は無いし......ヘネイさんやワイアードさん、それにグラニダの人達......なんだったらナレアさんの方が偉いんじゃないかって対応だったよね。

もしかして自国のトップ......魔王さんに対してもあんな感じなのだろうか......?

それとも敬語で......いや、ナレアさんのそんな様子は想像がつかないな。

いや、見てみたい気もするけどね......そんな様子を見られる日が来るとは思えない。

何せ、神獣様達相手でもナレアさんは普段通りだしね......。

そんな現実逃避をしてみたけど......うん、まだナレアさんが帰ってくる様子はない。

いや、部屋の外の音は全く聞こえないみたいだし、ナレアさんが戻ってくるのも感じられないと思うけど......。

感覚系を強化して様子を探ってみるか......?

......いや、やめておこう。

下手に感覚を強化して聞いてはいけない様な事を聞いてしまったら......うん、俺は絶対何も見ないし聞かない。

自分でもビビり過ぎかなぁとは思うけど......下手なことをして生きにくくなるのも困るしね。

俺一人なら......神域に篭ったりとか、ほとぼりが冷めるまで十年単位で行方を眩ませたりは出来ると思うけど......皆にも迷惑が掛かるだろうしね。

そもそも、俺が何かをやらかしたらナレアさんが責任を取るって言っていたし......迷惑をかけるくらいだったら、ビビり過ぎで硬直しているくらいでいいだろう。

そんな風に考えながら体を硬直させていると、その様子に気付いたシャルが俺を見上げてくる。


『ケイ様?』


「......あー、グルフ達はどのくらいで王都まで来るかな?」


『そうですね......早ければ二日後、遅くとも三日後には合流できると思います。』


「そっか。」


レギさんと合流出来るのはもう少し先か......いや、そう連日お城に来ることはないよね?

寧ろ報告した後どう動くか......ナレアさん的には後は国に任せておけばって感じみたいだけど。

うーん......でもなんとなく放置するのもなぁ。


『ファラは先行したがっていましたが......長距離を移動することに関してはグルフの方が上でしょうし、恐らく到着は同時になるでしょう。』


へぇ......グルフにはかなり厳しいシャルだけど......グルフもちゃんと成長しているってことかな?


「ファラには色々と調べて貰わないといけなくなりそうだし......早く来てくれると助かるな。」


『......情報収集はファラでなくては難しいですね。ここに来る前に拾ってくるべきでしたでしょうか?』


「いや、一刻も早く王都に来たかったしね......まぁ俺がナレアさんに付いてきたいって我儘を言わず、ファラを迎えに行っていれば良かったのかもしれないけど。」


『......そうですね。』


シャルが俺から視線を外しながら同意する。

......何かシャルが拗ねているような......い、いや、別に同意されてショックを受けたわけじゃないけど......ちょっと意外だったというか......駄目だな、シャルに甘えている感じで良くない。

俺が内心の動揺を抑えるのに苦心していると、ノックも無く部屋の扉が開かれた。


「待たせたのう、ケイ......ん?」


ナレアさんが部屋の隅にいたメイドさんに気付くと、メイドさんは深々とお辞儀をした後部屋から出て行った。


「監視は要らぬと言っておったのにのう。心配性の爺は融通が利かないのう。」


あぁ、やっぱりあのメイドさんは監視だったのか。

感じていたプレッシャーは間違っていなかったのかな?

お茶の味がしなかったのも、もしかして本業のメイドさんじゃないからかもしれない。

ナレアさんが戻って来たことで少しほっとしたのか、途端に喉が渇いた俺はすっかり冷えてしまった紅茶を口に含む。

予想と違って......香りは殆どしないけど......味はあるな。

おかしいな......。


「随分と体が強張っておったようじゃが......なんぞされたかの?」


ナレアさんが俺の横に座りながら、少し気遣わしげに話しかけてくる。


「いえ、大丈夫です。緊張で固まっていただけですので。」


「......まだ緊張しておったのか。流石に長すぎじゃろ......。」


流石にナレアさんが呆れた様子で言ってくる。

僕もそう思うのですが......こういう場所は初めてなので許してください。


「あはは、すみません。お城なんて初めて来るもので。」


「ふむ?そうじゃったか?」


「龍王国では傍までは行きましたが中には入っていませんでしたし、カザン君の所もお城ではなく館でしたし......。」


「大して変わらんと思うがのう。精々古くて重苦しい雰囲気なだけじゃ。」


その重苦しい雰囲気にやられていた訳ですが......。


「ところで、話の方は大丈夫でしたか?」


まぁ、少し......情けない感じは否めないので話題を変えることにする。


「うむ。しっかりと檻がやらかしてきた事と懸念を伝えてきたのじゃ。ヘネイ......というか龍王国から書状も届いておったようじゃからな、話自体は問題なく理解されたじゃろう。」


「それは良かったです。」


ナレアさんの事だからあまり心配はしていなかったけど......魔道具において、世界で一番進んでいるはずの魔道国ですら実現させていない様な魔道具を扱っているってことを、その自負がある国の上層部が受け入れられるのだろうかっていう懸念はあった。


「ほほ、その点は大丈夫じゃ。確かに国として自負はあるがの、だからと言って自分達以上の存在がいないなどとうぬぼれてはおらぬ。」


「あー、すみません。」


あっさりと考えていたことがバレる。

ナレアさんだったから良かったものの、魔道国のお偉いさんにそんな風に考えていたことがバレたら気まずいなんてもんじゃないな......気を付けたいけど......どう気を付けたらいいだろうか?


「気にしなくて良いのじゃ。勿論自尊心はあるがの。じゃが自分達以上の存在が出て来て欲しいからこそ、他国に技術を伝え、学生を受け入れておるのじゃ。」


「なるほど......。」


「まぁ、とりあえずその話はいいのじゃ、後は爺どもが色々考えるじゃろ......と、ところで、ケイよ。は、話があるのじゃが......。」


隣に座っているナレアさんが背筋を伸ばしながらこちらを見てくる。

何か先程までとは違う緊張感が漂い出したような......話しかけられた俺も背筋を伸ばし、向かい合う様に姿勢を正す。


「は、はい、何でしょうか?」


「じ、実はの......。」


ナレアさんが話始めようとしたタイミングで、部屋の扉が蹴破られたかのように大きな音を立てて開き一人の人物が飛び込んできた。

心臓が飛び出る程驚いたのだけど......。


「母上!先程の話、なぜ途中で切り上げてしまわれたのです......か?」


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