第404話 大・混・乱!



突然部屋に飛び込んできた人物は、同じソファに座りながら向かい合う様にしている俺とナレアさんを見て固まっている。

俺とナレアさんもその人物を見たまま固まっている。

その人は立派な口髭を蓄え、身体もかなり大きい。

先程この部屋まで案内してくれた人よりは若そうだけど、中々ダンディなおじさんだ。

って言うかこの人母上って言いながら飛び込んで来たけど......あれだろうか?

小学生がうっかり先生の事をお母さんと呼んじゃうヤツ......。

とりあえず、この部屋には俺とナレアさんしかいない訳で......そんな風に呼べそうな人はいないけど。

若しくは全力で部屋を間違えたか。

因みに俺と話している時、ナレアさんは扉を背にしている状態だったので、振り返って入って来た人物を見ている今、その表情は俺からは見えない。

たっぷり十秒ほど、硬直した部屋の中で最初に動き出したのは......ナレアさんだった。


「ルル。お主、妾の話を聞いておらなんだかの?大事な用があるからこの部屋には誰も近づくなと......言ったと思ったがのう?」


物凄い怒気を湛えながら一言一言噛み締める様に言葉を発するナレアさん。


「あ、いや......その......それは......。」


「しかも、客人が来ておる部屋をノックもせずに蹴破るとは......随分と偉くなったものじゃなぁ?」


「そ、それは!その......申し訳......。」


頭を下げようとした口髭のおじさんが、突然ドアの向こうに吹き飛んで行った!

俺がぎょっとしていると、左手を相手に向けて突き出していたナレアさんがゆっくりと立ち上がる。

って今の......天地魔法!?

いつもの魔力弾ではなく、風の塊を相手にぶつけて部屋の外まで口髭のおじさんを吹っ飛ばしたようだ。

数秒後、綺麗に整えられていた髪を乱した口髭のおじさんが扉の前に姿を現し、既に開いている扉をノックして声を掛けて来た。


「失礼します。母上、お話ししたい事がございます。入室してもよろしいでしょうか?」


ナレアさんはその言葉を聞いて、やや憮然とした表情をしながらもゆっくりとソファに腰を下ろした。

って言うか......また母上?


「......入れ。」


「失礼します。」


ゆっくりと部屋の中に入って来た口髭のおじさんは、丁寧にドアを閉めると俺達の向かいのソファへと近づく。


「お客人、騒いでしまい申し訳ありません。私はルーシエル=エルスス。今代の魔王を務めております。」


慌てて俺は立ち上がり挨拶を返す。


「これはご丁寧に。私はケイ=セレウスと申します......魔王?魔王!?あ、し、失礼しました!陛下!」


慌てて直角になるくらい頭を下げる!

おかしい!

一度も喋らなくてもいい筈だったのに、最初に会話した人が魔王!?

っていうかこのお辞儀でいいの!?

床に膝とか付けた方が良いの!?


「ケイ。そんな奴に頭を下げなくていいのじゃ。しかも陛下なぞと......髭でいいのじゃ。」


ナレアさんが俺の横でそんなことを言っているが、俺は頭を上げられない。

いきなり魔王っておかしいでしょ!?

ゲームだったら初っ端に魔王出て来たらイベントで強制敗北パターンだよ!?


「セレウス殿、頭をお上げください。どこぞのババアのように尊大でなければ私は気にしません。どうぞ普段通りなさってください。公の場でなければ私の事はルーシエルとお呼びいただいて構いません。」


「......ありがとうございます。ルーシエル様。私の事はケイとお呼びください。」


何とか柔らかな口調で話す魔王さん......ルーシエルさんの言葉を聞き入れて頭を上げるけど......今なんか不穏な事言わなかった?


「おい、髭。尊大なババアとは誰の事じゃ?」


「おや?心当たりがありませんか?もしや、ついにボケが始まったのですか?母上、若作りも大概にしておかないと......。」


ソファに座りながら喋るルーシエルさんの言葉を遮るように物が叩かれる音が響く。

ナレアさんが足を投げ出し、テーブルの上に踵を叩きつけたのだ。

ナレアさん、それは流石に行儀が......って......。


「髭。お主言うに事欠いて......。」


「......ハハウエ?」


思わず、ぽろっと先程から聞こえていたワードが口から出てしまう。

その瞬間、先程以上の静寂が部屋の中に訪れた。

ルーシエルさんはキョトンとした表情で俺の事を見て......ナレアさんは......。


「しまっ!?ち、ちが!?ケイ!違うのじゃ!」


......ハハウエ......母上?

母上......ってお母さん!?

え!?

どゆこと!?

ナレアさんが母上!?

母上ってナレアさん!?

お子さん!?

だれが!?

髭が!?

ナレアさんのお子さんが髭!?

髭ってだれ!?

魔王!?

誰が!?

お子さんが魔王!?


「ままま、待つのじゃ!ケイ、お、落ちちゅくのじゃ!」


落ちちゅく!?

誰が!?

ナレアさんが!?

どゆこと!?


「!??」


「ケイ!か、勘違いじゃ!」


「か、勘違い?」


何を?


「は、母上?一体どうしたのですか?」


「!!!?」


母上!?

誰が!?

勘違い!?


「お主は黙るのじゃ!」


吹き飛んだ!

誰が!?

髭が!

お子さんの髭が!?

いや、髭のお子さんが!


「ケイ!落ち着いて欲しいのじゃ!あれは違うのじゃ。そういうアレではない。」


「そういうアレというと......。」


おち、おちちゅけ......落ち着け。

あれだ、落ち着いて一つ一つ考えて行こう。

大丈夫、俺は冷静だ。

まず、基本からだ。

肩にはシャルとマナスが乗っている......俺の隣にはナレアさん。

俺達の向かい側......いや、吹き飛ばされて椅子の向こうに落ちているけど、そこには魔王ルーシエルさん。

よし、ここまでは問題ない。

次だ。

ナレアさんはルーシエルさんの事を......確かルルとか、髭とか呼んでいた。

ルルって言うのはきっと愛称とかだろう。

ちょっとダンディなルーシエルさんには似合わない気もするけど......昔馴染みとかなら仕方ない、うん。

逆に、ルーシエルさんはナレアさんの事を......ババアとか母上とか......。

そ、それは、つ、つまり......ナレアさんの事を、お、お、お母さんと呼んでいるわけで......それはつまり、ナレアさんが、は、は、母親というわけで......。

母親という事はナレアさんがルーシエルさんを産んだという事で......。

それってつまり......。


「ナレアさん!御結婚されていたのですか!?」


「違う!じゃからそうではないと!ちゃんと説明するから話を聞いて欲しいのじゃ!」


「母上!先程からの謎の攻撃は一体!」


「お主は黙れ!」


三度吹き飛ぶルーシエルさん。

しかし、今はちょっとそちらを気に掛ける余裕はない。

ナレアさんがルーシエルさんのお母さんってことは、ナレアさんには旦那さんがいるってことで......その人はつまり魔王であるルーシエルさんのお父さんなわけで......俺、魔道国に喧嘩売ってない!?

知らなかったとは言え、ナレアさんに......告白したわけで......!?


「待つのじゃ!ケイ!まず、妾に夫はおらぬのじゃ!」


え?

それってみぼう......。


「そうではないのじゃ!あれじゃ!結婚をしておらぬ!」


未婚の母?


「違うと言っておるじゃろ!あれは、養子じゃ!」


「よーし......養子ですか......そ、そうでしたか。」


なるほど!

それなら相手が居なくても母親になることが出来るね!


「ちなみにあやつは六歳で、妾は十六歳じゃ。」


「六歳!?」


あんなダンディな感じで!?


「いや、いくらなんでもそれは......!」


何やらルーシエルさんが起き上がりながら言っていたが速攻でまた吹き飛ばされた。


「魔族じゃからな。成人まではあっという間じゃ。」


「寿命が長いだけじゃなくて成人までもあっという間なのですか......凄いですね。」


「い、いや......それはいくらなんでも。」


慣れて来たのかルーシエルさんが先程までよりも素早く起き上がりながら


「髭、黙るのじゃ。今大事な話をしておる。後で離乳食やるから大人しくしておくのじゃ。」


「六歳なのに離乳食なのですか?」


「魔族じゃからな。」


「胃腸の成長は遅いのですね......。」


内臓の成長は緩やかなのか......だから寿命が長いのだろうか?

うん、大分落ち着いてきた気がする。

そうか、養子か......養子......が魔王?

まぁ、ナレアさんだし......そういうこともあるか?


「えっと、お子さんが魔王なのは......どういう?」


「う、うむ......こちらで驚かせたかったのじゃが......髭のせいで段取りが狂ったのじゃ......。」


ナレアさんが口を尖らせながらぶつぶつと言った後、先程と同じように背筋を伸ばして真剣な表情になる。


「妾はナレアリス=エルスス。上級冒険者、遺跡狂いで......先代魔王じゃ。」


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