第393話 天を突くはな
河を流れるのは海水ではないので、汲み上げた水を使ってレギさん達は体を流している。
衝立の向こうではリィリさん達も体を流しているが......ナレアさんの幻惑魔法によって防御は完璧なはずだ。
しかし、同じく甲板にいる船員さん達は気もそぞろと言った感じがする。
まぁ、リィリさんは服の上から分かるほどの持ち主ですし......ナレアさんは......まぁ、二人とも凄く可愛いしね、気持ちは分かるけど......。
ぼそぼそと大きい方が、いや小さい方がという声が聞こえるたびに、なんか河に叩き込んでやりたくなる。
「二人ともすんごい可愛いから仕方ないっスよ。」
俺の横では、先程船内で会った時よりも明らかにぼろぼろになっているクルストさんが笑っている。
誰にやられたかは聞くまでも無いけど......クルストさんは何故同じことを繰り返すのだろうか?
「まぁ、そうかもしれませんが。」
「っていうか、ケイがそんなにイライラしているのは珍しいっスねー。もしかして何かあったっスか?リィリさんはあり得ないっスから、お相手はナレアさんっスね。死ねばいいっス。」
「自然な流れで呪詛を吐かないでください。特に何もないですよ。」
......何もなかったとも言い切れないだろうか?
いや、保留にされているのだからあったとも言い切れないような......。
「その顔は何かあったと語っているっス。とっとと何をしたか吐くっス!そして河に飛び込んで沈めっス!」
「龍王国の時もそうでしたが......殺意が激し過ぎます。もう少し隠してください。」
俺がため息をつきながらクルストさんに言うも、全く聞こえていないようでクルストさんは話を続ける。
「何したんスか?何やっちゃったんスか?チューしたっスか?チューしちゃったんスか?ホントぶちゅっと潰れて死んで欲しいっス!」
「勝手に盛り上がって行かないでください。っていうかそろそろいい加減にしてくれないと、イラっとしてきたんで手が出そうですよ?」
「お久しぶりっス、ケイ。元気にしてたっスか?あ、さっきは、ありがとうっス。」
俺の本気の言葉を聞いたクルストさんが白々しい笑みを浮かべながらお礼を言ってくる。
何も言わずに一発入れておいた方が良かっただろうか?
「落ち着くっス!争いは何も生まないっス!これからは寛容の時代っス!頭に来たからと言って、すぐに手が出る野蛮人の頭頂部が妙にすっきりしているのは時代に逆らったせいっス!」
この人はレギさんに殺されたいのだろうか?
若しくは数分前の出来事がすっかり抜け落ちている?
俺が穏やかな空に目を向けると同時に、隣から物凄く硬いものがぶつかるような音がする。
俺が視線を戻すと頭を押さえて蹲るクルストさんとその後ろに立っているレギさんが見えた。
「久しぶりだったからな、足りなかったか?言ってくれればもっと丁寧にやったんだがな?」
「だ、大丈夫っス。よく思い出したっス。人の髪型に文句をつけるような奴は人でなしっス。」
「あぁ、そうだ。俺は剃っているだけだが、気にする奴は非常に気にするからな。あまり声を大にして言わないことだ。」
レギさんはまだ剃っているって言い張るのですね......。
「......ケイも何か言いたげだなぁ?」
「いえ、とんでもない。寧ろクルストさんがレギさんとまだ話足りないって感じだと思いますよ。」
「ちょっ!」
何やらクルストさんが悲鳴を上げた気がするが、多分気のせいだ。
恐らく久しぶりにレギさんと会えてテンションが上がっているのだろう。
邪魔しない様に俺は大人しくしておくことにする。
「......まぁいいか。それよりクルスト、珍しい所で会ったな。仕事中か?」
「そっスよ。配達中っス。目指すは王都っスけど、のんびり船旅でもと思ったのが運の尽きっス。剣は落とすは、魔物に襲われて死にかけるわ、挙句の果てにはボコボコにされた上、なんか微妙な感情を見せつけられるわ......さんざんっス。」
死にかけている感じではなかったような気もするけど......それよりもボコボコにされた方が辛かったようだね。
それにしてもクルストさんの活動範囲って滅茶苦茶広いな。
「龍王国からここまで直接来たのか?」
「いや?違うっスよ。道中色々と仕事しながら来たっス。都市国家のほうから北の帝国の方も行ってきたっス。あの辺りをぐるっと回って......それから今に至るって感じっすね。」
「......いくら何でも早すぎねぇか?龍王国からここまで来るだけでも半年以上は間違いなくかかる。天候にも左右されるし、一年程度は見た方がいいだろう。俺達が龍王国で別れた時期から考えると、最短距離で真っ直ぐ来れば来れるだろうが、それだけ寄り道していたら絶対に無理だろ。」
「んっふっふ。気づいちゃったっスか?俺の圧倒的な移動速度に、気づいちまったっスか!?」
何やらクルストさんのテンションが上がっていくが、寧ろそこを聞いて欲しいと言った感じの話しぶりだったしな。
俺がドヤ顔をしているクルストさんを生暖かい目で見ていると、汚れを落としてさっぱりした様子のナレアさんとリィリさんが近づいて来た。
「ふぅ、とりあえず人心地ついたよ。匂いは取れたと思うけど......ちょっとまだ甲板の掃除が途中だから分かんないや。」
「いつもの香油より香りの強めの物を街で買っておいて正解じゃったな。まぁ、まさか出航してすぐ必要になるとは思わなかったがのう。」
「そうだねぇ。あ、クルスト君久しぶりだね!元気だった?」
「お久しぶりです!リィリさん、相変わらずお美しいっス!それにナレアさんも!またお会いできて光栄っス!」
「久しぶりじゃな。息災......なのじゃろうか?」
クルストさんの様子を見てナレアさんが若干口籠る。
まぁ、現時点で息災そうではないもんな......色々な所がぼろぼろだし。
「俺は元気っス!」
確かに元気よく挨拶するクルストさんは問題無さそうに見える。
どう見てもぼろぼろだけど本人が言うのだから間違いない。
「ところで何の話をしていたの?なんかクルスト君が随分自慢げだったけど。」
「あぁ、やけにクルストの移動がやけに早いなって話をな。」
「ふむ......龍王国で別れた時期から考えれば多少早いと言った程度ではないかの?」
「いや、それなのですが、話によるとかなり寄り道をしているみたいなのですよ。」
俺とレギさんでナレアさん達に今までの話をかいつまんで伝える。
「あぁ、都市国家の方を回り、帝国、その周辺を回ってからここに来たそうだ。」
レギさんが説明するとクルストさんの鼻が伸びていく。
完全に天狗になって......いや、鼻ってホントに伸びるんだな。
実際は顎が上向きになっているだけで伸びてはいないと思うけど......今や天を突かんばかりにクルストさんの鼻は上を向いているな。
「ほぅ、それは確かに、随分といい移動手段を持っておるようじゃな。」
「いやーまぁ、それほどでもあるっス!移動速度なら誰にも負けないっスね!」
クルストさんが天に向かって笑う。
それを見たナレアさんとリィリさんがにやっと笑う。
「ふむ、なるほど......では妾達と勝負するかの?」
「え?勝負っスか?」
......なんかデジャヴが。
「あー面白そうだねー。クルスト君はこのまま船でどこに向かうの?」
「魔道国の王都っスよ。船旅は王都近くの港までっスけど。」
「じゃぁ次の街で一回船を降りて、その次の街まで先回りしない?移動速度に自信があるなら船を先回り出来るよね?」
「問題ないっス。」
「ではその次の街まで勝負するのじゃ。港に先に着いた方が勝者でどうじゃ?」
「いいっスけど......多分俺が勝っちゃうっスよ?」
相当クルストさんは自信があるみたいだな。
「ふふ、私達も結構自信あるよー?じゃぁクルスト君が勝ったら私とナレアちゃん、それとクルスト君の三人だけでお酒を呑みに出かけようか。」
「乗ったっス!やったっス!最高っス!」
......。
何か勝負の話が勝手に決まったようだけど......何故か負けるわけにはいかない様だ。
我が世の春と言った感じで喜ぶクルストさんを見て、全力で阻止することを決意した。
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