第394話 これが俺の切り札っス!



「マナス、ファラとグルフに悪いけど次の街で待機するように伝えてくれる?」


俺が肩に乗っているマナスに頼むと、了承したというように軽く弾む。

今回の競争、絶対に負けるわけにはいかない。

グルフにもしっかり強化魔法を使っていつも以上の速度で次の街に向かわなくては......。


『......私は別に......。』


「......?何か言った?シャル。」


何かシャルが言ったような気がしたけど、よく聞き取れなかった。


『いえ。すみません、大丈夫です。』


俺はクルストさんと別れ船室に戻った後、すぐにグルフ達に連絡を取ることにした。

競争をするのならグルフの協力は絶対に必要だ。

クルストさんも自信がかなりあるみたいだし、油断は出来ない。

まぁ、シャルやグルフより移動速度が速いなんてことはないと思うけど......っていうかコレ、ナレアさんとの勝負の時も似たようなこと考えた気がするな。


『ケイ様、グルフ達から返答がありました。明日、この船が港に入るまで街近くで待機しているとのことです。』


「ありがとう。マナス、わざわざ手間かけさせてごめんって伝えておいてくれるかな?」


俺は労いの意味も込めて肩にいるマナスの事をむにむにと撫でる。

俺が暫くマナスとシャルの感触を堪能していると、ナレアさん達が船室に戻って来た。


「グルフ達に連絡はできたかの?」


「えぇ、次の街の近くで待機してくれるそうです。」


「先行してもらったのにすまぬのう。」


ナレアさんが笑いながら言ってくる。


「......それはまぁ、ファラ達に改めて言っておいてあげてください。ところで何故あんな勝負をまた?」


「ふむ......。」


ナレアさんはリィリさんの方を見る。

どうやら主犯はナレアさんではなくリィリさんのようだ。


「いやー、クルスト君があんなに自慢げだったからさーちょっと意地悪したくなったというかー。」


ニマニマしながらナレアさんが言う。

クルストさんもお気の毒......でも絶対負けるつもりはないけど。

俺がそう考えていると、リィリさんが何故か俺を見ながら笑みを深める。

......これ、クルストさんだけじゃなくって俺の事も標的にしていませんかね......?

何となく居心地の悪さを感じたので話を別の方向に向ける。


「そういえば、水浴びはさっきしていましたけど......お風呂はどうします?」


「あー、そうだねぇ......出来れば入りたいなぁ。いいかな?ケイ君。」


「えぇ、勿論いいですよ。ただ、いつものように夕食前と言うのは難しいかもしれませんね。船は動き続けていますし......僕たち全員が同時に船上からいなくなるのは問題でしょう。」


「そうだな。先程の件で随分と目立ってしまったし、クルストもいるからな。」


「目立ったのはレギにぃが名乗ったからじゃないかな......。」


「あの状況だったから仕方ないだろ?それに上級冒険者の肩書はこういう時は受け入れられやすいからな。」


「まぁ、そうだけどねー。」


別にリィリさんもレギさんの行動に文句があるわけでは無いだろう。

笑顔を浮かべながら肩をすくめている。


「じゃぁ、もう少ししたら僕はお風呂を作りに行ってきますね。ナレアさん幻惑魔法で手伝ってもらっていいですか?」


「うむ。構わぬのじゃ。」


「僕とナレアさんはレギさん達を送り迎えする必要もありますし、先にレギさんとリィリさんが入って下さい。ナレアさん、僕達は後からでいいですよね?」


「「......。」」


俺がナレアさんに問いかけると何故か皆が黙ってしまう。

どうかしたのだろうかと俺が聞こうとしたら、その前にリィリさんが動き出した。


「えー。ケイ君、ナレアちゃんと一緒にお風呂入るの?」


「!?」


「待つのじゃ!その言で行くならお主はレギ殿と一緒に入るという事じゃな!?リィリ!」


「入る訳ないでしょ!?」


ぎゃいぎゃいと言い合う二人を尻目にレギさんが俺へと近づいてくる。


「ケイ、もう少し言い方には気を付けろよ?」


「はい、すみません。」


とりあえず、ちゃんと男湯と女湯に分けますよ?

俺とレギさんが呆れたような空気を出す中、ナレアさんとリィリさんの言い合いは熱を増していくのだった。




「いやーいい天気っスね!絶好の旅日和って感じっス!明日の夜が楽しみっスね!」


俺達の目の前で非常にテンションの高い晴れやかな笑顔を浮かべている。

朝早くに港に着いた俺達は色々と用事を済ませてから街の外に出て来ていた。

ここから次の街までは馬車で二日程、今までの移動距離から考えると結構近いよね。

街と呼べる規模が馬車で二日の距離っていうのは他の国ではあまりなかったと思う。


「このまま開始してもいいのかの?」


ナレアさんがクルストさんに問いかけると胸を大いに逸らしながらクルストさんが答える。


「俺は大丈夫っスよ!実は常に移動手段は手元に置いているっス!」


「ほぅ?」


ナレアさんの表情が少し変わる。


「だから俺の方は問題ないっス!ところで皆さんの方はいいんスか?見た所、何も連れて来ていないみたいっスけど。」


普通は馬車か馬で移動するからね......クルストさんも俺達も手ぶらだからお互いに疑問符を浮かべている感じだ。


「こちらは問題ないのじゃ。折角じゃからお主の出発を見送ろうと思ってのう。」


「それは随分と余裕があるっスね!もしかして......俺と呑みたいから......ワザと負けようと......?」


......どうしよう。

今すぐクルストさんをぶっ飛ばしたい。

いや、まてまて、落ち着け俺。

このレースをぶっちぎりで勝った後にぶっ飛ばせばいいじゃないか。

うんうん、後でぶっ飛ばそう。


「な、なんかケイから物凄い目で見られているんスけど......あんな目出来たんスね。」


クルストさんがこっちを見ながら身震いをして、その横ではリィリさんがニヤニヤしながらナレアさんをつついている。


「......ま、まぁ、妾達もお主が出発するのを見届けたらすぐに出発するのじゃ。その様子から、移動手段は見せてくれるのじゃろ?」


「勿論っスよ!自慢の一品っス!」


そう言ってクルストさんは懐から何かを取り出す。

蓋を閉じた懐中時計の様な形をしているが......中心に埋まっているのは魔晶石かな?

その魔道具にクルストさんが魔力を込めると俺達の目の前に、二メートル程の大きさのサーフボードのようなものが出て来た。

......物凄く見覚えのある物体だ。


「んっふっふ!あまりの出来事に声も出ないようっスね!これは古代の魔道具っス!馬の全速力に近い速度で移動することが出来て、しかも馬みたいに疲れることが無いっス!いや、魔道具だから魔力はかなり食うっスけど......馬車で二日くらいの距離なら休まず行けるっス!今は昼前っスから......まぁ、夜には到着できるっスね!門が閉まってて入れないかもしれないっスけど......遅くとも明日、朝一で目的地に着くっス!夜になったら三人でいいトコにいくっスから、なるべく早めに着いて欲しいっス!」


なんかもう勝った気でいるクルストさんは地面に置いたサーフボード、というかフロートボードに乗りながら自信満々な様子を見せる。

そしてナレアさんはクルストさんの様子を見て一瞬顔を顰めた後、顔を手で覆ってしまっている。

クルストさんの姿に過去の幻影を見たのかもしれない。

俺を含めた残りの三人は、そんなナレアさんの様子に生暖かい視線を向ける。


「あークルスト君。目的地が港だと先に着いた方も暇すると思うからさ。どこかの宿に先に部屋を取った方が勝ちってことにしない?」


「あーいいっスよ?でも俺次の街の宿知らないんスけど......。」


「で、では......金の卵と言う宿があるはずじゃ。そこを目的地としよう。卵料理がうまい店じゃ。」


再起動したナレアさんがゴール地点を設定する。

若干顔が赤い気がするけど......まぁ、何も言わないであげよう。


「了解っス!じゃぁ先に行って卵料理を堪能して置くっス!では、また明日っスー!」


そう言ってクルストさんがフロートボードを加速させていった。

その後ろ姿を見送った後、俺達はシャル達に騎乗する。

幻惑魔法で隠れていただけで、この場にはグルフもしっかりいたのだ。


「アレに乗ってるやつらは、自信満々過ぎやしないか?」


レギさんがグルフに乗る時にぼそりと呟いた言葉に、ナレアさんの顔が真っ赤に染まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る