第392話 戦いが終わり



俺はしくしくと泣いているクルストさんを背中に感じながら、階段の下で壊れた扉から魔物が入ってこないか警戒していた。

非常に背後から居たたまれない何かを感じるけど......今はそれどころじゃないからね。


「......うぅ......どうせ俺なんて......。」


......甲板まで上がって警戒した方がいいだろうか?

上の方が広くて戦いやすいしな......。

この場から離れる理由を見つけた俺が階段を登ろうとしたところ、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。


「ケイ。終わったのじゃ。そちらは大丈夫じゃったか?」


壊れた扉から覗き込むようにナレアさんが顔を出す。


「扉を壊されてシェルフィッシュが船内に入り込んでしまいましたが、なんとか人的被害は出さずに済みました。」


「それは僥倖じゃな。じゃが......何やらうずくまっている者がおるようじゃが、大丈夫なのかの?」


「あー、大丈夫です。今のところは、ぎりぎりで。」


「......?」


ナレアさんが顔に疑問符を浮かべているけど......蹲っている彼が無事でいられる時間はきっと長くない。

甲板の魔物が片付いてしまったこの状況では、もはや秒読みと言っても過言ではないだろう。

俺の考えを肯定するように、圧倒的な気配をまき散らす何かが近づいてくるのを感じる。

この件に関してだけは、気配とか殺気とかを感じられるようになったのかもしれない。


「......ナレアさん。話は甲板でしましょう。恐らくここは落ち着いて話が出来る状態じゃなくなると思うので。」


「ふむ?よく分からぬが......まぁいいじゃろ。甲板は甲板で血なまぐさいがのう。」


そう言ってナレアさんが顔をひっこめる。

まぁ、甲板はかなり血まみれだったしな......泣き崩れているクルストさんの事はこの後すぐ来る人に任せて、俺は階段を上がっていく。

シェルフィッシュの死体が階段下に落ちているけど......まぁ、こっちもちゃんと処理してくれるだろう。

俺が階段を登り、甲板を出ると同時に無言でレギさんが階段を降りていく。


「さて......天地魔法が使えたら甲板の掃除も楽なんだけどなぁ。」


「流石にそこは船員がやるじゃろ。まぁ、暫くは生臭い旅になりそうじゃがな。」


生臭い旅は嫌だなぁ......。


「そう言えば、リィリが随分と参っておったのう。」


「リィリさんが?どうしたのですか?」


リィリさんが苦戦するような相手ではなかったと思うけど......。


「リィリは妾と違って近距離で戦っておったからのう......。」


「あぁ......そういう事ですか。流石にここじゃお風呂は用意できないですしね......。」


恐らく返り血とか色々と体に着いた汚れが大変なのだろうな。

こっそりと船を降りて川岸にお風呂を作るって手はあるけど......。

幻惑魔法も併用すれば周りからは分からない様に出来る。

まぁ......船は止まることなく一晩中進み続けているから、置いて行かれてしまうけど......飛べばすぐに追いつく。

いや......船旅をしているのに、途中で下船してもすぐに追いつけるから置いて行かれても問題ないってちょっとおかしい気もするけど......。

でも、リィリさんにはお風呂を提案してあげた方がいいだろう。

俺も槍を使っていたとは言え汚れてはいるしね。


「夜になってから適当に川辺にお風呂でも作りましょうか。」


「それが良いかも知れぬのう。じゃが、恐らくリィリにその話をしたら今すぐに作ってくれと言われると思うのじゃ。」


「......なるほど。まぁ、ナレアさんに手伝ってもらえば昼も夜も関係ありませんし、作っちゃいますか?」


「そうじゃな......妾も遠距離戦だったとは言え風呂に入りたい所じゃが......まだ、甲板がこの状態じゃからな......折角入浴してもまた生臭くなりそうじゃな......。」


「......確かに。」


船首側の甲板を見て、俺はナレアさんの意見に同意する。

甲板の至る所に巨大な魚が横たわり、その血で汚れていない場所はないのではないかという様な状況だ。

戦いに参加していた船員さん達やその他の船員さん達が、慌ただしくシェルフィッシュの死体を一か所に集めようと奮戦している。


「死体は川に捨てないのですか?」


「素材や食料になるからのう。普段妾達はあまり気にせぬが、魔物を討伐すればそこから捕れる素材は全て倒した者の物になる。今回は足場が無くなると拙かったから、妾の指示で戦闘中は死体を川に捨ててもらっておったが......そこそこいい値段になるからのう、船員達も手を出しづらそうにしておったのじゃ。命のかかった状況でそんなこと気にする余裕があるのは大したものじゃが......何処にでも面倒な奴はおるからのう。」


なるほど......川に金貨を捨てるような感じだろうか?

勝手に捨てて、事が終わった後になんで捨てたんだと文句をつけられては困るということか......。


「じゃぁ、あの死体を移動させているのは僕達に引き渡す為ですか?」


「恐らくそうじゃな。レギ殿は席を外してリィリに任せたようじゃな。」


レギさんは今頃お話合い中で忙しいだろうしな......。

何か遠くから悲鳴のような断末魔の様な叫びが聞こえて来た気がするけど......こっちは風上だし、多分気のせいだな。


「ケイ君、ナレアちゃん。お疲れ様―。随分数が多かったねー。」


「お疲れ様です、リィリさん。」


「お疲れ様じゃ。確かに随分多かったのう。向こうに集めてくれておるのは妾達にってことかの?」


「うん、そうなんだけど......レギにぃは別に全部を貰うつもりはないって言ってたよ。」


「ふむ、それで問題ないのじゃ。」


「別に全部あげちゃっても問題ないですよね?」


俺がそう言うと二人は苦笑する。


「まぁ、確かにそうじゃが。それはそれで目立つしのう。レギ殿は名乗りも上げておるし、少しは利益を得ておかないとの。」


「無償でやっちゃうと他の冒険者に迷惑が掛かっちゃうからね。とりあえず、素材を少しだけ......後は美味しい所を私達の分だけ確保してもらって、残りは全部おすそ分けだね。」


それもそうか......俺達が別段お金に不自由していないからと言って素材はいらないよと言えば、他の冒険者がこういう状況で魔物を退治して普通の権利を主張した時......強欲だと言われかねない......いや、そこまででは無くてもお互いにあまりいい気分にはならない事態になりそうだ。


「晩御飯はシェルフィッシュ料理ですか。」


「そうだね......船員さんに聞いたところ結構美味しいみたいだから楽しみだね!」


リィリさんにはあの死体の山がご飯にしか見えていないのだろう。


「ところで、レギ殿は船長のところかの?」


「うん、さっき呼ばれていったよ。」


......あれ?

クルストさんの所に行ったと思ってたけど、違ったのか?


「何かあったのですか?」


「ん?あー、さっきの話と一緒だよ。報酬を払うって話。」


「あぁ、なるほど。」


「今回は突発的な事態じゃったし、魔物の数も相当じゃ。それだけでもそこそこの金額になるじゃろうな。」


今回の魔物の襲撃はかなりの数で、正直船員さん達だけじゃ対処出来なかったと思う。

全滅したかどうかはさておき、かなり危険な事態になったのは間違いない。

それに魔物の討伐は冒険者への依頼でも比較的値段が高いってレギさんから聞いた覚えがある。


「あーワイアードさんの時みたいに事後報告でギルドに話を通しておく感じですか?」


「そうじゃな。今回のような場合はギルドを通さずとも良いのじゃが、恐らくレギ殿は通すじゃろうな。ギルドが重宝するわけじゃ。」


「まぁ、レギにぃだからねぇ。」


仕事が大好きで、どんな仕事でも手を抜かない......真面目で丁寧で腕もいい。

理想的なしゃち......従業員って感じだ。

それはさておき、レギさんが船長の所に行ったってことは、先ほど感じた圧倒的な気配とか殺気的な物は勘違いってことか。

クルストさんの言葉に俺が過剰反応しただけってことか。

甲板まで女の人の悲鳴は聞こえたけど......クルストさんの声は壊れた扉に近づくまで全く聞こえなかったし......それにレギさんも戦闘中だったわけだし、いくらなんでも気取れるわけないか。


「おう。船長との話は着いたぜ。」


「おかえり、レギにぃ......でもあまり近寄らないでね。」


「ん?あぁ、ちょっと返り血が酷いな......風呂に入りたいと思う様になったのはケイの影響だな。」


俺が振り返ると返り血で体を汚したレギさんが立っていた。

その手にぼろぼろになったクルストさんを引きずるように持って......。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る