第391話 悲劇
俺達四人と船員さん六名が甲板の上で戦い始めてどのくらい時間が経っただろうか?
結構長い事経っているような気がするのだけど......相変わらずシェルフィッシュのお替りは止まない。
手加減はしているのでそこまで倒すペースは速くないけど、それでも俺達四人だけで二十匹くらいは倒しているはずだ。
甲板は至る所が血で染まり......もちろん魔物の血だが......流石に死体が多くなった為、船員さん達は河に死体を落とすことをメインにしだした。
その間も船にシェルフィッシュがぶつかっているようで、何度も激しい揺れに見舞われている。
船底に穴が空いたりしないよね......?
ここで船が沈むと、河の流れも速いし周りは魔物に囲まれているしで、乗っている人達の命はほぼ助からないだろう......。
......仮にそうなった場合は......全力で魔法を使うことになると思うけど......。
「しかし、キリがないのう。」
傍にきていたナレアさんが甲板を見渡しながら言う。
少し離れた位置では、レギさんとリィリさんが連携しながら二匹のシェルフィッシュと戦っている。
「そうですね......シャルに威圧してもらいましょうか?」
シャルが威圧すればその辺の魔物は全力でこの場から逃げ出すはずだ。
問題は、逃げた先で他の船を襲うってところだけど。
「妾達が普段移動する、人気のない森や平地であればあまり問題はないと思うが......ここは河じゃからな......交通量も多いし、他所に危険を擦り付ける結果になるだけじゃろうな。」
「ですよねぇ。水の中に潜んでいる奴等を攻撃出来ればいいのですが......。」
「流石に見えぬからのう......広範囲を攻撃すればどうしても派手になるし......ケイが以前使った雷はどうじゃ?」
「まだ体から放電しか出来ないですからねぇ......狙った場所に発生させられませんし......というか船の上にいるとは言え、かなり危険です。多少離れた位置にいても、もし生身の人が泳いでいたら感電死すると思います。それに魔物だけじゃなく、付近にいる普通の魚も軒並み死ぬと思いますし。」
「むぅ......そういった物か。雷についてはもう少しケイに聞いておきたい所じゃが......。」
ナレアさんが視線を向けた先で追加の魔物が甲板に飛び込んでくる。
「ここまでの襲撃はついぞ聞いたこともないが......今は働くとするかのう。」
そう言ってナレアさんが俺から離れ、飛び込んできた魔物の方へと向かう。
俺も他の魔物へと向かおうと足を踏み出したのだが、その時船の後方の方で何かが壊れる音と女性の悲鳴が聞こえて来た。
俺たち全員が反応するが、他の皆はまだ魔物との戦闘中だ。
「僕が行きます!」
俺は皆に聞こえる様に叫ぶと船の後方に向かって駆け出す!
何かが壊れる音がして甲板にいる俺達まで悲鳴が聞こえたという事は、船室の方に穴が空いてしまったということだろう。
間違いなく魔物のせいだ......急がないと......。
数秒で船の後部に辿り着くと、船内へと降りる扉が壊されているのを発見する。
やはり既に魔物が侵入してしまっているみたいだ。
壊れた扉を慎重に覗き込むと、階段の先で魔物が人を襲おうとしているのが見えた。
慌てて飛び込もうとした俺の耳に悲鳴が再び聞こえてくる。
「れ、レギさーん!こっちっス!助けて下さーい!」
ん?
レギさんに助けを求める声が聞こえて一瞬足を止めてしまう。
悲鳴......ではあるのだけど、なんか余裕があるというか、切羽詰まっていないというか......後喋り方に聞き覚えがあるというか......。
「ちょ!やばいっス、ほんとやばいっス!死んじゃうっス!レギさーん!早く!助けてっス!おい!レギさ......っちょ!し、死ぬっス!おい!禿!助けてくれっス!はげー!」
聞き覚えのある声の主は段々と余裕がなくなって来たのか、助けを求める声が乱雑になっていく。
次の瞬間、船首の方から物凄い殺気というか気配......があふれ出す。
目の前の魔物、シェルフィッシュもそれを感じ取ったのか、びくりと体を震わせて船首の方を気にしたようだ。
まずい......これ以上パニクった人物に悲鳴を上げさせてしまうと、この場では助けられたとしても最終的に魚の餌にされてしまう!
俺は止まっていた足を再び動かし、船首の方に気を取られている魔物に槍を突き立てる。
「うぉ!?」
槍を刺したことで我に返ったシェルフィッシュが暴れ始め、襲われていた人が声を上げる。
俺は気にせずに槍を引き抜き、再度シェルフィッシュへと捻りながら突き刺す。
四、五回それを繰り返すとシェルフィッシュはその巨体を横たえた。
この巨体で甲板まで飛び乗ることが出来るのだから、水中では相当早く動けるのだろうけど......正直地上には上がってこない方が良いくらい鈍重だ。
まぁ、身体の動き自体は早いから近づかれると危険だけど、少し距離を開けてしまえば小走り程度で逃げることが可能だろう。
彼みたいに狭い所で追い詰められなければ......。
「ふぅー助かったっス。正直、死を覚悟......はしなかったっスけど、死ぬかと思ったっス。ありがとう......あれ?ケイっスか?てっきり、は......レギさんが助けてくれたものかと。」
追い詰められていながらなんとも、緊張感の無い様子で座り込んだクルストさんが頭を掻いている。
「大丈夫ですか?クルストさん。」
俺はシェルフィッシュから槍を抜いてクルストさんへと手を差し出す。
「ありがとうっス。いや、護身用の短剣しかもっていなかったから船室に引っ込んでいたのに酷い目に遭ったっス。」
「無事で何よりでした。僕もナイフしかもっていなかったのでこの槍を借りたのですけど......あれ?そう言えば女性の悲鳴が聞こえて駆け込んできたのですが。」
「その悲鳴を上げた女性を庇って短剣で戦ったんスよ。一瞬で短剣は弾き飛ばされちまって......助けた女性は......。」
そう言って辺りをきょろきょろと見回すクルストさん。
「逃げちゃったみたいっスね。まぁ、あまり格好良くは無かったっスから、見られなくて正解っス。」
そう言って肩をすくめるクルストさん。
さっきまで泣きそうになりながら悲鳴を上げていたのに随分と余裕があるな。
「でもクルストさんならこのくらいの魔物どうにでも出来そうでしたけど......。」
クルストさんとは一緒に仕事をしたこともあるし、戦う姿も見た事がある。
このくらいの魔物なら対応出来そうだけど......。
「いやー駄目っス。護身用の短剣とは言ったっスが、殆ど飾りみたいなもんっス。剣があればなんとか出来たと思うっスけど......短剣じゃ勝手が違い過ぎて、とてもじゃないけど魔物とは戦えないっスよ。それに襲われそうなところに割り込んだから、相手との距離が近すぎたっス。」
「なるほど、そういう事でしたか。」
そして近すぎたせいですぐに武器を弾き飛ばされたと......。
色々と運が悪かったってところだろうか。
とりあえず、ここは穴が空いちゃっているし、また魔物が来ないとも限らない......皆がまだ甲板で戦っているし、俺も戻らないといけない。
となると......。
「クルストさん剣はありますか?」
「......この船に乗る時の渡し橋で落としちまったっス。」
「え?」
「......買ったばかりの俺の剣......ちょっと奮発していいやつ買ったっス。元の剣は下取りにだして......ピカピカに磨いてもらったっス。」
「......。」
クルストさんが両手で顔を覆いながら語り出した。
「鞘もいい感じに仕上げてもらって......ちょっと調子に乗って、腰に差した剣を見せびらかす様に弄りながら歩いてたっス......そしたら......そしたら......。」
崩れ落ちる様に両膝を床に着けうずくまるクルストさん。
「......川に飛び込もうとしたら船員達に羽交い絞めにされたっス。あいつらすんごい怪力っス。ロクに抵抗も出来ずに船室に放り込まれて......お、お、俺の剣......一昨日買ったばっかりっス......買ってから一度も抜いてないっス。」
俺はこの人に何と声を掛けてあげたらいいのだろうか......。
とりあえず俺は、壊れた扉から再び魔物が侵入してこない様に警戒を強めた。
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