第385話 水の街
「うわー、これは凄いねぇ!」
街に入る前もリィリさんは同じ台詞を言っていたな......。
俺はそんなことを一瞬考えたが、実は俺もあの時と同じ相槌を打つところだったのだ。
街に入った俺達は街中を流れる水路、そしてその上に浮かんでいる小舟の数々をみて呆気に取られていた。
「これは驚いたな。ナレアから前もって話を聞いていたが、想像とはかなり違った街並みだぜ。」
「えぇ、水路沿いに建物が立っていて、小舟での移動が通常の交通手段なのですね。」
大河の水を引き込んだ街は大通りの代わりと言わんばかりの大きな水路とそこから枝分かれしていく複雑な迷路のような水路が張り巡らされている。
勿論歩道も普通にあるのだが、少し歩けば水路と橋に遭遇することになる。
大きな水路には渡し舟もあるみたいだけど、小さな水路には一々そういった物はいない。
明らかに人が歩くよりも舟で移動することをメインとして考えられた街づくりだな。
「普通に水路に面した玄関とかありますね。」
「あぁ、何も知らずに外に出たら水路に真っ逆さまだ。俺達の想像あってるじゃねぇか。」
「反対側はちゃんと通りに面しておるわ。細かい奴らじゃのう。」
街の外での話をぶつくさ言っていた俺達に向かって、ナレアさんが吐き捨てる。
普段通りのナレアさんの様子に俺は嬉しくなる。
いや、詰られて嬉しいってわけじゃない。
普段通りのやり取り自体が嬉しかったのだ。
「この街は、行きたい所に行くのは少し難しそうですね。」
「まぁ、そうじゃな。歩きでは橋のある所や渡し舟がいる所でないと反対側に渡れぬし、舟は舟で細い水路では進める方向が決まっておるからのう。」
どうやら小さい水路は混雑回避の為に一方通行になっているらしい。
まぁ、水の事故も多そうだし、その辺のルールは色々細かく決まっているのかもしれないね。
「まぁ、住んでおれば多少の不便はあっても慣れるものじゃ。」
「逆に僕達みたいに外から訪れた人達にとっては、見えているのに辿り着けないもどかしさが募るわけですね。」
俺達は同時にリィリさんの方を見る。
普段のリィリさんであれば、いつの間にか俺達から離れて買い物を済ませた状態で話に参加してくるのだが......今日のリィリさんは目を付けたお店に辿り着けずに歯噛みしている。
「そういえば、屋台というか出店が少ないですね。」
「うむ。水路を汚さぬようにゴミに関して厳しく取り締まっておるのでな。出店を出すにはかなり申請が大変らしいのじゃ。まぁ、ケイ達なら問題ないじゃろうが......ゴミを落とさぬように気を付けるのじゃ。投獄まであるらしいからのう。」
「なるほど......食べ歩きは危険そうですね。」
「出店で物を購入した際にもゴミに関する説明をする義務があるし、リィリもその辺は大丈夫だと思うが......そもそも店に辿り着けぬのではのう。」
未だかつて見た事のないような切ない顔をしながらリィリさんが戻ってくる。
物凄く愁いを帯びた......すれ違った人が心配そうに振り返るくらいの落ち込み様だけど......水路の向こう側の出店に行けなかっただけですからね?
レギさんはため息をつきながら周囲を見渡す。
あれはきっと橋か渡し舟を探しているのだろう。
無意識かもしれないけど......レギさんは結構リィリさんに甘い所があるよね。
「ナレアさん、分かります?」
「いや......流石に細かい道までは分からぬのじゃ。」
そう言ってナレアさんも辺りを見渡すが、少なくとも見える範囲に橋はない。
......ナレアさんもレギさんと似たようなものか。
『ケイ様。お話の所すみません。』
「ファラ?どうしたの?」
『このまままっすぐ進んでいただくと水路が左に折れており、そこに水路の向こう側へと渡る橋がございます。リィリ様の行かれたい出店に行くには引き返してこないといけませんが、一番近い橋がそこになります。』
「なるほど、ありがとうファラ。」
「ありがとうね、ファラちゃん!」
リィリさんが先程までとは打って変わって花が咲いたように笑う。
周囲で心配そうにリィリさんを見ていた人もファラの声は聞こえていないだろうが、その笑顔を見てほっとしたようだ。
......凄いなリィリさん。
まぁ、リィリさんはかなり可愛いし、とある部分が男性には非常に魅力的だからな......注目されるのは仕方ない。
レギさんと並んで歩くと本当に美女とや......くざ......いや、そんな睨まないで下さいレギさん。
「......それにしても宿を探すのも一苦労ですね。」
「そうだな。そもそも土地勘が全くないってのもあるが......行きたい方向に進むのも一苦労だ。」
「ほほ、もう少しの辛抱じゃ。もう少し進めば大きめの水路に出る。そこからは舟で移動するとするのじゃ。辻馬車のような......舟があるのでな。」
タクシーの舟バージョンってことか。
まぁ、これだけ入り組んだ街ならそういうのも数いないと移動が大変だよね?
地元の人は一家に一艘って感じなのだろうか?
「宿がある場所は分かるのか?」
「とりあえず宿がある様な区画には心当たりがあるのじゃ。その辺で宿を見つけ、腰を落ち着けてから散策に出ぬかの?」
「そうだな、俺はそれが良いと思うが。」
ナレアさんの提案にレギさんが頷き、俺とリィリさんも後に続く。
「あ、でも......さっき見つけたお店には行きたいかなー、なんて......。」
俺達は苦笑しながら頷く。
この街ではリィリさんも俺達からまだ一度も離れて行っていないようだし、その出店の料理だけではなく、食事処の情報を仕入れたいってのもあるのだろう。
普段であればいつの間にやら情報を仕入れてくるけど、この街では中々難しいようだ。
「そういえばナレアさん、これだけ水が潤沢に使えるのですから......この街のお風呂とかどうなっているのですかね?」
「む?風呂か。確か浴場があると聞いたことがあったような気がするが......すまぬが場所までは知らぬのう。」
「そうですか......えっと、ファラ?」
『はい、場所は調べてあります。すぐにでもご案内出来ますが......。』
「まずは一度宿に行ってからかな。その後でお願い。」
『畏まりました。』
「......お前らは何処に行っても飯と風呂だな。」
そう言って俺達のことを呆れたような表情で見るレギさん。
「ところでナレア。この街の冒険者ギルドはどの辺りにあるんだ?」
「「......。」」
俺とリィリさんの冷ややかな視線がレギさんに刺さる。
「な、なんだよ。俺は別に......知らない街に来たら冒険者ギルドの場所を確認しておくのは常識だろう?」
「えー、今のってそういう感じだったかなぁ?」
「そうですよね。そもそも疚しい所が無ければ口籠ったりするのはおかしいですよね?」
二人で半眼のまま告げると、虫でも追い払うかのように手を振りながらレギさんが顔を顰める。
「仕事でここに来たわけじゃないにせよ、ギルドに顔は通しておいた方がいいだろ?予め顔を通しておくだけで避けられる問題だってある。何かあってからじゃ遅いんだ。優先してギルドに行っておくのは当然のことだ。」
......納得しがたいけど言っている事は正しい。
正しいけど、納得しがたい......いやこれを言っているのがナレアさんだったら納得出来る気がする。
まぁナレアさんは冒険者ギルドに全く近寄らないけど。
「ちなみにこの街は下水の処理施設も優れておっての、汚水を綺麗にする施設があるのじゃ。」
「......ほ、ほぉ。興味深いな。」
「まぁ、魔道具を使った技術じゃからレギ殿が見ても詳しくは分からぬかもしれぬが......。」
「問題ないのだったら後学のために見学させてもらいたいな。」
後学の為って......レギさん下水工事するのが夢とかですか......?
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