8章 魔道国

第382話 あれからの二人



母さんの神域で数日を過ごした俺達は魔道国に向けての旅を再開していた。

神域ではのんびりとさせてもらっていたが、一度だけ武器を握ることがあった。

アレは正直悪夢としか言いようが無かっと思う。

母さんに仙狐様や応龍様の神域で眷属と戦った話をした数日後......。


『あの二人の眷属と戦ったという事ですが......あぁ、いえ。私の眷属とも戦いませんか?という話ではありません。折角ですから私と戦いましょう。』


凄くワクワクした顔でそんなことを言いだしたのだ。

いや、全力でお断りしたかったですよ?

でもあんな風にワクワクした感じの母さんに、嫌ですとは言えなかった。

その結果......レギさん達やシャル達も巻き込んで母さんと戦闘をすることになり......結果は......燦々たるものだった。

まさか......シャルが手も足も出ない相手が居るなんて思わなかった......もう少し食らいつけるかと......。

......とりあえずあの悪夢の事は忘れよう。

今俺達は魔道国の国境付近まで来ている。

北回りか南回りか、レギさんとリィリさんが揉めていたが......まぁ結果はリィリさんの意見が採用された。

俺達の旅は別に急ぐものでもないし......演劇自体いつまでやっているか分からない以上、折角だから他の街の劇も観てみたいという意見が勝ったのだ。

まぁ、流石に俺もレギさんも演劇を観に行ってはないけど......リィリさんとナレアさんはかなりはしゃいでいた。

俺達は俺達で、リィリさんが調べていた料理大会の出場店の料理を楽しんだから、まぁ特に文句は無い。

いや、レギさんは文句ありそうだったけど......あの街以外ではいくつか仕事を受けることが出来たので禁断症状は出ていなかった。

レギさんとリィリさんは、いつも通りで問題ない。

問題は......。


「ナレアさん。国境から目的の街まではどのくらいかかりそうですか?」


「......。」


シャルの横を飛ぶナレアさんに話しかけるのだが......明後日の方向を向いて何も答えてくれない。

神域で二人で話をしたあの晩以降......ずっとこんな感じなのだ。

いや、原因は分かっている。

ナレアさんも別に怒っているわけではない。

いや、もしかしたらちょっと怒っているかもしれない。


「えっと、ナレアさん?」


再び話しかけたところ、ナレアさんは無言で飛ぶスピードを上げた。

......結構怒っているかもしれない。

確かにあの夜、いつもとは違うナレアさんの反応が可愛かったので、少し調子に乗って揶揄い過ぎたかもしれない。

いや、まぁ、こちらもかなり恥ずかしかったので、照れ隠しの側面もあったのだが......ナレアさんは大層お気に召さなかったらしい。

若干落ち着いた後に一言......。


「......返事は保留じゃ。」


そう言ったかと思うと空を飛んで去ってしまった。

まぁ、それだけならまだ良かったのだが......その後リィリさんからは。


「ひゅー、ケイ君、ひゅー。」


と言った、ちょっと訳の分からないながらも鬱陶しい絡まれ方をされたり。


『今日はお祝いですね。』


物凄く嬉しそうというか、若干はしゃぎ気味な母さんから唐突にそんなことを言われたり。


『......。』


数日単位でシャルから無言でじっと見つめられたりと、中々大変な時間を過ごす羽目になった。

ナレアさん以外の皆は段々と普通の状態に戻ってくれたのだが......ナレアさんについては御覧の有様である。

あれからもう二月近くになろうというのに、ほとんど会話をした記憶がない。

いや、二人で会話したことは一度もない。

やはり相当なお冠と言えるだろうか......。

今こうして傍を飛行してくれているのも、道案内の為と言った感じで......シャルとは偶に会話をしているようだが......俺の事は徹底的に放置である。

そんな状況の中、俺達は都市国家群を抜け、更にいくつかの小国家を縦横断して魔道国の国境付近まで迫っていた。

太陽が沈むにはまだ時間はあるだろうが、昼はとっくに過ぎており、もうそろそろ夕方になりそうといったところだ。

恐らく今日の移動はこの辺りまでだろう。

そんなことを考えていた所、少しだけ先行して飛んでいたナレアさんの速度が少しづつ落とされていくのを感じた。

やはり今日はここまでのようだね。

やがて完全に停止した俺達は野営の準備を始めようとしたのだが......。


「ふむ、少し森が遠いのじゃ......薪が必要じゃし......一っ飛び薪を拾いに行ってくるのじゃ。」


そう言ってナレアさんは天地魔法で一気に竈を作ると、薪を拾いに飛んで行ってしまった。

普段、俺達はシャル達による警戒があるので、魔物や野盗による不意打ちは効かないという事もあり森の傍で野営をすることが多い。

しかし最近はナレアさんの先導に従って野営をすると、微妙に森から離れた位置で止まることが多い。

因みに以前薪拾いに着いて行こうとしたら全力で吹っ飛ばされた。

理由は教えてもらえなかったが、リィリさんにもそれはダメだとため息をつきながら言われたので、どうやら俺が悪かったらしい。

しかし......もうそろそろナレアさんと普通に会話がしたいと思う。

やはりあの時の告白は失敗だっただろうか......勢いに任せ過ぎただろうか......ナレアさんにその気が全くなかったとしたら......いや、でも保留ってことはまだ......。

ネガティブだったりポジティブだったりする思考が頭を埋め尽くし、悶々と......いやどちらかと言えばどんよりと言った感じになってしまう。

そんな俺の様子を見て、リィリさんが深くため息をついていた。




View of ナレア


いかん......。

なんだかんだでもう魔道国の国境付近まで来てしまったのじゃ。

あの日以降......ケイとはまともに会話が出来ていない。

出来ていないというか......妾が逃げてしまっておる。

生娘でもあるまいに......妾は何をやっておるのじゃ。

いや、生娘じゃが......いやいや、そういう事ではないのじゃ。

薪を拾いながら妾は、ここ最近堂々巡りとなっておる思考を続ける。

たかだか二十年程度しか生きておらぬ小僧相手に何をやっておるのじゃ......。

始めは何という事もない......人の良さそうな奴だと思っておったくらいじゃった。

考えておることが手に取るように分かるし、揶揄うと非常に良い反応をする。

反応が面白くてついつい過剰に揶揄ってしまったりもしたが、最終的にため息をつきながらも許してくれる......本気で怒る所は......見た事が無い気がするのじゃ。

少なくとも身内に対して怒りを見せた事はない。

自分の事よりも他人の事を優先する......特に身内やその知り合いの為ならば、身を削るのをかけらも躊躇わないような感じじゃ。

いや、赤の他人......まだ見ぬ他人の事を先回りして考え、迷惑や危険を回避しようとしておる。

その上で考えが及ばなかった際は、実害が出ていなくても物凄く落ち込んでいく。

本人の能力の高さもあり、今の所問題は無いようじゃが......危なっかしくて目が離せないのじゃ。

二つ返事でとんでもないことを引き受けそうじゃし......。

本人は至極善良な奴じゃし、今の所ケイの力を利用とするような者もおらぬが......うむ......やはり目を離すべきではないのじゃ。

......いや、違う!

そういうアレではないのじゃ!

ケイの力が悪用されたら大変なことになる......つまりそういう事じゃ。

他意はないのじゃ。

まぁ......危なっかしくはあるが、ケイは頭が悪いわけでは無い。

いや、どちらかと言えば物事に対して真面目に考える方で、そうそう変な奴に騙されることはないと思うのじゃ。

まぁ、偶に考えすぎておかしなことになったりするが......そういう時は話を聞いてやるのがいいじゃろう。

ケイが変な思考に陥ることは今までも何度かあったことじゃし......この前も......。

......。

っ!?

い、いや......アレは、一体何が起こったのじゃ!?

どうしてあぁなってしまったのじゃ!?

いつものようにケイがヘタレておって......話を聞いてやって......気づいたらケイに愛を囁かれておったのじゃ!

しかも......しかもじゃ!

妾が動揺したのを見るや否や、畳み掛ける様に妾を揶揄ってきたのじゃ!

あのケイがじゃ!

ぐぬぬ......あの時の言葉、どこまで本気か分からぬが......いや......本気じゃったと思う。

あの時は動揺しておっていいように揶揄われてしまったが......思い返せばケイも動揺しておったように感じる。

ま、まぁ......悪い気はしなかったのじゃ。

いや、寧ろ普段のケイなら決して言わない様な台詞や態度は......いや、違うのじゃ!

ケイに攻められるのも良いとか、そういうアレではないのじゃ!

......あ、いかん。

拾った薪を全力で投げ捨ててしまったのじゃ。


「おのれ......ケイめ。」


妾は散らばってしまった薪を再び拾い集める。

......まぁ、せめてもの抵抗と言う訳ではないのじゃが......ケイへの返答は保留させてもらったのじゃ。

まぁ......まだ秘密もあるしのう。

くくっ......ずっとひた隠しにしてきた話じゃ......精々楽しませてもらうとするのじゃ。

......。

......。

......。

強がってはみたが......やはり秘密を知られるのは怖いのう......。

出会った当初はそんなことは無かったのじゃ。

妾の秘密を知って、もし......ケイが、それでもと受け入れてくれるならばその時は......。

って違うのじゃ!

保留じゃ保留!

......あ、薪が。


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