第379話 もう一つの方法は
『魔力を増やすもう一つの方法ですが、眷属になることです。』
「眷属に......?」
母さんの言った魔力を増やすもう一つの方法に、俺はオウム返しをしてしまう。
『えぇ。こちらも貴方は経験があったと思いますが......あなたの眷属の魔力保有量はかなり増大したでしょう?』
......マナスとかファラのことかな?
進化したことによる魔力の増加だと思っていたけど......眷属になって魔力が増えたから進化したのだろうか?
あれ?
でもマナスはともかく、ファラはストレンジラットっていう普通に存在する魔物だったよね?
魔力が増えてストレンジラットになったのだとしたら、ストレンジラット全体がそんなに魔力が多いのだろうか?
『ふふ、保有する魔力量と進化は関係ありませんよ。眷属となることで器と魂が強化されたために進化が起こったのです。』
俺が考え込むのを見て母さんが説明してくれる。
なるほど......進化はあくまでおまけって感じか。
「前提が逆だったということですか......そう言えば、人が眷属になった場合は進化しないのですか?」
『そうですね......眷属になった人も、やはり他の者達と同様に生物としての格は昇華されるので進化していると言えます。まぁ、姿かたちが変わることはありませんが......寿命はかなり延びますし、老化も緩やかになります。』
「僕みたいなものですか?」
『うーん、神子とはかなり違いますが......ケイの感覚で言うなら似たようなものかもしれませんね。』
ふむ......母さん達にとって神子と眷属はかなり違うか......神子は子供、眷属は配下って感じなのだろうけど......。
それにしても魔力を増やす方法は二つ......蘇生の方はさて置き......眷属になることか......これだったら先ほどの方法よりいいと思うけど......でも、寿命か......。
俺は一人で神域の中を歩いていた。
少し考えたかった事があったのもあるのだけど、なんとなく二年を過ごしたこの森をのんびりと歩いてみたかったというのもある。
珍しく、シャルもマナスも俺の肩には乗っていない。
まぁ、完全に一人と言う訳ではなく、少し離れた位置から俺の事を見ているみたいだけど。
......結局レギさんは母さんの眷属にはならなかった。
リィリさんのこともあるし、レギさんにとっても悪い話ではない様に思えたけど......何か理由がありそうな気がした。
レギさんが母さんの誘いを断った時、リィリさんは少し残念そうだったけど......でも納得した様子でもあった。
「ほほ、悩み事かの?」
後ろから声を掛けられて振り返ると、ナレアさんがいつも通りの様子でそこに立っていた。
「......ナレアさん。いえ、悩みというほどじゃありませんけど。」
「ふむ?レギ殿のことかの?」
「......えぇ、まぁ、何故レギさんは断ったのかなと思いまして。」
「ほほ、そんな難しい話ではないのじゃが......それを妾の口から言うのはお門違いじゃからの。ただ別に眷属になりたくない訳では無いと思うのじゃ。多分の。」
眷属になりたくない訳ではないけど今は眷属にならないってことか......仙狐様の誘いをナレアさんも断っていたけど......もしかしたら、似たような理由なのだろうか?
「ナレアさんも、眷属になりたくない訳じゃなくって、何か理由があって断っている感じなのですか?」
「ん?まぁ、そうじゃな。とは言え、妾の場合魔力は十分じゃし、寿命も老化もレギ殿よりはるかに先の話じゃからな。レギ殿が断った理由が妾と同じかどうかは分からぬのう。」
「なるほど......。」
ナレアさんと話しながら俺達はゆっくりと歩いていく。
そこで俺はふと思いついたことを言ってみる。
「ナレアさんは魔族でしたよね?」
「うむ、改まってどうしたのじゃ?」
ナレアさんが小首を傾げながら聞いてくる。
偶にレギさんもやる動きだけど、ナレアさんがやると違和感なく可愛らしく見える。
「いえ、今なんとなく思ったのですが......魔族の特徴ってなんか眷属になった人に似ていますよね?」
「ふむ......確かにそうじゃな。まぁ、御母堂に聞いた感じ、眷属は魔族以上の寿命に魔力と言った感じじゃったが......確かにケイの言う様に特徴は似ておるのう。」
「眷属は流石に不老ってわけではないみたいですし......もしかしたら魔族の祖となった人は眷属だったのかもしれませんね。」
「ほほ、確かにそうかもしれぬのう。とは言え、四千年も前の祖じゃろ?そんなに色濃く残るものかのう?」
「あはは、何の根拠もないただの推測ですから。もしかしたらそうなのかな?って程度です。」
「流石に時が立ち過ぎているからのう。特に四千年前となると記録が残っておらぬからのう......じゃが、悪くない推測のような気もするのじゃ。」
ナレアさんが顎に手を当てながら考える様に呟く。
「眷属としての能力が子孫にも受け継がれていくのか、御母堂に今度聞いてみるかのう。」
顔を上げて嬉しそうに笑うナレアさんはやはり知識欲の塊と言った感じだ。
デリータさんはちょっと狂気的な所があるからな......ナレアさんの方がそう言った話を楽しく出来るよね。
そんな話をしながら森の中を歩いていると、見覚えのある坂に辿り着く。
その坂を俺が見た瞬間、ナレアさんがこちらの顔を覗き込んで気遣わし気な様子を見せた。
「どうしたのじゃ?ここで何かあったのかの?」
「あはは、大したことじゃないですよ。ここでアザルに襲われたのですよ。」
「アザル......?あぁ、そう言えば神域に来たんじゃったの。しかし、よく生身のまま神域に来て無事だったものじゃな。」
「確かにそれは疑問ですね......やはり彼らには聞きたいことがかなりありました......。」
アザル達を尋問出来なかったことを今更悔やむ。
檻についてもアザル自身の行動についても聞きたかったことが山のようにある。
「そうじゃな......しかし......ん?そう言えば、アザルを殺した奴が次は西で会おうみたいなことを書いておったのう?」
「あぁ、あの......ナレアさんに......謎の手紙を残した奴ですね。そう言えばそんなことを書いていましたか?」
「ほほ、ケイが読んだのではなかったかの?」
「いや......文章があまりにもアレだったので殆ど記憶してないです。」
「まぁ、妾も内容はすっかり忘れておったが......よくよく思い返してみると、結構大事なことを言っておったかのう?」
再びナレアさんが顎に手を当てて考え込む。
グラニダから去ったってことで安心してその先を考えなかったのは失敗だったな。
「でも、グラニダから西って範囲が広すぎませんか?」
「まぁのう。紛争地帯を含めて大陸の殆どじゃ、この情報から探すのは不可能じゃな。」
ナレアさんが苦笑しながら言う。
......失敗だったと思ったけど、合理的だったのかもしれない。
そもそもあの場にいた誰も気にしてなかったしな......檻の事は気になるけど......手がかりが少なすぎる。
......西がどこか知らないけど、変なことしてなきゃいいけど......。
俺は視線をナレアさんから外して、以前転がり落ちて行った坂に目をやる。
いや、檻は碌な事しないか......龍王国でも、グラニダでも、この神域でも。
「ふむ......ケイはここを滑り落ちて行ったわけじゃな。」
ナレアさんが俺の横に並び坂を覗き込みながら言う。
どちらかというと転がり落ちて行った感じでした......。
「そうです。当時は魔力を使えないどころか、身体もぼろぼろで半分死んでいたような状態でしたからね。抵抗しようとはしましたが......あっという間にあの端から投げ出されましたよ。」
「まぁ、瀕死じゃったらしいからのう......どれ、行ってみるかの。」
そう言ってナレアさんが坂を滑り降りていく。
......まぁ、空を飛べる俺達なら危険はないよね。
俺はナレアさんに続いて坂を降りていく。
あの時、ここを転がり落ちて行きながらどんなことを考えていたっけ......一瞬だった気もするけど......空中に投げ出された時は覚えているな。
母さんが俺目掛けて飛び込んでくるのが見えて......必死に止まるように声を出そうとして......止まることなく母さんは崖から飛び出して......俺を救ってくれた。
あの時の母さんは魔力が殆ど空だった。
俺はまだ経験がないけど......昔レギさんから魔力が切れた時の事を聞いたことがある。
物凄い虚脱感で少し動くだけでもかなりしんどいと。
度重なる蘇生魔法や回復魔法のせいで魔力を使い切っていた母さんは、俺を神子にしてその魔力を使うことでなんとかすることが出来たけど......もし俺があの時拒否していたら、いくら母さんでも強化魔法も魔力も無しに崖から落ちて、全く問題ないとは言えないだろう......。
それでも一瞬も躊躇わずに母さんは俺を助けに来てくれた。
魔力欠如による倦怠感も自分の身の安全も置き去りにして......。
坂を下りながら、改めて俺は母さんへの感謝の思いが膨れ上がった。
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