第375話 北か南か
レギさんと初めて出会った街を出た俺達は、母さんの神域のある森に向かっていた。
本当はあの街で暫くのんびり過ごす予定だったのだが、街の状況がそれを許してくれなかった。
レギさんが街を歩けば注目され。
冒険者ギルドに行けば長蛇の列。
食事をしようと店に入ればひそひそとこちらを見ながら話をされ、俺達はともかくレギさんが全く気が休まらなかったのだ。
それもこれも、あの劇を考えたギルドのせいではあるのだが......冒険者ギルドの事情を聞いてしまったレギさんとしては、あまり強く文句を言えずに状況を受け入れる......いや、耐えるしかなかったのだ。
勿論、俺達も外でレギさんの名前を呼ばない様に注意しないといけないし、注目されまくっているから会話の内容も気を付けないといけない。
流石にレギさんも俺達も心労が半端ないので、お世話になった人達に一通り挨拶をして早々と街を後にすることにしたのだ。
「街を出来るだけ早く離れようとした結果、森の手前で野宿しないといけなくなったな。本当にすまん。」
荷物を下ろして野営の準備を始めた所、レギさんが気まずそうしながらに俺達に謝った。
「いえ、レギさんのせいじゃないですよ。元々この辺りで野宿することになるって分かっていて出発したのですから。」
「うむ。それに妾達も久しぶりに何の気兼ねなくレギ殿の名前を呼び、普通に会話が出来るからのう。寧ろあの街よりも快適といったところじゃな。」
「そうだねぇ、レギにぃと一緒だと美味しい物巡りするのも大変だったよ。」
「あー、本当に迷惑かけてすまねぇ。」
リィリさんの言葉にレギさんが肩を落とす。
でも一番大変だったのは間違いなくレギさんだし、レギさんが何か悪い事をしたってわけではない。
「いえ、レギさん、謝らないでください。僕も表に出ていないだけで当事者ですし。」
「うんうん、私だってそうだよ。寧ろみんなでナレアちゃんに謝らないといけない感じ?」
「ほほ、十分楽しませてもらっておるからの、気にする必要はないのじゃ。それより気になるのは他の街がどうなっておるかじゃな。」
ナレアさんが手をパタパタ振りながら言う。
「他の街か......流石にあの街程の事にはならないと思うが......。」
レギさんが苦々しく希望を口にする。
「うーん、でも他の街のギルドも手を組んであの劇をやっているんでしょ?全体的に新人冒険者が増えて助かってるって言ってたし、似たような感じじゃない?」
「いや、それはそうじゃろうが......レギ殿の事については必ずしも同じような状況とは言えぬのじゃ。」
「どういうことかな?レギにぃの......不屈の英雄の舞台はこの辺の街で連日大入りって話を聞いたよ?」
「そうじゃな。どの街でもあの舞台が大人気なのは間違いないのじゃ。じゃが、レギ殿はまた別なのじゃ。あの街はレギ殿が長年拠点としてきて、多くの人がレギ殿の事を知っておる。だからこそ、あれ程極端なことになったのじゃ......他の街でもあの街と同じようにレギ殿自身の顔が広く知られているのは......あの祭りのあった街くらいじゃろ?じゃが、あそこにしたってあの一日、あの一瞬だけの話じゃ。そうそう本人と確信出来る者はおるまいよ。」
「あー、なるほど。今レギにぃが他の街に行ったとしても、似た格好の冒険者、若しくはあの劇の熱烈な愛好家ってところかな?原典となった本人とは思われないかー。」
「まぁ、絶対ではないがのう。まぁ、あの街と同じくらい大変ってことはないじゃろ。」
ナレアさんが笑いながらリィリさんに言う。
確かにナレアさんの言う様に絶対大丈夫ってわけじゃないと思うけど、あの街の状況よりはマシだろう。
「いっそのこと都市国家を抜けるまでは顔隠して行動するか?」
「兜とかフードを被るとかですか?」
「カツラとか?」
......やめてください、リィリさん......滅茶苦茶青筋が立っています。
「そこまで窮屈にする必要があるかのう?」
「気づかれるようなら隠すか。」
「そのくらいでいいと思うのじゃ。それに別に変装せずとも幻惑魔法という手もあるしの。というか、ここから魔道国を目指すのなら北回りでもいいのではないかの?」
「えー、南回りがいいなぁ。」
ナレアさんが言った北回りと言うのは都市国家のある地域を抜けて......なんか王国とか帝国とか......国をいくつか抜けながら魔道国に向かうルート。
リィリさんの言った南回りは都市国家を突っ切っていくルート......まぁ、こちらも都市国家群を抜けた後はいくつか小国を抜けていくみたいだけど。
「ふむ?何故南回りがいいのじゃ?先のギルド長の話では都市国家群のギルドが主催しているという話じゃったから、北の方の国々の方が気兼ねなく旅が出来ると思うのじゃが......。」
「うーん、あのお祭りの時の料理大会に出たお店がいっぱいあるんだよねぇ......。」
......なるほど。
非常に分かりやすい理由だ。
「それに......他の街の劇も見てみたいなぁ。大筋は同じにしても、色々と違ってると思うんだよねぇ。」
リィリさんがそう言った瞬間レギさんが非常に嫌そうな顔をする。
まぁ、それはそうだろう。
なんせ、その劇のせいで苦労しているって話なのに、他の街でもそれを観たいって言っているのだからね。
「いや......どこで観たって一緒だろ?」
「そんなことないと思うな。あぁいうのは演じている役者さんとか演出の人によってガラッと印象が変わる物なんだよ!多分他の街に行ったら、大筋は一緒でも全く違う物が観られると思うんだ!」
「......そういう物なのか?」
レギさんが首を傾げながら俺達の方を見るけど......俺は観劇って今回が初めてだからその辺は分からない。
「まぁ......そうじゃな。リィリの言う通り、作り手によってがらりと印象が変わるのじゃ。その役者の個性なのか、演出なのかは分からぬがのう。その辺を見比べるのも中々面白と思うのじゃ。」
「なるほどな......しかし、ナレアはよく観劇とかするのか?」
「まぁ、以前に何度かといったところじゃな。」
そう言って肩をすくめるナレアさんだったが......ナレアさんは観劇よりも研究とかの方が好きそうだよね。
「......まぁ、リィリの意見も分かったが......だが、今回はそういうのはいいんじゃないか?」
「えー。でもいつまで興行しているか分からない物だし、確実に見れる時に見とくべきだよ!」
「それは確かに......そうかもしれんが......。」
「流石に、もうレギにぃに一緒に見ようとは言わないからさ!」
「だがな......目的地を考えれば北回りの方がいいんじゃないか?なぁ?ケイ。」
「えっと......。」
確かに目的地は北側の大河って聞いているから、ここから南に戻るより北上する方が早いとは思うけど......どうなのだろうか?
「でも、ケイ君も美味しい物食べながら観劇したいよね?」
「いや、食べながらは無理だと思いますが......。」
「じゃぁ、別々に。」
「......。」
「北周りだよな?」
「南回りだよね?」
「......。」
俺はナレアさんに助けを求める様に視線を向けるが......うん、あの顔は絶対に助けてくれそうにないね。
にやにやしているナレアさんから視線を外して森の方に視線を向ける。
すると、俺の傍で寛いでいたシャルが立ち上がり森の方に体を向けた。
俺が疑問に思っていると、同じくリィリさんの傍にいたグルフも体を起こして森の方を見る。
そんな二人の様子に気付いた皆も立ち上がり、武器に手を掛けて警戒を強めた。
警戒すること、時間にして二、三分。
俺達の視線の先、森の暗がりから見覚えのある獣たちが滲み出てくるように姿を現した。
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