第373話 ライフワーク



「ふふっ。でも本格的に魔術の勉強をするのも悪くないと思うわよ?お仲間の魔術師に教えて貰ったらどうかしら?」


デリータさんが微笑みながら勉強を進めてくる


「えっと、他に師匠がいるなら口を出さない方が良いと言われたことがありまして。」


あれ?

そう言ったのはナレアさんじゃなかったかも?


「あら、そうなの?真面目な人なのね。じゃぁ、リィリさんと一緒に来たら私から言っておきましょう。気にしなくていいと。」


「いいのですか?」


「えぇ、貴方達がお仲間にするくらいなら問題ない人物でしょうし、腕はここに来た時に見ておいてあげるわ。もし頼りない方だったらこの話は通さないでおくけど、それでいいかしら?」


「はい、大丈夫だと思います。ナレアさんはとても優秀な魔術師だと思うので。」


「へぇ、そうなのそれは楽しみね。ナレアっていう娘なのね......ナレア......?」


そこで少しだけデリータさんが首を傾げる。


「どうかされましたか?」


「いえ、なんでもないわ。」


肩をすくめるデリータさんがレギさんの方に顔を向ける。


「ところでお店まで来ておいて挨拶だけなのかしら?お仲間に魔術師が出来たら私はお払い箱ってこと?英雄様?」


「......何か買って行くからその呼び方やめろ。」


レギさんが顔を抑えながら深いため息を吐く。

えっと......俺も何か買って行った方がいいよね?

俺達はいくつかの魔道具を見繕ってもらって購入することにした。




「この後はどうしますか?」


買い物を終えた俺はレギさんに今後の予定について聞いてみた。


「俺は......ギルドで仕事を受けたからな。下水道に行く。」


......レギさんのその台詞に、俺は当然笑わない。

仕事ですもの?


「......なるほど。僕も付き合います......。」


「今のお前には非常について来て欲しくないな......。」


「いや、すみません。さっきの今だったもので......悪気はないのです。」


「まぁ......いいか。悪いのはギルド長だしな。他に挨拶に行くところはないのか?」


「そうですね。クルストさんが居れば挨拶しておきたかったですが、まぁ今度ギルドに行った時にでも聞いておきます。と言うか、これだけ帰ってきたことが噂されているくらいですし、情報に敏感なクルストさんならこの街にいれば気付いていると思うのですよね。」


「そうだな。気づいているならギルドで待ち伏せていそうだし、この街にいない可能性が高そうだ。」


龍王国の王都では俺が神殿に引きこもっていたから別れの挨拶も出来なかったし、もしかしたらこの街に戻ってきているかなと思っていたのだが......まぁ、今度ギルドで聞いてみよう。


「しかし、他に挨拶する相手が居なかったとしても、付き合う必要はないんだぞ?」


「いえ、実はこの街の下水にいるスライムがマナスの配下的な感じになっていまして。折角なので様子を見ておこうかなと。」


「へぇ、下水掃除用のスライムを配下に......ん?」


レギさんが突然何かを考える様に顎に手を当てて小首を傾げる。

何かあったのだろうか?


「どうしたのですか?」


「いや、そう言えば以前......まだ俺達がこの街にいる時によぉ。下水道の一角が、あり得ねぇくらいに綺麗になっていたことがあってな?」


「へ、へぇ、そんなことが?」


「しかもよぉ、測量器で計ったようにびしっと一区画だけがよ。」


「ほ、ほぉ......不思議なこともあるものですね。」


「いや、下水道にいるスライムはよぉ、確かに下水道を掃除してくれるんだが......まぁあいつらにとってはただの食事だから、隅から隅まで綺麗にってわけにはいかねぇんだ。」


「ま、まぁ、彼らは綺麗にしようって考えているわけではありませんからね?」


「そうだ。だから冒険者が掃除をしに下水道に降りていくわけだが......そう言えばケイはこの街で下水道の掃除の依頼を受けたことあったか?」


「あー、いや、どうでしたかねぇ?結構前の事ですからあまり記憶が......。」


「聞き方を変えようか。今までに下水掃除の依頼を受けた事はあったか?流石に受けた事があったかどうかくらいは覚えているよな?」


......逃げ場なし。


「受けた事はありますね......。」


「そうか、そうか。ところでここ以外の街でケイが下水掃除を受けていた記憶はないんだが?」


えぇ......ここ以外の街ではずっとレギさんと一緒に居ましたからね......知っていますよね......。


「僕がやらせたわけじゃないのですよ......?」


「あの一角はケイの仕業だったか。線を引いたように自分が担当した所だけ綺麗にするのは......すこし厭らしい感じがしないか......?」


レギさんがにやりと笑いながら聞いてくる。


「それは僕も思いましたけど......マナスの配下の子達が頑張ってくれたというか......頑張ってくれてしまったというか......。」


「あの地下のスライムたちが頑張ったらあんなに綺麗に出来るんだな。っと......ここから降りるぞ。」


そう言ってレギさんが立ち止まる。

物凄く小さな建物、大きめのタンスくらいの横幅しかない。

この扉の向こうには下水に降りるための階段があるだけだ。

マンホールから降りるのではなくこうやって下水に降りるための階段が街の至る所にひっそりと設置されていて、俺も以前下水掃除の依頼を受けた時に利用したことがある。

と、そんな建物の前に立っていると、通りの向こうから見慣れた二人が歩いてくるのが見えた。

ナレアさんとリィリさんだ。

二人はまだこちらに気付いている様子は無く、何やら話をしながらこちらに向かって来ている。


「いや、ナレアちゃん。あの人はそう言うのじゃないって。」


「しかしじゃな......その、初めて世話になった女性じゃろ?少しくらいその......思う所があってもおかしくないと思うのじゃ。」


「まぁ、ナレアちゃんの心配も分かるけどね......ホントにそんな感じの人じゃないよ?うーん、そうだねぇ......知り合いの中ではアースさんに近いかな?」


「......あんな感じのおなごは嫌じゃな。」


「あはは、それは確かにそうだね!ってそうじゃなくって、研究者っていうか自分の興味のあることに情熱を注ぐって言うか......あーそういう意味ではナレアちゃんにも似てるのかな?」


話に夢中になっている二人は、結構近くまで来ているのにまだ気づいていないようだ。

このままスルーするというのもアレなので、こちらから声を掛ける。


「ナレアさん、リィリさん。何処に行くのですか?」


「ひょわ!?」


「あ、ケイ君。もうデリータさんの所はもういいんだ?」


いきなり声を掛けて驚かせてしまっただろうか?

ナレアさんから、なんか不思議な悲鳴が聞こえて来た気がする。


「えぇ、挨拶は済ませてきました。」


「そっか、私達も今向かおうと思ってたところなんだ。」


「あ、そうだったのですね。入れ違いになっちゃいましたね。」


「そだねー、お店の邪魔になっちゃうかな?」


「あー、それは......その......多分デリータさんは気にしないかと。リィリさんの事も気にされていましたし、喜ぶと思いますよ。」


相変わらずお客さんは誰もいなかったから大丈夫だと思う、とは言えない。


「そっかそっか。じゃぁ、私達は挨拶に行ってくるけどケイ君達は......ぷっ。」


辺りというか、俺達が今まさに入ろうとしていた建物を見てリィリさんが噴き出す。

いや、それさっき俺もやりましたから......気持ちは分かりますけど......。

口を押えながら肩を震わせるリィリさんがレギさんに話しかける。

巻き込まれるのもアレ......もとい、ナレアさんが不思議な悲鳴を上げた後固まっている様なので声を掛ける。


「ナレアさん、どうしたのですか?」


「お、おぉ、ケイではないか。き、奇遇じゃな?何をしておるのじゃ?」


若干、挙動不審なナレアさんだが......再起動したみたいだから大丈夫かな?


「あー、僕は仕事の手伝いついでにマナスの配下の様子を見ようかと思いまして。」


「ほう?ファラではなくマナスの配下がいるのかの?」


いつもの様子に戻ったナレアさんが問いかけてくる。


「えぇ、以前この街で仕事をした時に手伝ってもらったことがありまして。」


手伝ってもらったって言うか、全部やってもらったが正しいのだけど......。


「ふむ、それは少し気になる所じゃな......マナス以外のスライムにそういった知性のようなものがあるとは思わなんじゃ。」


「良ければ一緒に行きますか?」


......誘っておいてなんだけど、女性を下水道に誘うっておかしくないか?


「興味はあるのじゃが......この後はデリータ殿と言ったか?その者の店にリィリと行くことになっておるからのう。」


デリータさんの所は急いでいかないといけないってこともないと思うけど......まぁリィリさんと何か約束があるのかもしれないしね。


「そうですか。じゃぁ、その内紹介しますよ。下水に行かなくても一匹くらいなら地上に来てもらっても大丈夫でしょうし。」


「ではその時を楽しみにしておくとしよう。その配下のスライムも眷属にしたらマナスみたいにとんでもないことになるのかのう?」


「どうなのでしょう......まぁ、僕自身、眷属って言うのに関してよく分かっていない部分が......いや、殆ど知らないことだらけですね。」


何かふわっと......仕えてくれているって事しか知らない。

その辺ちゃんと教えてもらった方がいいよな。

ってこれ前にも思ったっけ?


「その辺は御母堂に聞くのがいいじゃろうな。次は森にいくのじゃろ?」


「そうですね。その予定です。」


俺とナレアさんがそんな話をしていると、にわかにレギさん達の方が騒がしくなる。

何やらレギさんとリィリさんが言い合いっぽくなっているけど......喧嘩って感じじゃないな。

恐らくリィリさんが仕事について揶揄ってレギさんが憤慨、みたいな感じだろう。


「じゃぁ、ナレアちゃん。そろそろ行こう!早速のお仕事がんばってねー上級さん。」


「うむ、了解したのじゃ。では、またの、ケイ。」


そう言ってナレアさん達は俺達が歩いてきた方へと去っていく。

その後ろ姿を見ながらレギさんがとても深いため息をついていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る