第372話 鄙びた店にて



「あら、噂の英雄様じゃない。こんな鄙びた店に何か用かしら?」


「......ちっ。」


見せの中に入ったところカウンターで頬杖をついていたデリータさんが開口一番、口撃を仕掛けてくる。

これ完全にレギさんが店の前で言った台詞聞こえていたよね。


「えっと......デリータさん。お久しぶりです。」


「あら......イクサル君だったかしら?」


「デリータさんもアレ観たんですね。」


今日はみんなにイクサルって呼ばれる日だな。


「えぇ、沢山笑わせてもらったわ。ふっ。」


冷笑と言うのがふさわしい笑みを浮かべるデリータさん。

対照的にレギさんは苦虫を嚙み潰したような表情だが......街がこの状況だし、デリータさんの事は程度予想できていたとは思うけど。


「まぁ、それはいいとして、どうしたのかしら?」


「旅の途中でこの街に寄ったので挨拶に。」


正確には挨拶をしにこの街に寄ったって感じだけど。


「あら、わざわざ会いに来てくれたのね。それでそこの英雄様は何をしに?」


「用はねぇよ。ケイが世話になったから挨拶したいって言うからついて来ただけだ。」


「へぇ、イクサルはいい子ね。ところで英雄様にも随分とお世話してあげたと思うのだけれど?」


今レギさんが俺の名前呼んだのに、デリータさんはイクサルって呼びましたよね?


「それと同じくらい俺も返したと思うがな。まぁそれはいい、元気してたか?」


「えぇお陰様で。イクサルから提供してもらった物のお陰で研究には事欠かないわ。」


そう言ってねっとりとした視線で俺の肩......マナスに視線を向けるデリータさん。

そして相変わらず俺の背中側に逃げていくマナス......。

デリータさんと同様にナレアさんも知識欲の塊みたいな感じだけど、デリータさんみたいにマナスを切り刻みたいとは言わないな。

生物学......魔物学......?

そういうのにナレアさんは興味がないからだろうか?

いや、全体的にデリータさんはナレアさんに比べてねっとりとマッドな感じがする。

マナスに逃げられていつも通り少しだけ残念そうな表情をした後、こちらに顔を向けて話し出すデリータさん。


「それで、貴方達はどのくらいこの街にいるのかしら?先程街に寄ったって言っていたわよね?帰って来たわけでは無いのでしょう?」


「あぁ、本当は少しこの街でゆっくりしながら少し仕事でもするかと考えていたんだが......この街の状況じゃな。」


「ふふ、確かにね。さぞや注目されたのではないかしら?」


デリータさんがにやにやしながら言うと、レギさんがため息をつきながら答える。


「どこにいても視線を感じるし、表を歩きながら話していても、皆俺の名前を呼ばない様に注意してくれている感じだ。正直窮屈なんてもんじゃないな。」


「あらあら、それは御愁傷様。まぁ、有名税みたいなものだと思って諦めるのね。」


「俺は銅貨の一枚だって得してないんだが?見返り無しで税だけ払うっておかしいだろ......。」


「それは冒険者ギルドなりなんなりに言いなさい。何かしら見返りは用意してくれるでしょう?」


「......あー、くそ、そういう事か。」


デリータさんの言葉を聞きレギさんが顔を抑えながら天井を仰ぎ見る。


「......?どうしたのかしら?」


「あーいや、多分......ギルドのもう一つの意図に気付いちゃったんだと思います。」


俺もデリータさんの台詞を聞いて気付いた。

だからこそあのタイミングだったのだろう......今頃ギルド長は一息ついているかもしれないな。


「......?既に何かしら報酬を貰っていたのかしら?」


「えっと......。」


デリータさんに聞かれた俺は顔を抑えているレギさんの方を見る。

レギさんはしてやられたって感じで力を失ってしまっているけど......俺が説明するべきだろうか。


「......上級冒険者だ。」


「......は?どういう事かしら?」


「上級冒険者に昇格させられた。」


一瞬キョトンとした表情を浮かべたデリータさんだったが、吹き出す様に笑いだした。


「ふふっ......それはしてやられたわね。これでギルドは自分の懐を一切傷めずに大手を振って興行の利権を堪能できるわけね。」


「くっそ、ギルド長のヤツ......。」


「ふふっ、貴方がそんな簡単に丸め込まれるなんて、余程参っていたのかしら?」


「そりゃな......この街に戻ってきてから気の休まることが無かったし、わけわからん状況に振り回されていたってのもある。」


「随分と勿体ない事をしたわね。あの盛況ぶりですもの、相当な荒稼ぎをしていると思うのだけど......。」


「......はぁ、まぁその辺は別にいい。元々俺のあずかり知らぬところで企画されたものだ。興行の成功も盛り上げに尽力した奴らの功績だろう。その利益を横からかっさらってもな。そもそも、有名税だなんだと言われたから理不尽に思っただけだしな。」


「相変わらずお人好しねぇ。そんなのじゃいつか大損するわよ?」


「別に金には困ってないからな。」


「はぁ、英雄様は羽振りがよさそうで羨ましいわね。鄙びた店の店主としては、いつか痛い目に遭わせてやりたいくらいよ。」


「お前が言うとシャレにならんからやめてくれ。」


レギさんが心底嫌そうに言うと、デリータさんはカウンターの向こうで肩をすくめる。


「ところでイクサル君。」


「そろそろ本名で呼びませんか?」


「......あら、改名したのかと思っていたわ。それでケイ君、リィリさんはどうしたのかしら?」


「リィリさんですか?今は別行動中です。」


「別行動?何かあったのかしら?」


デリータさんが眉を顰めながら聞いてくる。


「あ、いえ、そう言った別行動ではなく。少しだけ......あー、買い物とかに行ったのですかね?」


俺がレギさんに問いかける様に言うと、レギさんが苦笑しながら後を続けてくれる。


「もう一人の連れと用事があってギルドで別れたんだ。後から顔を出すって言ってたからその内来るだろ。」


「あぁ、なるほどね。英雄様があまりにもヘタレだから見捨てられたのかと思ったけど、違うのね。」


「なんだそりゃ......。」


「分からないならいいわ。それよりお仲間を増やしたの?」


ため息をつくようにレギさんに返事をした後、デリータさんが俺の方に問いかけてくる。


「えぇ、旅先で知り合いまして......今は一緒に。」


「あら......へぇ、そうなのね。ケイも以外とやるわね。」


「......?何がでしょうか?」


「あら、あなたもレギと同類なのかしら......?今リィリと一緒に出掛けているってことは、そのお仲間は女性でしょ?」


「え、えぇ。そうですよ?あ、ちなみにその方は魔術師ですよ。」


「へぇ、それは興味深いわね。そういえば、ケイは私の渡した魔術式は使っているのかしら?」


「あ、はい。複製は何個か成功していますが......まだ三回に二回は失敗しますね。」


「三回に二回?」


「はい......すみません、折角新しい魔術式を作っていただいたのに。」


「いえ、初歩の初歩くらいしか教えていないのに、よくやっている方よ。本格的に教えたら結構面白いことになりそうね。」


俺が謝るとデリータさんが苦笑しながら言う。


「あぁ、そういうことですか。知り合いからは型破りな方に教わっていると言われましたが。」


「あら、ふふっ。そのお仲間さんにかしら?」


「いえ、龍王国で魔道具のお店をやっている方に。魔道具が正しく動いているか調べるための魔道具の事を相談した時に言われました。」


「ふふっ。まぁ、そう言われても仕方ないわね。まさかそんなに成功率が上がっているとは私も思わなかったわ。五回に一回でも成功できていればいいほうかと。私が思っていた以上に真面目ねぇ。分かっていたつもりだったけど、ケイは私が思っていたよりも遥かにいい子だわ。」


そう言ってデリータさんが手を伸ばし俺の頭を撫でる。


「ふふっ。毎日のように書き写していたのでしょう?そうでなければ流石に模写とは言えそこまでの成功率では書けないと思うもの。」


嬉しそうに笑うデリータさんから若干視線を逸らす......。


「う......さ、最近はちょっとやっていないこともありましたが......。」


「あら?そうなの?悪い子ね。」


そう言ってぺしんとおでこを軽く叩かれた。


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