第370話 ジャンプアップ



「いや、本当にすまん。俺も、今まで新人しかやらないような依頼を率先して片付けてくれていたお前が居なくなって、初めて依頼の多さに気付いてな。」


ギルド長はレギさんに向かって頭を下げながら言う。

それを見たレギさんが、相当渋い顔をしているね。

文句を言いたかったけど依頼が滞っていると聞いてしまっては強くは言えない、といったところだろう。


「冒険者の仕事は雑用をすることじゃないって言う奴らもいるが......街を拠点にしている以上地域住民とは友好的な関係を築くべきだ......いや、これはお前に言う必要はないな。誰よりもその手の仕事を受けて来たお前だ、そのことは十分理解しているだろう。」


「そこまで考えていた訳ではありませんが......。」


レギさんがそう応えるとギルド長が鼻をならす。

ギルド長が言うことはもっともだし、レギさんも謙遜しているだけでそのことは誰よりも承知していると思う。

まぁ、そこまで考えた上で、率先して仕事を受けていたわけでは無いっていうのは本音だろうけど。


「まぁ、そんなわけでだ。どこのギルドも、簡単な依頼を受けてくれる新人を確保したかったわけだ。それとな、一気に新人が増えることによって、お前がやっていたような新人教育を、引退した冒険者を雇用したりして組織的にやるようにしたんだ。怪我を負って引退せざるを得なかった冒険者に、新しい職を与えたり出来るようになってな。その辺の評判もかなりいい。」


冒険者は危険の多い職業だからな......怪我は勿論、年齢的な理由で引退をする人は少なくないだろう。

そう言った人達の次の仕事として、教育係をまかせるのはいい手だと思う。

培った経験や知識は、後進にとっては何よりも得難く、それでいて値千金の価値がある。

自分達を少しでも危険から遠ざける為、そして効率よく依頼をこなしていく為に、師事できる人をギルドから紹介してもらえるのは非常に助かるだろう。


「ギルドの意図はわかりましたし、引退した冒険者の為にもなるというのなら非常に良い施策だと思いますが......何故私だったのですか?」


「そりゃお前......分かりやすい英雄譚だからな。金の為でも名声の為でもなく、ただ仲間の為だけに熱くなれる男。仲間の為に、その一念だけで前人未踏の偉業を成したんだ。ただ、冒険に成功して大金を得ました、地位を得ました......そんな安っぽい成り上がりの話じゃない。人は多かれ少なかれ色々な挫折を経験しながら生きているもんだ。そんな辛い過去を、強い意志を持ってケリをつけたお前に人は感動し、共感し、自己を投影するんだ。圧倒的な才能や恵まれた環境ではなく、ありのままの、人としての強さに自分もこうなりたいと思わせるだけの力強さがあった。」


「......。」


レギさんが唸るように顔を片手で覆い、リィリさんはそれを見てニマニマしている。


「......ってあの舞台を創った奴が言っていたぞ?いや、あぁいう芸術ってのを生み出す奴らは物の見方が面白いよな。俺達は最初、祭りで知名度上がってるし、今ならいけるんじゃね?くらいのノリで始めたのによ。最初は主役もお前に似た感じのヤツじゃなくってもっとこう、見栄えのいい奴にしようと思ってたんだが。さっき言った奴が、本人に近い役者の方が絶対に面白いって言うから渋々それでやらせてみたんだが......アレは確かにお前に似せた役者で正解だな。重厚というか......とにかく出来上がったのを見た時、不覚にも感動しちまったぜ。」


渋々って......いや、確かにレギさんを演じていた役者さん......元の世界のドラマや映画だったら確実に悪役として採用されそうな風貌だったけど......でもレギさんを知っているからか物凄く嵌っていたし、役として、人としての厚みのようなものを感じた。


「まぁ......演劇としては、かなり面白かったと思います。自分が題材でなければと終始思っていましたが。」


「ははっ!すまねぇな!諦めてくれ!」


大口を開けて笑うギルド長を見て、レギさんはため息をつくと憮然とした表情ながらも話を続ける。


「しかし、この状況ですとこの街でいつも通り仕事をするのは難しそうですね。予定では暫くこの街に滞在するつもりだったのですが。」


「暫くって、また出ていくのか?」


「えぇ、次は魔道国の方へ。」


「本当に変わったな。いや、まぁ悪くないが。やはりケリをつけたってのはでかいんだな。」


「そうですね......今は色々見て回るのも楽しいと思っていますよ。」


「そりゃ冒険者らしくて何よりだ。あーしかし仕事については......今は新人にばんばん流している事もあって難しいかもな。大騒ぎになりそうだし。」


レギさんに笑いかけたギルド長だったが、仕事の件についてはちょっと難しいといった感じだ。


「そうですね......依頼関係は難しいと思いますが......下水掃除でしたら。」


受付のおねーさんが少し考えるそぶりを見せた後、微笑みながら物凄い釣り糸を垂らす。


「分かりました。では、早速......。」


「待て待て、何処の世界に嬉々として下水掃除に向かう英雄が......いや、まぁお前はそういう奴だが......少し待て。ここに呼んだのは用事があるからだ。」


一瞬で食いついたレギさんをギルド長が慌てた様子で止める。


「そういえば、こちらの聞きたい事を聞いただけでしたね。すみません。何か仕事ですか?」


腰を上げかけたレギさんだったがギルド長にとめられ、椅子に座りなおし話を続ける。


「いや、違う。レギ=ロイグラント、君を上級冒険者として認定する。」


「......は?」


ギルド長の宣言にレギさんが呆けたように固まった。

リィリさんもびっくりしたような表情でギルド長の方に視線を向けている。


「おめでとう、レギ=ロイグラント。今日から君は上級冒険者だ。」


「いや、ちょっと待ってください。私は下級冒険者ですよ?それに中級になるための試験も合格していません。そんな私が何故上級冒険者に......。」


「......逆に言うがお前の様な功績を上げた人間、世間では英雄とまで呼ばれている人間を下級冒険者にしておけると思うか?」


レギさんの台詞を遮るようにギルド長が言う。


「それはそうかもしれませんが......。」


「それにだ。お前はたった二人でダンジョン攻略を成し遂げたんだぞ?今更ダンジョン試験なんか必要だと思うか?試験官が恐縮するわ。」


「......。」


レギさんがぐうの音も出ないくらいにギルド長に言われ続ける。


「それに言っているのは俺だけじゃない、他のギルドからも推挙......というか、とっとと上級冒険者と名乗らせろって煩いくらいだ。」


「......。」


「それにお前、遺跡も潜ってるだろ?」


「え?」


「惚けるなよ。一緒に居るのは上級冒険者の遺跡狂いだろ?そんな奴と一緒にいて遺跡に潜っていない訳がない。」


遺跡狂い......ナレアさんの冒険者としての二つ名か。

ってか受付のおねーさんは気づいていなかったけど、ギルド長はナレアさんのことに気付いていたんだな。


「ほほ、知っておったのかの?」


「上級冒険者は変な奴ばかりだが、あんたはその中でも飛び切り変な奴だ。一人で未発見の遺跡にがんがん潜っていくなんて正気じゃない。流石にそんな人物くらいは覚えているさ。」


ギルド長がナレアさんにそう言い放つと、横に控えていたおねーさんが少し縮こまった。


「ほほ。ならば、二人でダンジョンを攻略してしまう狂人も上級冒険者というわけじゃな。」


「その通りだ。ダンジョンを攻略していて、遺跡探索の経験もある。さらに依頼解決件数は中級冒険者と比べて遜色ないどころか......このギルドで歴代最高って言っても過言じゃない、よな?」


そこで受付のおねーさんに確認するようにギルド長が問いかけると、気を取り戻したおねーさんがゆっくりと頷く。


「実績は十分。というか多すぎるくらいだ。これで下級なんて名乗られたら、中級になるのはどれだけ大変なのかって話になるだろ?大人しく受け入れてくれ。」


「......分かりました。ところでダンジョンを攻略したのは、先程ギルド長もおっしゃられていましたが二人です。彼はどうなるのですか?」


そう言ってレギさんが俺の方に水を向けてくる。

いや、俺は上級冒険者とかそう言うのはいいですよ......?

冒険者になった理由は身分証明の為ですし......後二つ名とかつきそうだし。

それは断固として拒否したい。


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