第369話 犯人



「ギルド長、レギさんとお仲間の方々をお連れしました。」


「入れ。」


受付のおねーさんが扉をノックして声を掛けるとすぐに中から返事が聞こえた。

俺が想像していたよりも若い声だ。

以前会ったギルド長はそこそこ年配の方だったのでそのイメージがあったけど、この街はそうではなさそうだ。


「失礼します。」


扉を開けて中に入ると、奥においてある机から四十代くらいのがっしりした体格の方が顔を上げて片手を上げてくる。


「よぅ、レギ久しぶりだな。」


「御無沙汰しております、ギルド長。」


「相変わらずかてぇヤツだな。まぁ、座れよ。」


ギルド長は入室した俺たち全員を見回した後、椅子を勧めてくる。

あまり広い部屋ではなく、応接用のテーブルも四人掛けの物だったので俺達が座ると満員で、ギルド長は自分の執務机についたまま話をするようだ。

受付のおねーさんがお茶を用意してくれた後、ギルド長が話を始める。


「さっきも言ったが......随分久しぶりだな、レギ。旅に出るとは聞いていたがどこまで行っていたんだ?」


「龍王国の方に行っていました。」


「都市国家群から離れていたのか。どうりで噂を聞かない訳だな。向こうで仕事をしていたのか?」


「仕事は軽くですね、基本的には物見遊山と言った感じです。」


「物見遊山?お前が?どういう風の吹き回しだ?」


ギルド長が目を丸くして聞いてくる。

ギルド長の横に控えていた受付のおねーさんも同じような表情だ。


「それはどういう意味ですか?」


「だってお前......仕事してないと死ぬんだろ?」


あぁ、やっぱりレギさんの印象って皆そんな感じなんだな。

俺達よりもこのギルドの人達の方がレギさんとの付き合いは長いわけだし、当然と言えば当然か。


「どんな生態ですか......私だって骨休めくらいしますよ。」


「いや、この街でお前が仕事をせずに休んでいる事を見た事無かったぞ?怪我を引きずってでも依頼受けていたよな?」


そう言いながら受付のおねーさんの方をみる。

おねーさんは真剣な表情で軽く頷く。

ってかレギさん怪我を押して仕事をしていたって......それはもう仕事熱心とかじゃなくってホラーですよ?


「......へぇ?」


そんな話を聞いて、リィリさんが口元だけに笑みを浮かべながら相槌を打つ。

レギさんもまずい話を聞かれたと思ったのか、話題を変えるように話を始める。


「ところで、ギルドの外まで冒険者登録の列が出来ているみたいですが、最近はずっとあんな感じなのですか?」


「そんなわけないだろ。まぁ、今までと比べると新規登録者はかなり多かったが、今日は特別だな。」


「何かあったのですか?」


「お前がそれを言うかよ。それとも知らねぇのか?」


呆れたような表情になりながらギルド長が言う。


「いえ、登録者が増えているのは......今流行っている演劇のせいでしょうけど、今日特別多いって話の方です。」


「あぁ、そういう事か。まぁ、そっちもお前が原因だけどな?」


「私がですか?というかそっちもと言われましても......そもそも私が原因では無いと言いたいのですが。」


「......まぁ、そうだな。言い方が悪かった。しかしだ、今日のこの状況はお前がきっかけであることは間違いない。昨日この街に戻って来ただろ?その噂がもう広まっているんだよ。」


レギさんが帰ってきたっていう噂......確かにこの街に入った時点でかなり注目されていたから、そんな話が広がってもおかしくはないと思うけど......それでなんで突然?


「あー、つまり......レギにぃが街に戻って来たから、ギルドに顔を出す筈だってことですね?」


「まぁ、そういうことだな。噂の英雄様を一目見たいって奴は、あの中に少なくない筈だぜ?」


リィリさんの言葉を肯定するギルド長。

なるほど......芸能人見たさに集まったって感じか。

いや、レギさんは演じられた側だから芸能人ってわけじゃないけど。


「そういう事か......っと、そうだ。ギルド長、聞きたい事があるのですが。」


「ん?なんだ?」


「あの演劇についてです。あれは、相当私の経歴について詳しくないと創る事が出来ない物です。その辺について何かご存じではありませんか?」


「......あーあれか......あーあれはなぁ......うーなんだ?」


あからさまにギルド長の態度がおかしくなった。

どう見ても疚しい所があるとしか思えない態度だよね。

目は泳いでいるし、あーとかうーとか言っているし......これで何も知らないってことはないだろう。

ってかギルド長って立場の人は、そういう腹芸とか得意なものだと思っていたけど......この人は俺にも分かるくらい隙だらけだな。

因みに、ギルド長の横に控えている受付のおねーさんからは動揺も何も感じられないけど......。


「どうやら何か知っているみたいですね?」


「あー、まぁ......仕方ねぇか。あの演劇は......この辺りの冒険者ギルド主導で作ったもんだ。」


「はぁ!?ギルド主導!?」


また衝撃の事実......でもないのだろうか?

ギルドであればレギさんの過去も依頼の細かい情報も把握している。

しかし、そんなことをする理由が......。


「いや、俺の発案じゃないぞ?一番乗り気だったのは隣の街のギルドで......。」


「でも反対はしてないですよねー?寧ろ協力は率先してやったんじゃないかな?」


言い逃れようとしたギルド長の言葉を遮るように、先ほどの表情とは打って変わってにやにやとしながらリィリさんが言う。

リィリさんはこういう時の切り替えが非常に早いよね。

まぁ、リィリさんの言う様に、このギルドの協力が無ければレギさんの仕事ぶりについてあれだけ詳しくは創ることは出来なかったはずだ。


「あー、そんなこともあったか?」


「......何故そんなことを?」


バツが悪そうにしているギルド長にレギさんが尋ねる。


「......まぁ、端的に言ってしまえば......金だな。」


「金......。」


レギさんが沈痛そうな声で呟く。


「いや、お前をネタにした舞台の興行収入ってわけじゃないぞ?あれはあくまで切っ掛けというか宣伝というか......いや、予想以上に儲かっちまっているが......まぁ、そんな感じだ。」


「......つまりどういう事でしょうか?」


「新人の勧誘だよ。最近どこのギルドも人手が足りないんだ。特に初級や下級向けの依頼に対する人手がな。」


「新人の登録が減っていたのですか?」


「いや、どちらかというと依頼が増えたって感じだな。それも中堅あたりが受けたがらないような雑用の類がな。」


「なるほど......しかし、あんな演劇で増えたりするものですか?」


「おいおい、外の行列を忘れたのか?確かに今日は特別多かったが、ここ最近は新人登録をやらない日はないよな?」


ギルド長が問いかける様に受付のおねーさんの方を見る。


「えぇ、毎日のように最低でも三、四人は登録していますね。」


「......。」


皆、影響受けやすいなぁ......。


「依頼を出されているのに冒険者が派遣されないっていうのは、ギルドとしても頭が痛い問題だったからな。この辺りのギルドはみんなお前に感謝してるぜ?」


「......今この辺りのギルドっておっしゃいましたが......もしかしてこの街だけで公演しているわけでは......。」


「この辺りのギルド主導って言ったろ?俺も詳しくは知らないが......都市国家中で公演されているんじゃないか?」


レギさんが突然全国区の有名人に......。

いや、知らなかっただけで突然では無かったのだろうけど。

ギルド長の言葉を聞いたレギさんが頭を抱えて力を無くしてしまった。


「あー、俺達も、ここまで人気が出るとは思わなかったんだがな?いや、すまん。」


若干後ろめたさは感じているのだろう、ギルド長が椅子から立ち上がってレギさんに頭を下げる。

レギさんの性格上、素直にそう言われてしまってはあまり強く文句も言えないだろう。

まぁ、今更文句をいってもどうすることも出来ないと思うけど。


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