第366話 英雄譚



不屈の英雄......それはある青年の半生を綴った物語。

農家に生まれた少年は、その年頃の多くの者がそうであるのと同じように冒険者に憧れた。

幸い、家を継ぐ必要のある長男では無かった少年は、幼くして友人たちと村を飛び出し短い下積みの期間を経て、念願の冒険者へとなる。

しかし、冒険者という職業は甘くはない。

時に失敗し怪我を負い。

時に足元を掬われ窮地に陥り。

時に幸運に助けられ九死に一生を得た。

少年達は数多いる新人冒険者の中でも優秀だったと言える。

決して平坦な道のりでは無かったが、少年達は幼い頃より培ってきた絆と持ち前の精神力で多くの困難を乗り越えた。

順調に冒険を重ねていく彼らはやがて新人と呼ばれる時を卒業し、真に冒険者と呼ばれるようになるまでに成長する。

その頃には少年は青年へと成長しており、もはや魔物でさえも彼らを侮ることは無かっただろう。

全てが順調に進んでいたかのように見えた。

しかし、悲劇が、絶望が彼らに喰らいつく。

それを、彼らの油断とは誰も言えないだろう。

ただ、ただ唯一、彼らは運に見放されたのだ。

普段通り順調に冒険を進めていた彼らは突然の崩落に巻き込まれ、未発見のダンジョンへと滑落していく。

崩落と滑落により装備を失い、怪我を負った青年達は崖となってしまった崩落現場を戻ることも能わず、別の道からの脱出を余儀なくされる。

しかし、ここはダンジョン。

来る者は拒まず、帰る者は逃がさない悪意の巣窟。

深い闇の中、青年達の事を屠らんと襲い掛かってくる魔物の群れ。

決して生かして外へは出さないと言わんばかりに散りばめられた数多の罠。

青年達の体力も精神力も根こそぎ奪わんと襲い掛かってくる悪意の数々。

血を流し、足を引きずりそれでも絶望を振り払うように前進を続ける青年はやがて日の元へと帰ってくる。

それは奇跡と呼べる出来事だ。

しかし、奇跡は全ての者に平等には訪れないからこそ奇跡なのだ。

日の光を浴びる青年の傍らに、仲間の姿はなかった......。

青年は仲間の、そして愛した少女の最後の言葉を胸にダンジョンから離れていく。

そして時は流れ、青年は未だに冒険者として活動していた。

嘗てのように仲間と共に冒険に出るのではなく、人々からの依頼を受け人々の身近で手助けをすることを主とした冒険者だ。

仲間たちと目指した刺激的な冒険の日々とは違ったが、それでも充実した日々を青年は過ごしていた。

そんな中、青年はとある少年と出会う。

少年と呼ぶには些か年かさだが、冒険者になる為に田舎から出て来たばかりのその者は擦れた所が無く、まだ少年と呼べる程純粋で澄んだ瞳をしていた。

ひょんなことから青年はその少年を先達の冒険者として指導する立場となる。

その少年は嘗ての自分達とは大きく異なり、頼りなく、やる気だけが先行して空回りしているようで、青年は目を離すことが出来なかった。

しかし少年の指導をするうちに青年は嘗て自分が、自分達が夢見た冒険者の姿を、そして在りし日の仲間たちの姿を重ねるようになる。

そんな少年との師弟関係のような日々を過ごしていたある日、一つの依頼を受けて二人は村へと向かう。

新人冒険者の受けるような、唯の配達依頼だ。

何の問題も起こらないであろうその依頼を、青年はしっかりと少年の監督しながらこなしていくのだが、向かった村で突如ダンジョンが発生してしまう。

そしてダンジョンに子供が取り残されたと聞いた少年は、脇目も振らずダンジョンに向かっていってしまう。

慌てて後を追った青年だったがダンジョンへと入った途端、身体が上手く動かなくなってしまう。

ダンジョンは青年の仲間を奪っただけではなく、その心までズタズタに引き裂いていたのだ。

そんな恐怖を打ち払う事の出来ない青年の目の前で、少年はダンジョンの魔物の凶刃に倒れてしまう。

再び仲間を奪われるという恐怖、それにもかかわらず怯えている自分への怒りが、ダンジョンへの恐怖を凌駕し青年を突き動かした。

そして、怪我を負ったものの誰も失うことなく青年はダンジョンからの帰還を果たす。

絶望、恐怖を乗り越えた青年が目指すのは嘗て青年から全てを奪った悪夢のダンジョン。

不屈の英雄レギ=ロイグラント、第二幕に続く......。




「......もう......帰って......いいだろ......?」


顔を両手で隠したレギさんがその大きな体を縮こまらせながら弱弱しく呟く。

その横ではリィリさんが抱腹絶倒と言った様子で息も絶え絶えに笑い続けている。


「幻惑魔法を展開しておいて良かったのじゃ。リィリのあの様子が漏れておったら間違いなく劇場からつまみ出されておったじゃろうからな。」


第一幕は終わって明かりがついているにも拘らず、リィリさんは笑い転げているし、レギさんはその大きな体を折りたたむように小さくしている。

ナレアさんのお陰で、俺達はちゃんと席に座って行儀よくしているように見えているはずだけど......

二人のこんな姿は初めて見るが......リィリさんなんか自分が死ぬシーンすら吹き出していたからな......レギさんはずっと悶絶していたけど......。


「えっと......続きどうします?」


「勿論観るよ!」


「帰るに決まっているだろ!」


二人とも何を当然の事をみたいに言っているけど......全く意見が一致していないですからね?

そんな二人はお互いの台詞を聞いて睨み合い始めた。


「......えっと、ナレアさんは。」


「妾は続きが観たいのう。妾と出会う前の出来事じゃし、どんなことがあったのか知りたいのじゃ。」


まぁ、ナレアさんはそう言うと思ったけど。

っていうかある程度は話したことあると思いますが......。


「いや......かなり脚色されていますし、事実とはかなり異なる部分も多いかと......。」


「ほほ、ケイはかなり格好悪い役どころじゃったしのう。」


「いくらなんでも依頼の度に泣いたりしないですよ......完全に笑われ役でしたし......いや、まぁ変に気取った台詞とか言われたらキツイので、あれくらいで良かったとは思いますけど......。」


「おい、気取った台詞って......そりゃぁ、誰の事言ってるんだ?」


嘗てない程顔を真っ赤にしたレギさんが、ナレアさんと話している俺の頭を掴む。


「い、いや、レギさん。違いますよ。舞台、舞台の役者さんの話ですよ。」


「そ、そうか。そうだな、そりゃそうだ。俺が、あんなわけわかんねぇこと言う訳がねぇよな?」


本当に、こんなに取り乱したレギさんは見た事が......あー最初のダンジョンの時くらいかな?

丁度つい先ほどそんなシーンを見たな......。


「お前たちの愛によって生かされた。だが、すまない。俺は必ずお前達を迎えに行く。この命に代えてもかならぶふっ!」


台詞の途中で思いっきり噴出したリィリさんが身をよじって笑い転げる。

レギさんの頭部に青筋が多数浮かび上がる。

頭のてっぺんまで真っ赤だけど浮かび上がるのは青い筋......。


「リィリは大はしゃぎじゃな。」


「劇中とは言え、自分の死ぬシーンでも笑っていましたからね......ナレアさんの幻惑魔法が無かったら大顰蹙だったと思いますよ......。」


あの悲痛ながらも感動のシーンで吹き出していたら......お客さんにも役者さんにも悪すぎる......。


「ほほ、確かにのう。まぁ、あの場面は中々むず痒い物があったからのう......当の本人達からすれば、死の間際で気持ちが高ぶっていた所をわざわざ冷静になった今見せつけられておるわけじゃからのう。茶化さんとリィリ自身も悶絶するのではないかの?」


「いやぁ、実際あんなやりとりはしていなかったと思いますが......でも、そう考えると僕の役どころはあんな感じで本当に良かったですよ。」


「まぁ、本人を知っておるからな......アレはもはや別人じゃからケイとして弄っても面白くないのう。」


「まぁ、頼りない感じはその通りだと思いますけどね。」


「......ケイが頼りないとは思わんがのう。それにほれ、子供の為にダンジョンに突っ込んで行ったりと格好いい場面もあったではないか。」


「確かに格好良かったですけど......実際あの場面で真っ先に走ったのはレギさんで、僕じゃありませんし......。」


演出上そうなったのか元となった情報が間違っているのか、ちょこちょこ事実とは異なる場面もあったからね。

そんな風に話しをしていると照明が暗くなっていく。

どうやら第二幕が始まるようだね。

レギさんはやらかしたって感じの表情を浮かべているけど、その横でリィリさんがしてやったりって感じで笑っている。

レギさんはマナーを大事にするからね、舞台が始まってから席を立ったりは出来ないはずだ。

さて、俺も第二幕を楽しむとしようか。


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