第344話 それはちょっと......



「まぁ、学ぶための環境......切磋琢磨する同僚に先を行きながらも足を止めない師。さらには施設と、凡そ魔術を学ぶ者として理想的な環境が整えられておるからのう。留学してくる者達は研究者であり技術者じゃからな......うっかり自分の研鑽に力を入れても仕方ないのじゃ。」


「魔道国に留学生を取り込もうとする意図が無いことは分かっていますが......優秀な人材が国庫を使って留学しておきながら帰って来たくないと言われると......いえ、一応帰っては来るのですが......明らかにやる気が削がれていると言いますか......。」


思った以上に留学生のやる気問題は切実みたいだ......。


「まぁ、生活する上でも魔道国はとにかく便利だからな......数年あの環境に居たら離れたくなくなる気持ちも分かるぜ。」


龍王国に行ったことのあるレギさんが苦笑しながら言う。

ヘネイさんは若干涙目になっている気もするけど。

留学生は確かに一定の期間で国に還るのだろうけど......そこからどうするかはある意味本人次第なんだろうなぁ......。


「まぁ、留学生の話は今はいいのじゃ。」


「そ、そうでしたね。申し訳ありません、ナレア様、ケイ様。」


「いえ、色々な話が聞けて助かります。」


俺の言葉にヘネイさんが少しだけ微笑む。

まぁ、留学生問題はナレアさんに言っても仕方ない事だろうし......ただの愚痴みたいなものだろう。


「ほほ、魔道国については道中にまた話をするのじゃ。とりあえず妾達は北の大河沿いに魔道国の王都を目指すのじゃ。西の果てとまでは言わぬが、大河沿いのかなり下流にあたるからのう。上手くいけば王都に着く前に目的地に辿り着けるやも知れぬ。」


「なるほど......という事は、次の目的地は......。」


「うむ、まずは魔道国の北の大河の上流にある巨大な溜池や堰、水門を管理している街があるのでそこを目指す、そこから川に沿って魔道国の王都を目指すのじゃ。」


「わかりました......魔道国の王都......楽しみです。」


「魔道国はそれなりに詳しいからのう......案内は任せるのじゃ。」


「えぇ、頼りにしています。」


「うむうむ、任せるのじゃ。」


えらく上機嫌なナレアさん。

その向かい側に何か言いたげなヘネイさん。

レギさんはいつも通りだけど......リィリさんはなんか楽しそうだな。


「......何か......先程からナレア様のご様子が......。」


「んふふ。分かりますー?」


ヘネイさんの呟きを物凄くニヤニヤしながらリィリさんが拾う。

いや、何か物凄く嫌な雰囲気だ......。

ナレアさんも同じことを考えたのか一度咳ばらいをすると二人の会話を遮る。


「......あーヘネイよ。応龍の聖域に行くのはいつになるかの?」


「......いえ、今はそれよりもリィリ様のお話を......。」


「ヘネイよ。応龍宛の言伝を預かっておる。それとは一体どういう了見じゃ。」


ナレアさんの言葉にさっと顔色を青くするヘネイさんだけど......ナレアさん流石にそれは......。


「も、申し訳ございません!ケイ様!すぐに日程を調整させていただきます!」


「い、いや、その......本当に気にしないでください。大丈夫ですから。」


立ち上がり直角に腰を曲げて謝ってくるヘネイさんを見て、俺の方が申し訳なくなってしまう。


「ナレアちゃんひどーい。」


慌てて応接室を出ていくヘネイさんの後ろ姿を見ながらリィリさんがナレアさんに苦言を呈する。

流石にリィリさんも今回ばかりはナレアさんの味方をしないようだ。

まぁ、今のは言い訳のしようも無いくらいナレアさんが酷かったと思うけど。


「う、うむ......それは分かっておるが......しかし、流石にこの場で話すのは......。」


バツが悪そうにしながら縮こまっていくナレアさんを見て、リィリさんが眉尻を下げた。




『ようこそお越しくださいました!神子様!』


大きな地響きと共にクレイドラゴンさんの顎が地面を叩き割る。


「あ、うん。お久しぶりです。お元気そうで何よりです。」


『はっ!ありがとうございます!』


十数秒前まで威厳たっぷりで相対していたのに、ヘネイさんが聖域を離れたとたん地面が割れたのだ。


「ヘネイさんに用事があったのでクレイドラゴンさんの所にも顔を出させてもらいました。応龍様の所には近日中に直接向かわせて貰おうと考えています。」


応龍様に会いに来ているのに聖域に顔を出さなかったら色々と問題になるしね。


『それは......お手数をおかけして誠に申し訳ございません。もしよろしければ今私が神域までお送りいたしますが......。』


「いえ、ナレアさんも連れて行かないといけませんし。時間がどのくらいかかるかも分からないのでヘネイさんを通さずに直接行った方が良いと思います。」


今日聖域に来ているのは俺とシャルとマナスだけだ。

ナレアさんとリィリさんはヘネイさんと留守番をしているのだが、昨日の事もあるのでどうなっているのか若干心配だ。

戻った時に八つ当たりとかされないといいけど......。


『ヘネイから聞きましたが、神子様はこれから西方に向かうとか。』


「えぇ。妖猫様の神域の大まかな場所を仙狐様から教えて頂けたので。母の神域よりも西には行ったことがないので楽しみです。」


『西方ですか......私はあまり神域近辺から離れた事がないので少し羨ましくはありますが、これもお役目。そも、今の世では私共が自由に動き回れば大混乱となるでしょう。』


まぁ......クレイドラゴンさんはまさにドラゴンって感じの姿だし大混乱になるのは間違いない。

初めてグルフを見た時のレギさん以上に大変なことに......いや、あれはレギさんだったから動じながらも冷静な行動をとれたのであって......他の人だったらとんでもないことになっていたかもしれないな。


「今の世の中はあまり大型の生物が居ませんからね......私の眷属の一人にクレイドラゴンさんより少し小さい者がいるのですが......それでも人に見られたら大規模な災厄として扱われるみたいですからね......本人はのんびりした甘えん坊ですが。」


『私も巫女から話を聞いていますが、昔に比べると強力な魔物が減っているようですし......私達の姿はとても受け入れられるものではないのでしょう。神域やお役目の事が無かったとしても自由に動くのは難しいのでしょうな。』


「そうかもしれませんね......。」


幻で姿を誤魔化せる仙狐様の眷属や体の大きさ自体を変えることが出来る母さんの眷属以外の方達は、神域の外に出ればクレイドラゴンさんの言う以上に、大騒ぎでは済まないだろうね。

でも眷属の方々も母さん達と同様に基本的に神域の傍から離れない。

神域が出来る前は自由に生活していたのだろうし、窮屈な思いをしているのではないだろうか?


「良ければ僕が今まで旅で見て来た物の話しをしましょうか?」


少しでも外の世界の事をと思い提案してみる。

母さんや応龍様、仙狐様には旅の話をしているけど、眷属の方達もそういった外の世界の情報に飢えているかもしれない。

まぁ、クレイドラゴンさんはヘネイさんから色々と話を聞いているかもしれないけどね。

......そういえば、幻惑魔法を使えば、話だけではなく映像として外の世界を見せられるかもしれない。


『そこまで神子様にお時間を取らせるわけには......。』


「いや、大丈夫ですよ。というか、応龍様や母に外の世界の事を話したいのでその練習をさせてもらっていいですか?」


こういう風に言えば断られないと思ったけど......押しつけがましかっただろうか......?

逆に迷惑だと思っても断れないよね......?


『そういう事であれば、お言葉に甘えさせて頂きたいと思います。』


そう返事をするクレイドラゴンさんは少し嬉しそうな雰囲気で、先程の懸念が払拭されたような気がする。


「それじゃぁ、まずは都市国家のほうから......。」


俺は幻惑魔法を発動させて都市国家の幻を宙に浮かべる。


『こ、これは!?』


クレイドラゴンさんが驚きの声をあげる。

うん、掴みはオッケーってやつだね。

俺は龍王国を含めた色々な場所を映像で紹介しながら、クレイドラゴンさんに旅の話をしていった。


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