第343話 とても大事なこと



「ナレア様、先日はわざわざ遠方より情報をお持ちいただきありがとうございます。」


ナレアさんと二人で詰所に手紙を届けた翌日、俺達は龍の巫女であるヘネイさんの家に招待されていた。


「ほほ、気にしなくて良いのじゃ。檻に関しては妾も気になるのでな、ヘネイの方でも何か情報を掴めたら知らせて欲しいのじゃ。」


「承知いたしました。私達もこれ以上国内で彼の者たちを好きにさせるわけにはいきません。出来ればナレア様のおっしゃられていた、東方の国とも手を取り合って事に当たりたいのですが......。」


「向こうの被害は龍王国の比ではないからのう......今は領内の安定に向けて動いておる所じゃし、難しいかもしれぬのう。何より紛争地帯を超えねば行き来出来ぬという問題もあるのじゃ。」


ナレアさんが顎に手を当てつつ言う。


「大規模な使節団を送るというのも不自然ですしね......。」


「一応向こうで何かあれば情報は伝わるようにしてあるからのう。檻に関して共有できることがあればヘネイにも伝えてやるのじゃ。」


「ありがとうございます。お手数おかけしますが、よろしくお願いします」


ヘネイさんがナレアさんに頭を下げる。

ナレアさんは誰に対しても尊大だから違和感はないような......龍王国という大国で実質二番目に偉いヘネイさんの方がへりくだっているのは違和感があるような......まぁ、ナレアさんだからいいか......。


「ところで今日は何故王都にいらっしゃったのですか?」


「うむ。東方にいた神獣に会えたのでな。簡単な言伝があるのでそれを応龍に伝えに来たのじゃ。」


「然様でございましたか。ケイ様、おめでとうございます。無事に神獣様の使いを果たされたのですね。」


そう言って俺に向かって微笑みながら頭を下げるヘネイさん。

ナレアさんに対する物とはまた少し違うけど、深い敬意を感じる......違和感はかなりあるけど......俺は天狼の使い......しかも加護を授かっている存在として認識されているからな......。

ヘネイさんの中では俺の方が上なのだろう。


「ありがとうございます。ヘネイ様にご助力頂いたからこそ無事に勤めを果たすことが出来ています。」


「いえ、私など......初めてお会いした時は大変失礼いたしました。」


ヘネイさんが先程とは違うニュアンスで頭を下げる。

いや......一欠けらも失礼な事ありませんでしたよね?

至極丁寧だったと思うけど。


「いえ、あの時も申しましたが、ヘネイ様のお立場であればあの対応は当然の事です。逆の立場であれば私も間違いなく同じことを言ったと思います。ですので、頭をお上げください。」


「ありがとうございます。」


ヘネイさんが頭を上げてくれる。

挨拶する度に謝られているような気がするけど......こちらも恐縮するのでやめてくれた方がありがたいね。


「まぁ、それにアレはナレアさんの悪戯でしたし......仕方ないと思います。」


「そうですね......あの時は今までで一番ナレア様の事を憎みましたし......。」


......憎しみを覚えている......。

いや、まぁ、凄い目で睨んでいたからそんなものなのだろうか。

そう言われたナレアさんは楽しそうに微笑んでいるけど。


「懐かしい話じゃな。あの時のヘネイの狼狽振り、中々面白かったのじゃ。」


「......。」


あの......ナレアさん、ヘネイさんがあの時に勝るとも劣らない目でこちらを見ていますが。

話していた相手が俺だから俺に向かってね......?

口元だけは笑っているから余計怖いのですが......。

ヘネイさんが大きくため息を......いや、怒りの感情を吐き出す。


「失礼いたしました。ケイ様達はこの後どうされるのですか?」


「応龍様に挨拶をさせてもらった後は、妖猫様の所へ向かいます。」


「妖猫様ですか、どちらにいらっしゃるのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「えぇ、正確な位置は分かりませんが......仙狐様にお聞きした所、西方にいらっしゃるそうです。」


「西方ですか......。」


龍王国は大陸の概ね中央に位置するらしいから、西方までは相当距離がある。

グラニダは東方と呼ばれる地域の中でもまだ西よりに位置していたのでそこまで距離は感じなかったけど、西方ってどのあたりからそう呼ぶのだろうか?


「はい。仙狐様がおっしゃるには、西方に二つの大河があるそうで、その内の北側の大河沿いに進めば妖猫様にお会いできるそうです。」


「北側の大河......?それはもしかして......。」


「心当たりがあるのですか?」


大河と言うくらいだから有名なのかもしれない。

そういえばナレアさんに聞こうとして忘れていたな。


「はい......と、申しますか......あの......ナレア様?」


「ほほ、すっかり忘れておったのじゃ。」


そう言いながらお茶を飲むナレアさん。

忘れていたのは大河のことじゃなくって俺への説明だろうな......。


「ナレア様......どうして、そう......。」


「いやいや、ケイも忘れておったじゃろ?妾だけのせいではないのじゃ。それに恐らくレギ殿も知っておるじゃろ?」


「あぁ。まぁ、有名な河だからな。まぁ、ナレアが教えているものだとばかり思っていたが......。」


レギさんにも心当たりがあったのか......。

報連相は大事ってよく聞くけど......なんか実感した気がするな。


「まぁ......僕も聞こうと思ってすっかり忘れていたので、仕方ないですよね......。」


若干ヘネイさんが俺達のことを半眼で見ている気もするけど......まぁ、そういうこともありますよね?


「うむ、ケイはもう少ししっかりするべきじゃな。ま、まぁ、妾が助けてやらんことも無いのじゃが......。」


若干挙動不審になりながらナレアさんが言う。


「......ナレア様?」


ヘネイさんが首を傾げながらナレアさんを呼ぶが......ナレアさんには聞こえていないようで説明を始める。


「うむ、では次の目的地について......ついでに魔道国について話すとするかのう。まず大河があるのは西方でも西の端、予想はついておるかもしれぬが魔道国の国土じゃ。」


やはり魔道国か......ナレアさんは魔道国の出身だから心当たりがあるのだろうし、レギさんも魔道国に行ったことがあるって言ったっけ。

行ったことがないのは俺とリィリさんかな?


「やはり魔道国にあるのですね。」


「うむ。そして大河と呼ばれるだけあって相当広い川幅でな。過去に幾度も大氾濫を起こしておる......そのせいもあって魔道国は治水技術にも長けておるのじゃ。」


魔術に長けているってのは知っていたけど、治水技術も凄いのか。


「極めた、とは言わぬが......度重なる治水工事の果てに大河の傍にいくつも大都市を築くことが出来た......それが魔道国じゃ。」


水辺の近くは色々と便利で過ごしやすくはあるけど、ひとたび河が増水すれば大惨事は免れない......そんな困難を幾度も越えて魔道国は技術を研ぎ澄ましていったのだろう。


「魔術と水を扱う技術。それが魔道国の二本柱じゃ。どちらの技術も他国に技術指導をしたりしておるのじゃ。特に治水に関しては他国も無視は出来ぬからのう。」


「はい。魔道国による治水技術支援は多くの国で民を救っています。魔術に関しては留学という形で技術者を派遣して学ばせていますが......こちらは少し技術格差が激しくて......中々苦戦しているようですが......。」


「ほほ、治水技術は現時点で使える物を伝えることを一番としておるのじゃが、魔術は学問じゃからな......終わりなき研鑽、一生をかけても極まることが無いものじゃ。」


「留学生を送る側としてはそれでは困るのですよ......。」


ナレアさんの言葉にヘネイさんが困ったような声......いや、確実に困っている声で返事をする。


「まぁ、流石に留学生にそこまでを強いたりはしておらぬじゃろ?ある程度の年月学んだ後は国に返しておるはずじゃ。」


「そうなのですが......戻って来た留学生がまた魔道国に行きたがることが多いのですよね......。」


それはなんとも......頭の痛い話ですね。


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