第334話 激怒
「申し訳ない!まさか解除し忘れた罠があったとは!はっはっは、いや、はっはっは。」
朗らかな笑い声が部屋の中に響き渡る。
俺達は洞窟の奥、アースさんの家の中に到着していた。
部屋はいくつもあるらしく、ここはリビングといった所だろうか?
家具はあまりないみたいだけど......。
それはそうと、アースさんの言う様に道中解除し忘れた罠が案の定存在していた。
先頭を歩いていたナレアさんがそれに気付き、罠が発動する前にアースさんに連絡して解除してもらったからいいものの、気づかずに進んでいたら一体どうなっていたのか......。
「......笑って済むと思っておるのかの?」
ナレアさんが煮えたぎる怒りを抑えつつ言葉を発する。
まぁ、ナレアさん程じゃないにせよ、皆それぞれ思う所はあるようで、朗らかに笑うアースさんに対してとても熱い視線を送っているように思う。
勿論俺も思う所はかなりあるのだが......俺がそんな視線を向けると、アースさんが物理的に消し飛びかねないので抑えてはいる。
「申し訳ありません。お母さん。」
アースさんの台詞に対しやや食い気味に轟音が響き、アースさんの真横に非常にとげとげした凶悪なフォルムの石弾が叩き込まれた。
いや......この骨、この状況で何言ってんの!?
「脳味噌が無い様じゃから覚えておらぬかもしれぬが、もう一度言うのじゃ。次の言葉は慎重に選ぶのじゃ。」
ナレアさんの台詞が終わるか終わらないかといったタイミングで、アースさんが五体投地のように身を投げ出す。
ナレアさんは、初めて会った時も同じ台詞言っていましたね......。
「皆様!此度は当方の不手際によりお手を煩わせ、危険にさらしたこと!また、大変ご不快な思いをさせてしまったこと!心より陳謝いたします!本当に申し訳ありませんでした!」
「......それだけかの?」
先程までの燃え盛る怒りとは打って変わり極寒......絶対零度の怒りを感じさせる声音でナレアさんが言葉を発する。
「ナレア様におかれましては度重なる不遜、不敬な呼称、および連絡を入れて下さったにも拘らず、当方の不手際によりご友人の皆さまとの信頼を裏切るような形になってしまい、申し開きのしようもございませんが、それでも重ね、心より謝罪申し上げます!」
「......それだけかの?」
「......。」
再びの詰問にアースさんの言葉が止まる。
そのまま暫く部屋の中に静寂が訪れる。
アースさんは微動だにせず、その姿を見下ろすナレアさんも同様だ。
正直、俺が怒られているわけでは無いのだが......非常に緊張感のある息苦しい時間を過ごす。
やがてナレアさんがため息を一つ吐く。
「顔を上げるのじゃ。アース。」
「......。」
ナレアさんの言葉にゆっくりとアースさんが顔を上げる。
その顔はスケルトンにも関わらず、怒られて怯える子供のような印象を受けた。
「アースよ。お主は研究者じゃな?」
「......はい。」
「外界との接触の無かったお主には実感が無いかもしれぬが、研究者が生み出した物は基本的に発表され広く普及されることになる。勿論秘匿される研究成果も少なくはないがの?しかし、だからこそ、研究者は己の生み出した物が世界にどんな影響を及ぼすか考えなくてはならない。」
「......。」
「面白そうだからと、興味本位で生み出されたものの多くは悲劇を生む。どう使い、どう使われ、どんな事態を引き起こすか。全てを見通すのは不可能じゃが、だからこそ考えることを止めてはならぬ。」
「はい。」
......恐らく真剣な表情でナレアさんの話に聞き入るアースさん。
まぁ、顔が骸骨だからと茶化すような内容ではないけど。
「じゃが、お主はそれ以前の話じゃ。自分で作った物を自分で使いこなせずにどうする?己の研究成果が自身の手を離れ飛躍していくならまだしも、己自身の手の内にありながら使いこなせぬとは恥を知れ!」
ナレアさんのその言葉に衝撃を受けたのか、再び顔を落とすと今度は這いつくばってしまうアースさん。
「......確かに、愚かとしか言いようがありません。外界との接触が出来ず、一人遺跡の奥に閉じこもっていたあの頃とは違う......あの日皆さんに出会えて無上の喜び......人と会話することの楽しさを味わった私は、魔道具の研究を通して人と交わることを夢見ました。その私が己の作品を制御しきれないまま使っているとは......本当に情けない!」
アースさんの慟哭が部屋の中に反響する。
......確かに罠を解除することを忘れたのはかなりひどいミスだと思うけど......そこまで絶望に打ちひしがれなくてもいいのではないだろうか......?
いや、まぁ......アースさんは一度遺跡の方でも人死にを出してしまっているしな......誰かが入ってくるとは思っていなかったのと、勝手に入った方が悪いってのもあの時はあったけど......今回の件は注意してしかるべきだったかな?
俺がそんな風に考えていると、アースさんがゆっくりと立ち上がり俺達を見渡す。
「さて、謝罪も反省も済んだことですし。皆さんお茶でも飲みながらお話ししましょう。研究成果も是非見て頂きたいですし......まぁ、私、お茶は飲めませんけど。はっはっは、いや、はっはっは。」
もう少し反省した方がいいんじゃないかな?
レギさんとか、かなり微妙な顔になっているし......。
「うむ、その切り替えの早さは大事じゃな。」
「えぇ、一度の失敗は成功の種。二度の失敗は検証不足。三度の失敗は理論の見直し。四度の失敗はただの愚者。これを信念としておりますからな!はっはっは、いや、はっはっは!」
朗らかに笑うアースさんを見ていると、なんか色々とどうでも良くなってくる。
まぁ、別に被害があったわけじゃないし......今後は気を付けて欲しいってくらいだからな。
レギさんも同じ気持ちなのか、ため息をつきながら椅子に座る。
そんな俺達の様子を尻目にアースさんは人数分のお茶の用意をして皆の前に並べた。
「いや、お茶はいいですな。以前ナレア様がいらっしゃった時にお土産としてもらった物ですが......非常に良い気分転換になります。」
「飲めぬのにかの?」
ナレアさんが興味深げにアースさんに問いかける。
いや、飲めないって分かっているのに、それをお土産として買ってきたナレアさんが言うのはおかしくないですか......?
「えぇ。香りは感じられるので。研究の合間の楽しみですな。はっはっは、いや、はっはっは!」
「なるほどのう。であるならば、香炉を使うかの?本来は香木を使うものじゃが、皿に茶葉を乗せて香りを楽しむことも出来るぞ?」
「ほぉ、そのようなものが!是非試してみたいですな!」
「では次来る時の土産とするかの。」
「じゃぁ、僕も香木か茶葉を持ってきますよ。」
「いやぁ、実にありがたいですな!お父さんも、ありがとうございます!」
......。
あれ?
幻聴かな?
俺の方を見ながらお父さんって......。
一縷の望みを託し振り返ってみるが、俺の後ろにはやはり誰もいない。
「相変わらず、お父さんはお茶目ですな!はっはっは、いや、はっはっは!」
......そういえば、前回そう呼ばれた時はあまりの衝撃にフリーズしちゃって、そう呼ぶなと言っていない気がする。
「まぁ、それはどうでも良いのじゃ。それより研究の方はどうじゃ?」
俺が釘を刺そうとするよりも早くナレアさんが話を続けてしまった。
アースさんも身を乗り出してナレアさんの話に乗ってしまっているし......訂正は不可能だな。
「自分を知ると言う意味でのアンデッドの研究についてですが、ほとんど進展はありません。と言いますのも、以前お父さんからお聞きした色々な道具について、再現できないかと試行錯誤するのが楽し過ぎてですね......もはや寝る暇どころか呼吸する事すら忘れてしまう勢いでしてな!はっはっは、いや、はっはっは。」
最初から呼吸してないじゃん、とかいう突っ込みは今必要ないだろう......どうせ話の腰を折るならお父さん呼ばわりの方で折りたい。
「うむ、その気持ちはよく分かるのじゃ。先日もインターホンというものを教えてもらってのう......。」
「それは、一体どういう物なのですかな?」
「それがのう......。」
ナレアさんとアースさんが盛り上がってしまっている。
俺を含めて残りの三人はかなり置いてきぼりだけど......まぁこれはある程度予想はしていた。
レギさんやリィリさんも同様に考えていたみたいで落ち着いてお茶を飲んでいる。
元々アースさんの所に顔を出したがっていたのはナレアさんだしね。
俺達は二人の会話が一段落するまでのんびりと待つことにした。
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