第333話 お宅訪問



グラニダで暫くのんびりと過ごした後、俺達は西へと向かう旅に戻っていた。

出来るだけ早くまた会いに来るとは言ったものの俺達の出発当日、ノーラちゃんは大泣き寸前、カザン君も非常に寂しそうな笑顔を浮かべていた。

俺達がグラニダにいる間、ノーラちゃんはリィリさんとナレアさんにべったりだったし仕方ないとは思う。

俺がそろそろグラニダを出ようと思うって告げた時のノーラちゃんの顔は......正直死ぬほど罪悪感に苛まれるものだった。

カザン君は仕事が忙しく、あまりゆっくりと時間は取れなかったはずだけど、頑張って時間を捻り出してくれていたように思う。

長居するとカザン君が倒れそうな気もしていたので、後ろ髪をひかれる思いではあったけど出発を決意したのだ。

妖猫様の加護を貰うことが出来れば、きっとグラニダにもすぐに行けるようになると思うので頑張りたいと思う。

そんな思いと共にグラニダを出発したのだが、幻惑魔法でシャルやグルフの姿を消して移動できるようになった為、今までよりも遥かに素早く移動できるようになった俺達は、グラニダの領都を出て僅か五日程で龍王国まで戻ってきていた。

行こうと思えば数日でグラニダまで行けるのだから、妖猫様の加護が貰えなかったとしてもカザン君達に会いに行くのはさほど難しくはないね。

因みに龍王国で最初に向かうのはアースさんの住む洞窟だ。

位置的に王都よりも東側にあるので王都に行く道すがら寄るだけだし、以前ナレアさんがヘネイさんの所に行くついでに訪問しているので迷うことは無い。


「アースさんに会うのはかなり久しぶりな感じがします。」


「そうじゃな。妾は黒土の森に行く前に一度会っておるが、皆は遺跡で別れて以来じゃからのう。」


「随分昔の事のような気はしますが......まだ半年も経っていませんね。」


「そうじゃな。まぁ、グラニダでは色々あったからのう。妾は定期的に遠距離通信の魔道具で話しておるのもあって、あまり久しぶりと言った感じはしないがのう。」


「カザン君の所にも置いてきましたよね、通信用魔道具。」


「うむ、毎日ノーラと喋っておるのじゃ。」


ノーラちゃんが寝る前に、必ずリィリさんとナレアさんの二人と短い時間喋っているのは知っている。

遠距離恋愛中のカップルみたいだと思ったが......楽しそうなので冷やかしたりはしない。

まぁグラニダを出る時、泣き出すまで後三秒って感じの表情をずっと浮かべていたノーラちゃんに、必ず毎日連絡するって約束していたしね。

二人とも是が非でも約束を守ることだろう。


「向こうは変わり無さそうですか?」


「ほほ、まだグラニダを出て数日じゃ。早々変わったことがあっては堪らぬじゃろう。妾達と違って旅をしているわけでもないしのう。」


「それもそうですね。」


「まぁ、カザンは忙殺されておるらしいのう。」


「あー、それって僕達がいた事によるしわ寄せですよね......。」


「領主の仕事はさぼれるようなものでは無いからのう。妾達がいる間は後に回せるものを残し、急ぎ処理しなければならない物だけを優先しておったのじゃろう。」


「大丈夫かな......凄く悪い事をした気がします。」


「ほほ、大丈夫じゃろう。支障が出るようなら、エルファン卿が注意しておるじゃろうし、話ではそろそろコルキス卿が療養から復帰するらしいからのう。」


「そういえば、そんなことを言っていましたね。でも随分復帰するまで時間がかかりましたね。」


カザン君が領都に戻った時に倒れて......そこからずっと療養してたってことは、かなり重症だったのだろうか?

今更だけど回復魔法掛けなくて良かったのだろうか?


「殆ど一人で領内の問題を処理しておったのじゃからな。周りに仕事を投げることも出来ぬし......その仕事量は想像を絶するじゃろうな。一応一般的な疲労回復用の魔道具をカザンには渡しておったが......魔法に比べれば気休め程度じゃな。」


「回復魔法はダメですかね?」


「あれは、おいそれと外に出していい物ではないのじゃ。カザン達は仕方ないにせよのう。それにケイよ......確かに回復魔法で体を癒すことは出来るじゃろうが......忙殺されて倒れた老人を、即時回復して仕事に復帰させようとするとは......鬼の所業じゃぞ?」


......確かに。

身体だけではなく精神的にもゆっくり休ませてあげるべきだ。

さっきの俺の考え方はブラック企業も真っ青......体力は回復するのだから、二十四時間三百六十五日働いても大丈夫って言ってるようなもんだ。

精神の傷は癒せないって思ったのはいつの事だったか......。


「ほほ。まぁ研究者の中には是非にというものもおるがのう。」


「凄まじい生物ですね......研究者って。」


「ほほ、言い得て妙じゃな。極まったあやつらは職業ではなく種族じゃな......っとほれ、そんな奴の住処に着いたのじゃ。」


そう言ってナレアさんが魔法を解除して地面に降り立つ。

俺の目の前には二人位が並んで歩けそうな洞窟がぽっかりと口を開けていた。

ここに来るまでは険しい山......というよりも断崖絶壁みたいなものを何度か越えてこなければならなかった。

そうそう人は立ち寄れないと思うし、アースさんにとってはいい隠れ家だろうね。

少し遅れて到着したグルフからレギさん達が降りてきて、俺と同じように洞窟の入り口を眺める。


「ここにいるのか?」


「うむ。因みに入り口はもう一つあって、向こうの方が広い。大型の機材なんかはそちらから搬入したようじゃな。後、中はかなり広いのじゃ。」


洞窟の入り口を見ながらレギさんが問いかけると、ナレアさんが軽く説明をしてくれる。


「ここは王都からどのくらい離れているのですか?」


「シャル達の足であれば一日もあればつくじゃろう。じゃがここまで来て分かるように、相当険しい山じゃからな。普通に来ようとしたら十日ではたどり着けぬじゃろうな。」


「なるほど......。」


距離的にはそんなに離れていないって感じか、馬車で三、四日ってところだろうか?


「来ることは知らせているんだよね?罠とかってあるかな?」


「罠はあるのじゃ。あやつの事じゃから訪問を伝えてはあるが、確実に解除を忘れておるじゃろう。少し待つのじゃ。」


そう言ってナレアさんが魔道具を取り出して中にいるであろうアースさんに連絡を入れる。

恐らく連絡も無しにこの洞窟に足を踏み入れたら碌なことにはならないのだろう......うっかり致死性の罠を仕掛けちゃうくらいだしな......似たようなものが配置されていても何ら不思議ではない。

まぁ、本人的には殺すつもりは......って感じだったみたいだけど。

そんなことを思い返しているとナレアさんが顔を上げてこちらを向いた。


「これで......恐らく大丈夫じゃ。行くとするかのう。」


恐らくって部分に物凄く不安を感じるのですが......。

レギさんも微妙な顔をしているし......リィリさんも苦笑している。


「ほほ、解除したのは妾ではないからのう。断言は出来ぬのじゃ。」


「まぁ、それはそうですけどね......。」


洞窟の入り口が地獄への門に見えて仕方ない......。

だって、龍王国の調査隊を全滅させた罠を仕掛けた人が仕掛けた罠があるわけで......いや、あれは元々設置してあった物を再利用しただけだっけ?

まぁでもそのくらいの技術力はある人の住処だし、同等以上の物があってもおかしくはない。


「......ここでこうしていても仕方ない。慎重に、警戒は怠らずに行くしかないだろ。」


レギさんが真剣な面持ちで言う。

まぁ、確かにここでこうしていても何しにここまで来たんだって感じではあるけど......一番安心できるのは、アースさんにここまで迎えに来てもらうことだけど......訪問しておいて外まで迎えに来いって言うのは流石にちょっとね......。

いや命が掛かっているかもしれないし、そんなことも言ってられない気もするけど。

ナレアさんを先頭に、俺、リィリさん、レギさん、最後尾にグルフの順で洞窟へと足を踏み入れる。

完全に警戒隊列だと思うけど......こんな緊張感のあるお宅訪問は初めてだよ。


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